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後夜祭 大切なもの

文化祭二日目もクラスの喫茶店は大繁盛だった。 そこそこ忙しかったけど、今まであまりクラスメイトと接することも少なかった俺は積極的に働いたし、思った以上に楽しかった。 そして昨日の夜は先生のことを考えてしまってあまり眠れなかった。だって嬉しいじゃん…… 先生と連絡先の交換もした。今更だけど嬉しかった。 今夜は先生が来てくれる── 文化祭の後半、昨日見られなかったD-ASCH のライブを見に体育館へ行った。昨日のライブでは新曲をやったらしく、それが周さんのソロ曲。周さんっぽくなくてそのギャップが凄くよかったと話題になっていた。 体育館に入ると物凄い人で驚いた。あまりの人混みに躊躇して、俺は一人で後ろの方にいることにした。 人が騒つく中、照明が落ちステージにメンバーが出てくる。 湧き上がる大歓声。 赤い髪色をした、少し小柄な可愛らしい人がボーカル。 俺の隣にいる女子が「圭! 圭!」って真っ赤な顔をして叫んでいる。さながらアイドルに声援を送っているかのよう。 曲が始まると、そのボーカルは所狭しと飛び回りながら歌い始めた。小さいのに圧倒的な存在感。勿論、周さんも修斗さんも普段からかっこいいけど…… これだけ人気があるのも納得だった。 ふと人の気配を真後ろに感じ、振り向くと先生が立っていた。 先生はさりげなく俺の後ろから腕を回してくる。周りはステージに夢中で俺の方なんか見てないだろうけど、他の生徒もいっぱいいるからやめてほしい…… 恥ずかしい。 後ろから抱きしめられて顔が熱くなる。 フッと耳に息を吹きかけられ、ドキッとした。そして俺にしか聞こえないように、耳に口を近づけて先生は囁いた。 「俺以外の野郎をうっとり見てんじゃねえよ」 少し怖い声に不安になり振り返ると、先生はにっこり笑って俺を見ていたので安心する。 「可愛いな……志音は」 そう呟くと、先生は行ってしまった。 俺、からかわれたのかな? 無駄にドキドキさせられて、せっかくライブを楽しんでいたのに頭の中はそれどころじゃなくなってしまった。もうとっくに先生は行ってしまったのに、まだギュって抱きしめられているように感じる。耳にかかった僅かな吐息を思い出し、胸がドキドキしてしまう。 先生はいつも俺のことを「可愛い」って言うけどさ……女じゃねえっつうの。 俺ばっかり振り回されているようでちょっと悔しい。 ライブも終わり、人混みがはけていく。これが終われば片付け、そして後夜祭だ。俺はクラスに戻り片付けを手伝った。片付け終わったクラスから順に、後夜祭のためにまた体育館へ移動を始める。 再び体育館へつくと、康介君に声をかけられた。 いつも竜太君と一緒なのに、今は一人みたい。 俺は竜太君との事で康介君に嫌な態度を取っていた時期があった。ちゃんと謝っていなかった事を思い出し、改めて康介君に謝った。 康介君は何のことやらって感じで最初はキョトンとしてたけど…… 「いいよ謝んなくて。だってお前、竜の事好きだったんだろ? 竜だって今はお前の事大事な友達だって言ってんだしさ、気にすんなよ」 そうあっけらかんと笑ってくれた。 「竜は凄えいい奴だよ。ちょっとおかしいとこあるけど……あ!そうだ! あの絵、志音も見た?」 竜太君もそのまわりの友達も、クラスメートもみんないい奴だってわかった。俺は今、凄い幸せだと思ってる。 あの竜太君の絵は、綺麗すぎて見惚れたんだ。竜太君の思う「大切なもの」の中に俺もいた…… 「うん見た。あれ、俺 ……嬉しすぎて泣きそうになった」 俺は正直に康介君に打ち明けた。 「竜な、人物画あれが初めてなんだよ。かなり抽象的で人物だってわかりにくいけどね」 「竜にとって特別な絵なんだと思う」と笑う康介君の言葉に、俺はやっぱり堪えきれずに涙が出てしまった。 「おい、泣くなって! なんなの? 大丈夫? 志音ってそんな素直なキャラだっけ?」 慌てる康介君がちょっと可笑しくて、俺は泣きながら笑った。 竜太君を好きになって、そして先生を好きになって…… いろんな感情を知って、俺は今どうしようもなく泣き虫だ。 ……しょうがないよね。

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