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挨拶を…
蕎麦を食べ終え、また車を走らせ出発する。
「先生、美味しかった! お腹いっぱい!」
久しぶりに楽しくて腹一杯になるまで食事をした。
窓から刺す太陽の光の暖かさと、車に流れる心地よいジャズのBGMが眠りを誘う。
満腹になるまで食べてしまったから……車が揺ら揺らといい感じに揺れるから……
自分の中で言い訳をしながら必死に俺は睡魔と戦った。
運転してくれてる先生に悪いから寝ちゃダメだ。
ダメだ……絶対。
…………。
「志音? 眠いなら寝てていいよ。頑張って睡魔と戦わなくていいから……」
クスッと笑う先生の優しい声で、俺は一瞬のうちに眠りに落ちた。
俺が眠ってしまってからどれくらい経ったのか、車がいつの間にか停車している事に気が付いた。
「あれ? 先生、目的地に着いたの?」
半分寝ぼけて先生の方を向くと、先生は優しい笑顔で俺を見ている。
もしかして、ずっと俺のこと見てた?
まさかね。
でもなんだか恥ずかしい。
「先生? ここって……」
車から降りた先生に続き、俺も車から出る。
長いこと車を走らせ到着した場所は、自然に囲まれたかなり広い敷地の霊園だった。思ってもいなかったその場所に言葉が出てこない。
「……初めてのデートなのに、こんな場所に連れてきてしまってゴメンな。すぐに済ませるから……」
そう静かに先生が言い、売店に入りお花と線香を購入した。
俺は先生の後に黙って着いて行く。
先生は何も言わずしばらく歩き、少し高台になっている奥の墓地に辿り着くとそこで立ち止まった。
「……?」
「俺の親父とお袋」
そう言って、先生は手際よくお墓のまわりを掃除する。
墓石に水を掛け、花を供えて線香に火をつけた。
先生はお墓に手を合わせながら静かに話す。
「志音をさ、親父とお袋に紹介したかったんだ……これから先、ずっと守ってやりたい大切な人が出来たって事を伝えたくてな」
そう言って先生は長い時間お墓に向かって手を合わせていた。
先生……
なんか俺、涙出そうだ。
「先生……俺にもご挨拶させて」
俺も先生の後に手を合わせ、心の中でご両親に挨拶をする。
俺も先生の事、死ぬまで大切に守っていくからね……
「先生、連れてきてくれてありがとう」
墓参りを済ませ、また先生と車に乗り込む。
「どうする? とりあえず戻るか…… 」
そう言って先生が俺を見た。
「先生……キスしたい」
俺の言葉に先生の顔が一気に赤くなった。
「はぁ? ここでか??」
俺は小さく頷き、先生の方に身を乗り出した。
だってキスしたくなっちゃったんだもん。
先生は困った顔をしながらも、まわりをキョロキョロしてから俺に唇を重ねる。
遠慮がちにお互いの舌をちょこっと絡めて、すぐに唇を離した。
「もう、なんだよ志音……恥ずかしいじゃんか」
エンジンをかけながら先生はブツブツ言った。
だってさ、凄い嬉しかったんだもん。
益々俺 先生の事、好きになったよ。
「ずっと俺と一緒にいてね、先生……」
「当たり前だろ。帰るぞ」
そう言って、先生はまた俺の手を握った。
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