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CM撮影

今日から初めてのCM撮影に挑む。 本当は全くと言っていいほど、気が乗らない。 こんな仕事、寧ろやりたくなかった…… でも、先生に頑張れって言われて頑張れてる俺は単純だな。 清涼飲料水のCM── わざわざ田舎に赴き、大自然の中での撮影だそうだ。 温泉も近くにあるらしいんだけど、入浴できるかな? 「ちょっと? ボケっとしてるけど、大丈夫? 最近顔がダレてるわよ、しっかりしてね」 ちょっと旅行気分なのがばれたのか、隣に座ってる真雪さんに怒られてしまった。 顔がダレてるって…… なんだよそれ。 事務所を早朝に出発して五時間を過ぎたところでやっと現場に到着する。 この撮影、以前一緒に仕事をした仁奈のご指名で俺が呼ばれた。 そういえば、その時撮った香水のポスターは仁奈のセクシーショットが注目されてしばらくワイドショーなんかで取り上げられてたけど、俺のまわりは誰ひとりとして仁奈の相手役が俺だってことに気づかなかった。 まあ、全部下向いてたりして顔出てなかったから当たり前と言ったら当たり前なんだけど。 でも今回は多分わかるだろうな…… そう考えたらまた億劫になってきてしまった。 俺は乗ってきたワゴンの中で本番が始まるのを待つ。真雪さんは何か忙しそうに外を行ったり来たりしている。 俺はというと既にヘアメイクも済ませ、監督とプロデューサーとの打ち合わせも終わっていた。 それにしてもこの衣装……すげぇ爽やか君。我ながら似合っているのか疑問だった。 見慣れない自分の姿に少し戸惑っていると、仁奈が小走りでこっちに来た。 「志音! 久しぶり! 」 なんだか楽しそうなのが可愛い。仁奈は初めて会った時の印象とまた違って、凄く幼く見えた。 女ってのはメイクや衣装で随分と変わるんだな…… 「志音、なんか前と会った時と全然雰囲気が違うね!」 俺が思っていたことを、まんま仁奈に言われてしまい思わず黙り込んでしまった。 「あ、俺の事指名してくれたんだって? 大きな仕事をありがとう」 「なに? 改まっちゃって……私が志音と一緒にやりたかったからワガママ言っちゃった。こちらこそ受けてくれてありがとうね」 にっこりと笑う仁奈。後ろから仁奈のマネージャーらしき人が現れ、俺にも丁寧に挨拶をしてくれた。 撮影が始まると、大勢の人が撮影に関わってるんだと改めて実感する。 監督、副監、プロデューサー、カメラマン、照明、クライアント、制作会社の人達…… 億劫だなんて言ってちゃダメだよな。真剣に仕事に取り組まないと失礼だ。 一人気合を入れ直し、俺は撮影に挑んだ。 だだっ広い草原で仁奈と笑い合いながら追いかけっこ。俺が仁奈に追いつき後ろから抱きしめ、そのまま二人で草原に転がって仰向けに寝そべる。 何テイクか撮った後、今度は仁奈一人で清涼飲料水を飲むシーンの撮影。 ……俺、運動不足だな。凄い息切れで疲労困憊、情けない。 撮影を終えて、仁奈が俺に話しかけてきた。 「志音ってまだ若いくせに、なに息切れしてんのよ。かっこいいけどそういうとこ可愛いよね」 「………… 」 屈託無く笑うこの幼い顔の二奈だけど俺よりかは歳上だ。 「笑うな! 可愛いって言うな!……ちょっと運動不足なだけ!」 そう言うと仁奈は更にゲラゲラと笑った。

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