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仲直り

志音の機嫌は……? 俺が来るのが遅かったのがそんなに不安だったのか? そう思ってしまうくらい、志音は俺にしがみついて俯いている。 「志音? 顔を上げて……」 そう言って覗き込むと、力無く笑顔を見せた。 「とりあえず、靴脱ぐから……部屋に入れて」 俺が言うと、ハッとした顔で志音は慌てて俺から離れる。 「ゴメンね。そうだよね、上がって……」 志音はやっぱり元気がなく、リビングに歩いて行った。 靴を脱ぎ、志音の後に続いてリビングに向かう。いつもと同じ、すっきりと物のない部屋。志音の小さく丸まる背中がいつも以上に寂しげに見えた。 ……どうしたんだろう。 「志音? どうした? ……まだ怒ってる? 遅くなっちゃってほんとゴメンな」 そう声をかけると、泣きそうな顔で俺を見た。 ……? そのままその場で俯いて、志音は小さな声で何かを言ってる。 「俺……ゴメンね先生。ガキみたいに拗ねてばっかで……なんか……俺、ほんと嫌だ……」 なんだよ。 怒ってたくせに、なにいじけてんだ? 元々は俺が悪いんだ。志音だってそれはわかっているはずだった。だから怒ってたんじゃないのかよ。 「志音。なんでお前が謝るんだ? 嫌な思いさせちゃったのは俺の方だろ?今日は俺を好きにするんだろ?」 そう言って後ろから抱きしめてやると、鼻を啜る音がした。 存外泣き虫なその首筋に俺はそっと口付けた。 「俺、焼きもちとか嫉妬とか……すぐに不安になったり……ほんと面倒くさいよね。でもどうしようもなくて、ガキでごめん。嫌いにならないで…… 」 「もう! そういうのやめろよ。そんな事で嫌いになんかならないって。……こっち向いて。ほら、キスして慰めてやるから……」 自分の思いが全て綺麗に伝わればいいのに── いくら言葉に表しても全て伝わるとも限らない。こうやって些細なことで不安になったり悲しんだり……愛しい人を目の前に、もどかしさでいっぱいになってしまった。 目を伏せて振り向く志音の唇に軽くキスをしてやると、やっと可愛い笑顔を見せてくれた。 ……なんだか、泣かせてばっかりだ。 「大丈夫だよ。どんな志音でも、俺が大好きなのには変わらないから心配するなって。俺の方こそ嫌にならないか? 大丈夫か?」 俺の肩に腕をかけて志音が笑顔でキスをしてくれた。 ゆっくりと舌を絡める甘ったるいキス。 「大丈夫だよ。ありがとう、先生……」 いつもの志音。 ……これで仲直り、出来たよな。 「これお詫び……と言ってもなんだけどさ、ワイン買ってきたんだ。いる? 飲む?」 何気にいい匂いしてんだよな。 玄関入ってすぐに分かった。 「今日は何を作ってくれたの?」 俺に対して怒ってたくせに、料理を作って待っててくれてる….… そんな志音に俺は愛されていると安心する。 「ビーフシチューだよ。先生お腹すいた? 俺の料理食べてくれる?」 「食べるに決まってんだろ。腹減ったよ。食べさせて 」 そう言って俺がソファに腰掛けると、いそいそと冷えたグラスとビールを持ってきてくれた。 志音にビールを注いでもらい、ひと口啜る。 「ワインは後でね」 そう言った志音の肩を抱き寄せ、俺は頬にキスをした。 「もう……先生 なに?」 「いや、別に 」 いちいち反応が可愛いんだよな。 「そういえば志音、撮影はどうだった? いつからCM放送されるの?」 俺が聞くと、志音は浮かない顔をした。 「俺、恥ずかしくて嫌だな……草原、走ってきたんだよ」 草原? そういう設定だったのかな? あんまりにも嫌そうな顔をする志音には申し訳ないけど、俺は早くそのCMが見たいと楽しみになってしまった。 でもその後、放送を見た俺は凄く複雑な気分になる事になるのだった──

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