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恋人の印

次の日、志音よりひと足早くマンションを出て家に帰る。 着替えを済ませ、今度は学校へ── いつもなら志音のマンションから直接学校に行くのだけど、つい先日生徒に服装を指摘されてしまった。白衣の下なのに、気がつく奴は目ざとく見つける。返事するのも面倒だし、こういう事が頻繁だとやっぱりよろしくないかと思い着替えに帰った。 今日はいつもより少し遅れて保健室へ入る。 窓を開け換気をしながらコーヒーメーカーの電源を入れた。 机に向かったと同時に保健室のドアが開く。 「先生おはよう」 最近来るの早いよな…… 嬉しいからいいんだけど、こう毎日だと変に怪しまれないか少し心配になる。 それに志音の体もだ。 「志音……もう少しゆっくり来てもいいんだぞ? 朝しんどくない?」 俺がそう言うと、すぐにシュンとした顔をする。 「……ごめん。早く会いたくて。でもそうだよね。ちょっと迷惑だよね……」 「違うって。なんでそうなるかな。俺は志音の体を心配してるんだ。迷惑なんかじゃないよ」 項垂れる志音の頭を撫でてやると、ふふっと弱々しく笑った。 「ここで少し寝させてよ。ちゃんと一限始まる頃には出てくから」 志音はそう言うと、さっさとベッドに入ってしまった。 まあしょうがないか、と諦め俺は仕事に戻った。 しばらくすると廊下が賑やかになってくる。 生徒達が登校してくる時間。 朝から元気でとてもうるさい。早速わらわらと数人の生徒が保健室に入ってきた。そいつらを一目見るなり溜め息が漏れる。俺にとってここ最近最も面倒くさい奴らだった。 「先生おはよ! ねぇ聞いてよ! 昨日の合コン、超ハズレ! 先生来なくて正解!」 来なくてよかったも何も、断っただろうが……行きたくもないし。すぐそこに志音いるんだから変な事言うんじゃねぇよ、と内心毒付く。 「そうなんだ。それは残念だったね。でも僕はそういうの興味ないから、いくら誘われても行かないからね」 やんわりと拒否をするけど、もうこのやり取り何回目だよ…… こいつら保健室に来るたびにくだらない合コンに誘ってくるんだよな。 ……いい加減 彼女作れよ。って作れないからこれなんだろう。 「もう! そんな事言わねぇでさ、一回くらい来てよ。絶対先生いると女の子のテンション上がると思うんだよね」 だからそれが面倒くさいんだよ。そんなの俺にとって何のメリットも無い。 「はいはい……そのうちにね」 そう適当に返事をして机に向かうと、一人が急に大きな声を出した。 「うぉ? なんだよ、先生! 女いるんじゃん! やらしぃ! それ見せつけてんの?」 俺の肩に手をかけて、顔を近づけ襟元を覗き込んでくる。 おいおい……汚ねえニキビ面 近づけんなよ。 「ほら見てみ! ここ! キスマーク付いてる!」 そいつが騒ぎ出し、他の奴らもヒューヒュー言ってる。 ……最高にうるさい。 「誰だって 夜楽しんだらこういう痕つけたくなっちゃうでしょ? 僕は好きな人からならどんな事されても嬉しいよ。他にも痕いっぱいあるけど見たい? ……それと彼女がいるなんて誰も言ってないでしょ? 憶測で大きな声で騒ぐのは下品だよ。そんなんじゃモテないぞ」 俺はそのニキビ面の襟元を軽く掴んで、耳元で言ってやった。 ボッと顔を赤くして慌てて俺から離れる。 「ほら、授業に遅れるからくだらない事で騒いでないでさっさと教室に戻りなさいな」 強引にそいつらを追い出して、俺はひと息ついた。 「あぁ、鬱陶しいったら…… 」 思わず独り言を吐いたら、カーテンの向こうからクスクスと笑い声が聞こえてきた。 ……起きてたのかよ。てか、起きるよな。あんだけうるさけりゃ。 「ふふっ、先生キスマークなんてつけちゃっていやらしい〜」 わざと志音がそう言って笑う。 嬉しそうなのが可愛いな…… さっきの奴らとは雲泥の差だ。 「誰がつけたんだろうね? 他にもいっぱい付いてるけど……見る?」 俺が言うと、志音も顔を赤くした。 そんな志音に軽くキスをして、頬を撫でる。 「消えそうになったら、また痕つけてあげる……じゃあ、俺もそろそろ教室に戻るね」 可愛い事を言いながら、志音も俺に軽くキスをして教室に戻って行った。

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