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密会

真雪さんの怒り声が気になったけど、一応志音に理由を聞いてみる。 「何かあったのか? 今日はオフなんだろ? なんで急に……」 「ごめんね、ちょっとトラブル……」 それ以上は何も言わず、黙り込んでしまう志音。 話せないことなのかな? 俺はそれ以上は聞かず、とりあえず事務所へ向かった。 「もしかしてもうデート終わり? バイバイなの?」 志音にそう聞くと「うん…」とだけ言い車から降りる。 「………… 」 志音が何やら難しい顔をして何かを言いたげな様子に見えた。 どうしたのか気になったけど、そのまま行ってしまったから俺は一人家に帰った。 次の日いつものように学校へ行く。 志音は今朝は顔を出さなかった。 ……結局昨日は志音が事務所へ行ってから、その後も何の連絡も入らなかった。夜くらいには、何があったのかくらい教えてもらえるもんだと思ってたから、拍子抜け。 保健室にも来ない志音に、顔が見られず俺はやる気をなくしてぼんやりと保健室で過ごしていると、ガヤガヤと生徒が保健室に入ってきた。 「あれ? 君たち授業は?」 入ってきた三年生の一人に聞くと、クスクスと笑われる。 「授業って、先生どうしたの? もう放課後じゃん」 ……あ。 もう放課後だったか。 志音は学校来てたのかな? 結局会えなかったじゃん。つまんね…… あまりにもぼんやりしていて、あっという間に一日が過ぎていた。 「ねえねえ! 先生も見た? ……俺めっちゃ驚いたよ! 本当に付き合ってんのかな? 先生仲よかったよね? 何か聞いてる? ねぇねぇ…… 」 何のことやら? その場にいる奴ら全員「こんなに身近に!」と言って盛り上がっている。 「見た? って何を……?」 俺は訳が分からず、その興奮している生徒に聞くと、真っ赤に顔を火照らせてそいつは一冊の雑誌を俺に渡した。 「ほら! これ! ……" 大スクープ! 人気女優仁奈とイケメンモデル志音 夜の密会⁉︎ " だって!」 雑誌のページを開き「ここ! ここ!」とその記事を指差すそいつは嬉しそうに話を続ける。 「ほら! これ志音だよね? " 仁奈のCMでお馴染みのモデル志音がお相手か? 衝撃のフルヌードで挑んだあの香水のポスターで仁奈のセクシーな体を受け止めていた相手も実は志音だった! この頃から意気投合して交際をスタートさせたのか? " だって! やべー!」 「え……?」 仁奈と志音、夜の密会……? 交際スタート? その見開きいっぱいに写っていたのは紛れもなく志音だった。 深刻そうな顔をして並んで歩く二人の姿や、小柄な仁奈を抱き寄せるようにして、二人で俺の知らないマンションへ入っていく後ろ姿。 仁奈という女優は帽子をかぶり、マスクをしているから顔はハッキリとは分からない。 でも志音は変装する事もなく、いつも通りの格好。 ……いや、あの服装。俺と初めてデートした時に着ていた服だ。お気に入りだって言ってたっけ…… 訳が分からず呆然とその記事を見つめ、しばらくの間黙り込んでしまった。 「先生? ねぇ先生? 聞いてる?」 雑誌を持ってきた生徒に呼ばれ、我に返った。 「本当に仁奈と付き合ってんのかな? やっぱいいよなぁ、イケメンは」 「付き合ってるならさ、もうヤッちゃってんのかな? ひゃーマジか! 凄えな! いいなぁ〜 」 うるせえな…… 志音が付き合ってるわけねえじゃん。 こいつが付き合ってんのは俺なんだよ! 俺がいつも抱いてんだよ! 心の声が漏れそうになるのをグッと堪え、俺は笑顔でその生徒に話した。 「凄いね。志音くん有名人みたいだ……でも仁奈と付き合ってるなんて聞いたことないよ。お友達みたいだけどね。だからあまり勘ぐらないであげてね……」 やっとの思いで俺はそれだけ言うと、生徒達を保健室から追い出した。 あ……雑誌。 生徒から雑誌を受け取ったままだった。 ま、いいや…… 俺はドキドキしながら一人でその記事を改めて読む。 志音と仁奈の密会の日…… 俺と真雪さんが挨拶した日。 そう、志音がすっぽかしたあの土曜日だった。 記事によると、二人は待ち合わせとかではなく偶然に会ったようにも見えたらしいけど、それはカモフラージュするための仁奈の意図なんじゃないかとその記事には書かれている。 歩きながら、たまに見つめ合ったりもしてなかなか親密に見えたらしい。そのうち仁奈のマンション近くになると、志音が真面目な表情を浮かべて仁奈に何かを言い、そのまま抱き寄せるようにして仁奈のマンションへ消えていったという…… 志音と仁奈が一緒に歩いているところからマンションへ消えて行くまでの間の様子が事細かにそこには記載されていた。 なんなんだよこれ! 意味がわからない。 事実じゃないのに、この書き方だといかにも二人は恋人同士で親密に見えるじゃないか! 不愉快……そして悲しい。 この日の事を俺は内緒にされたんだ。 何があったのか、教えてもらえなかった。 俺は嫉妬と不安、怒りと悲しみ…… 色んな感情がぐるぐると交わり思わずベッドの中へ潜り込んだ。 畜生! なんなんだよ…… 気持ち悪い。

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