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快人 2
大広間に差し掛かった時、派手で露出過多な格好の母親と珍しくばったり会った。
「あらぁ、快人じゃない。来てたの?」
「かーちゃん若作りしすぎ。年考えろよ」
「やぁだ!かーちゃんなんて呼ばないで!これでも結構若い子にもモテるのよ」
「ちょっと、近い近い!」
しなをつくりながら母親が寄ってきたけど、かーちゃんの胸の谷間なんて間近に見たくない。
「やだ快人ったら照れてるのぉ?相変わらず可愛いわねぇあんたは。奏人なんて全然部屋から出てこないんだから嫌になっちゃう。……あらやだ、もう行かなきゃ。じゃあまた来てね快人」
最後に投げキッスまでして慌ただしく去っていった母親の背中を呆れて見送る。
父ちゃんは何がよくてあの母親と結婚していたのか謎だ。
お嬢様育ちで家事は全くできないわ、もう50を目前にしているのにあんな格好するわ、それに…。
うちの両親は俺が3才の時に離婚して、初めは兄ちゃんも俺も母親に引き取られていたらしいが、母親はまだまだ手の掛かる俺が邪魔だったらしい。いらないからと父ちゃんに送り返したのだそうだ。
そういう話を笑ってする母親の無神経さにも驚くが、兄ちゃんがこうなってからは、俺を見るたび「奏人を送り返せばよかった」みたいな事を言うのには、呆れて言葉も出ない。
見た目だけは美人の母さん似で、運動も成績も優秀な兄ちゃんを溺愛していた癖に、少し躓いた途端これなんだから、最低な親だとしか言いようがない。兄ちゃんの心の傷が全然癒えないのは、こんな母親のせいもあると思う。
気が滅入って、ため息をつきながらリビングに入ると、いつも滅多にいない人がそこにいて、目が合って、慌てて背筋を伸ばした。
「快人くんじゃないか!」
「お邪魔してます」
「そんな他人行儀な。僕の事は第二の父親と思ってくれていいんだから。奏人を訪ねて来てくれたの?」
「はい。でも兄ちゃん寝ちゃって」
インテリそうな眼鏡をかけたその人は月岡聡司(さとし)と言って、母親の再婚相手で、兄ちゃんの義理の父親だ。
いつも家にいないことが多いので、こうして会うのは何回目かだけど、顔を合わせるといつも親切にしてくれる。
これまたなんであの母親と結婚したのだろうと言いたくなる様な真面目そうないい人だ。
「そう。いつもありがとうな。まあ座ってよ。奏人は、快人くんの前ではちゃんと喋るのか?」
「喋らなくはないですけど…」
「原因が何かとか、話してくれてるの?」
「あ、いや、それは…」
兄ちゃんだって、親にはあんな事知られたくないだろう。俺が口ごもっていたら、聡司さんがごめんごめんと言った。
「義理の父親じゃあ言いにくい事もあるよな。無理に聞こうとはしないよ。奏人も、快人くんだからこそ話したんだろうし。これからも奏人を頼むよ」
「もちろんです!」
やっぱり聡司さんはいい人だ。兄ちゃんの事だって、あの母親よりもちゃんと真剣に心配してくれている。
「ところで快人くん、奏人が起きるまで暇かい?」
「はい。テレビでも見させてもらおっかなと思って下りて来たんで」
「そうか。でも、今の時間はワイドショーくらいしかやってないよ。あっちにホームシアターがあるんだけど、見ないか?」
「ホームシアターっすか!」
決して貧乏ではないが、ここまで裕福でもない俺にとっては憧れの響きだ。
これだけ広い部屋のどこかにはホームシアター専用の部屋があってもおかしくない。
おいでと言う聡司さんについて行くと、その部屋は地下にあるらしく、階段を下りる聡司さんを追う。地下って、普通のお宅にはないよな。少なくとも俺の家と俺の友達の家にはなかった。すげー。
辿り着いた部屋は薄暗くて、まさに映画館みたいな照明だ。
聡司さんが何か操作をしたら、上からウィーンとでっかいスクリーンが降りてきて、俺はまたすげー!と言った。
「そんなに喜んで貰えると嬉しいな。どれ見る?」
聡司さんがこっちと示す書庫の様な場所にある5つくらいの稼働棚には、びっちりDVDやBlu-rayのタイトルが並んでいて、小さなレンタルビデオ屋みたいだ。
なんかすげーワクワクする!
2つ目の棚に、俺の大好きなジブラのアニメ作品がずらっと並んでいたから、中でも1番お気に入りのイヌバスが登場する作品を第一候補にした。
他の棚も全部見て、見たい作品は沢山あったけど、第一候補にはかなわない。
「おー、これか。意外と子供っぽいのが好きなんだ」
「何言ってんすか、これはオトナのアニメですよ!」
「はは…そうか。じゃあ、上映するから、座って」
大きなスクリーンの前に、3人掛けくらいの低いソファが置いてあって、そこに座ったら間も無く照明がもっと落とされて映画がスクリーンに投影された。
「おお…」
音も迫力があって、地下だから反響するみたいで臨場感がある。これはもう小さな映画館だ!
一通り感動したら、聡司さんは見ないのかなと気になって辺りをキョロキョロしていると奥のバーカウンターみたいになってた所から聡司さんがやってきた。両手にグラスを持っている。
「はい、これ」
差し出されたグラスを受け取って匂いをかぐと甘い匂いとツンとしたアルコールの匂いがした。
「カクテルだよ。若い子はこういう甘いのが好きかなと思って。昼間だしリキュールは少ししか入れてないから安心して」
隣に座った聡司さんはウイスキーグラスみたいな飲み口の広いグラスを傾けていて、なんか意外だ。
昼間からウイスキーを飲むのも、未成年の俺にふつーにお酒を渡してくるのも、真面目そうに見える聡司さんのイメージと違った。
お酒は弱くないから大丈夫だけど。
もしかしたら俺がまだ未成年だって知らないのかもしれない。きっとそうだ。
渡されたカクテルを飲んでみると、女子がよく飲んでるカシスオレンジの味がした。
女子の飲み物だと思ってるから店では頼みづらいけど、実は結構好きなんだよな。
グラス片手に映画館貸し切りみたいなこの状況は最高に贅沢だ。
それなのに、少し眠くなってきてしまった。こんな子供騙しのカクテル1杯くらいで酔う筈ないんだけど、疲れが溜まってるからかな?
そろそろ俺の好きなイヌバスが出てくる場面だっていうのに…。
「快人くん、眠い?僕はあっちで見るから、ここに横になりなよ」
「いえ、大丈夫です」
「いいから」
聡司さんはそう言ってソファから腰を上げて、バーカウンターに並んでいるスツールに座った。
せっかく空けてくれたんだし、お言葉に甘えて…。
身体を横たえると睡魔はすぐにやってきた。
あぁ、今ちょうどイヌバスが出た所なのに、瞼が開かない………。
「快人!」
「んぁ…?」
いきなり大きな声で呼ばれては瞼だって開く。夢と現実の狭間でちょうど気持ちいい所だったのに。
目を擦りながら声のした方を見たら、兄ちゃんがいた。
「兄ちゃん起きたの?」
寝惚けた声でそう聞いたら、早足で兄ちゃんが近づいてきて腕を取られた。
「快人行くよ」
「え?何?何?」
グイグイ腕を引かれて慌てて立ち上がる。
兄ちゃんどうした?
「奏人、突然なんだ?快人くん驚いてるぞ」
「聡司さん、分かってるでしょ?」
さ、行くよと兄ちゃんに腕を掴まれたまま部屋を出て、俺の贅沢な時間は終わった。
「あ、聡司さんにお礼も言ってねえや!」
「いいよそんなの。俺から伝えておくから。部屋行こう」
兄ちゃんは2階の部屋に辿り着くまで手を離してくれなかった。
体力落ちてる割に力あるんだよなぁ、兄ちゃんは。
「兄ちゃんどうしたの?」
「快人、聡司さんにはあんまり近寄るなよ」
「え?どゆこと?」
「あの人結構危ない人だから。でも、快人は詳しく知らない方がいい」
「う、うん、わかったよ」
危ない人には全然見えないけど、兄ちゃんがそう言うならそうなんだろう。正直あのホームシアターがもう見れないのは惜しいけど仕方ない。
「あの部屋に行きたいなら、俺が今度連れて行ってやるよ」
「まじ!?」
「まじ」
兄ちゃんには俺の考えてる事なんてお見通しみたいだ。
少し寝たからか体調もいいみたいで久々に笑ってる。
兄ちゃんは俺よりも背が高い。髪の毛は母親に似て栗色でふわふわしていて、笑うと女の子みたいに柔らかい雰囲気になる。兄ちゃんならきっとあいつらとこんなにヤらなくても簡単に手玉にとれるんだろうな。
俺なんてもっさり黒髪だし、身長も160しかなくて、スタイルもよくない。今風に髪だけでも染めたいのに、肌が弱くてダメだった。
こんな俺には男の性欲に訴えるしか武器がない。やっぱ俺ならヤるしかねえよなぁと美形の兄を見て改めて思わされる。
それにしても誠は俺のどこがいいんだろう?
そう言えば、ガキっぽいところって言ってたっけ。俺の膨れっ面見て喜んじゃってさ。
ほんと、変なやつ。
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