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快人 8

約束の時間の10分前。 駅の東口に立って辺りを警戒した。 先に見つけて、不意打ちしてやる。 相手はきっとあんな卑怯な真似しかできないビビり野郎だ。 主導権がとれたらヤらずに済むかもしれない。 5分くらい集中して探していただろうか。ふと気を緩めた時に、正面からこちらに向かって真っ直ぐ歩いてくる…知らないおじさんがいた。 まさかな…。そう思ったと同時に声を掛けられた。 「や、やぁ。快人だね?」 誰だこいつ。 目の前のおじさんは、40代くらいだろうか。 薄くなりつつある頭に、なんというかあんまり清潔とは言えない様なあちゃーな見た目で、このおじさんを見て瞬時に連想したのは秋葉原とリュックと紙袋だ。 「あの、誰ですか?」 俺はこんなおじさんと知り合いだったことはない。 つまり、変態はこいつじゃない。筈だ。 「ぼ、僕だよ。写真も送っただろ?セレネだよ。君が名付けてくれただろ?」 「は?」 益々話が見えない。セレネ?なんだそのアニメかゲームに出てくるみたいな名前は。全然似合ってねえし。それに写真って? 「本当に知らないフリするんだね。恥ずかしがりやさんなんだ」 デレッと笑う目の前のおじさんが、なんだろう。すごく気持ち悪い。 「すいません、俺全然意味わからな…」 ポケットの中の携帯が震動して、画面に表示されているのは案の定非通知だった。 「おい!どういうことだよ?」 『その調子なら、もうセレネさんと会ったんだね』 「会ったんだねじゃねえよ!」 『まぁそう怒らないで。相手が僕じゃないだけで、今日の予定は何も変わらない。君はそこのセレネさんと一発ヤる。僕はもう君に電話しない。それでいいだろ?』 「よくねぇよ!お前の正体は!?」 『もうこれっきりなんだから、そんなのどうでもいいじゃないか。でも、選ばせてあげようか。セレネさんと普通のセックスをするか、僕に鞭やロウソクで責められるの、どっちがいい?』 「ふざけんな!話が違う!」 『じゃあ、わかった。セレネさんには帰って貰おう。快人がそんなに僕とヤりたいなら仕方ない。これからそっちに行くよ』 「ちょ、ちょっと待てよ!」 そうあっさり言われると、この変態とヤるよりも目の前のおじさんとヤった方がいい様な気がしてきた。 そもそも、変態とヤるのも、おじさんとヤるのもよく考えたらおかしな事なのに、そんな冷静な疑問はどこかへ飛んでいってしまっていた。 俺の頭には「どっちとヤる方がマシか」という2択しかない。 『どうせセレネさんの方がいいんだろ?セレネさんと熱い夜を過ごすんだ。逃げ出したりしたら、僕と寝たいんだと見なしてすぐに捕まえに行くから。それじゃ、快人。愛してるよ』 何か言う暇もなく電話は一方的に切られてしまった。 俺は、このおじさんとヤることになってんのか…? こんなことしてあの変態に何の得がある? こんなのただの嫌がらせみたいなもんじゃねえか! 「ね、ねぇ快人?」 「あ!?」 目の前にちょっと腰が引けてるおじさんがいた。 ちょっとあの変態への怒りが顔と態度に出てたらしい。 でもこの人重要参考人だ。 取り合えずイライラは引っ込めよう。 「あの、セレネ?さんは何でここに来たんですか?」 「そんなこと決まってるじゃないか。掲示板で快人という美少年を見つけたからさ」 おじさんは決めセリフの様にカッコつけて言った。そういうのは今求めてない。 「掲示板って、出会い系かなんか?それで、その快人と今日まで連絡取り合ってたんだろ?その相手の連絡先とかわかる?」 「メールしてたけど、その相手は君だろ?」 「あー、いや、ちょっとややこしいんですけど、ともかくこれまで連絡取り合ってたアドレス教えて!」 おじさんから奪うように聞き出したフリーメールっぽいアドレスに『クソ野郎』とメールしてみたけど、案の定アカウントを消されているらしい。メールは戻ってきた。 「快人?もしかして君、騙されたの?」 少し気遣わし気なおじさんが、初めて気持ち悪くなく見えた。 この人も被害者だ。 きっと掲示板には誰かすごい美少年の写真でも貼ってあって、それに釣られて騙されてここにきたんだろう。 いざ来てみたら相手は俺だわ、八つ当たりされるわで、きっと散々だ。 「おじさんごめん。おじさんは何も悪くないよな。相手が俺でがっかりだろうに、そんな素振りも見せないなんて、さすが大人だよ。俺なんか自分のことばっかで…」 「か、快人?僕は全然がっかりなんかじゃないし、寧ろ実物の方が…」 「おじさん…なんていい人なんだ!もう俺は腹くくったぜ!行こう!」 おじさんの手を取って歩き出す。 これであの変態と手が切れるなら、それでいいじゃねえか。このおじさんの見た目が多少残念で、メタボでも、それでもこんなにいい人なんだから、あんなしつこい嫌がらせをしてくる陰険な変態にヤられるよりよっぽどマシだ。 「快人、待って。予約してあるホテルはこっち」 おじさんに軌道修正されながら、目的の場所……ホテルに辿り着いた。

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