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快人 10

アパートについてからは、浴室に直行した。 男と寝るなんて、それ事態ホモじゃない俺にとっては悲惨な体験だけど、これまでは本当に自分でも嘘みたいに平気だった。 たぶん、みんなこんな俺でも大事にしてくれてたからだ。 強引そうに見せてても、結局は俺の意思を尊重してくれるのが分かっているから。 強姦ってこんななんだ。 まるで自尊心とかプライドとかを、けちょんけちょんに踏み潰されたみたいだ。 兄ちゃんは、大勢によってたかってこれをされて、一体どんな気持ちだっただろう…。 おっさんに散々擦り付けられた身体は、なんだかおっさんの臭いが染み付いている気がして、肌が赤くなるまで何回も何回も洗った。 おっさんに汚された尻穴も、さっきより腫れてる感じで痛かったけど何回も洗った。 その内立っているのが辛くなってきて、床に座り込んだ。それでも手の届く所をゴシゴシ洗っていたら、外でガタンと物音がした。 「快人ー?なんか部屋の中真っ暗だけど大丈夫?」 誠、バイトから帰ってきたんだ。 浴室の明かり以外が付いていないのできっと不審に思ったんだ…。 「まーこーとー」 思わずすがるような声を出したら、誠が慌ててドアを開けた。 「快人!?」 「まことぉ……ひっく…」 「快人!」 誠の顔を見たら身体から力が抜けて、涙が溢れて、情けなくしゃくり上げてしまった。 誠は服のままシャワーが降り注ぐ浴室に迷いなく入ってきて蹲る俺を抱き締めた。 「ひっ…く…誠、濡れる…」 「そんなのどうでもいいよ!快人、誰にやられた?」 想像がついたからか、誠は何があったかは聞かなかった。 「ひっく…、変態に…、」 「あのストーカー野郎にやられたのか?」 「ちが…っ…キモい、おっさんに…ひっく…」 「おっさん!?あの変態ストーカー、おっさんだったのか!?」 「ちが…くて…っ…」 「快人、とりあえず出ようか。もうこんなに真っ赤になるまで擦っちゃだめだ」 誠は尚もスポンジを擦り付けていた俺の手をやんわりと包んでから、もう片方の腕で肩を抱かれて立ち上がらせてくれた。 バスマットの上で側にあったバスタオルで丁寧に身体を拭かれた。 俺はそうされる事がなんだか心地よくて、子供の様にされるがままだった。 着替え持ってくるから…と一旦誠が傍から離れると、どうしようもなく心細くて、思わず誠の名前を呼びそうになってしまった。でも、誠はすぐに来てくれた。 「快人の着替え、どこにあるかわからなかったから俺のだけど…」 「ありが…と…」 差し出された下着と部屋着を身に付けたら少しだけ気持ちが落ち着いてきた。 「快人、おっさんって…?」 濡れてしまった服を脱いで、俺と似た部屋着に着替えた誠が、気を遣いながら聞いてきた。 俺は全部話した。変態とのやりとりも、おっさんの事も。 強姦されたなんて恥だけど、俺はなぜか誠に聞いてほしかった。 自分で話してても、変態との取引に応じた自分も、おっさんと寝る事に決めた自分も浅はかでどうしようもないバカだと思ったけど、誠は俺を批判する事は一切言わずに、辛かったなと一言言って静かに抱き締めてくれた。 その温もりがやけに心地よくて、俺は暫く誠の腕の中で暖かさに浸った。 * * * 「39度5分。今日は大学行くのは無理だな」 体温計を持った誠が、俺の額に手を当てながら言った。 昨夜、誠に抱き締められて誠の優しさに浸っていた俺は、直後に3連続くしゃみをかますという間抜けを晒した。 気遣ってくれた誠に布団を敷いて貰ったり、水をもってきてもらったり、他にもかいがいしく世話をして貰って、そのまま布団に潜り込んだ。 目を瞑ったら、おっさんの事を思い出しそうだ…なんて少し考えたけど、俺がそこまで繊細でないせいか、それとも誠の存在のおかげか、おっさんのおの字も浮かばないまま深い眠りに落ちた。 そして、今朝。 身体はだるいは、喉は痛いは、ガラガラだわで、確実に風邪をひいたらしかった。 ホテルの風呂場で1時間以上裸だったのがよくなかったんだ。 物音で目覚めさせてしまったのか目を開けた誠はすぐに俺の状態に気づいて、体温計を持ってきてくれたのだ。 「快人、食欲ある?」 「うん。腹へった」 「よかった。じゃあお粥作るな」 そういや、変態は昨夜本当に電話してこなかったし、約束はちゃんと守る様だ。 でも、ってことは、俺がここにいる理由は少しもなくなったってことだよな…。 「誠…」 「ん?どうした?」 「俺、もうここにいる意味なくなっちまった。変態もいなくなったし。昨日もここにくる必要なかったのに、誠に面倒かけてごめん」 「…なあ快人。ストーカーとか抜きにしても、ここに住めばいいじゃん。お金勿体無いからいっそ快人のマンション解約しちゃったら?」 誠はなんでもないことの様に、卵をかき混ぜる手を止めないで言った。 「でも…」 「快人が昨日もここに来てくれたのって、ここが居心地いいからだって俺自惚れてるんだけど、違う?」 「それは…そうだけど…」 あの時の俺は、ともかく誠のいるこのアパートに帰りたかった。例え誠がいなくても、誠が帰ってくるここに来たかった。 「じゃあいいじゃん、居れば」 「でも、それって、誠にメリットなくないか?俺何も役に立ってねえし…」 食事の支度も誠に頼りっきりだし、洗濯もついでだと言ってたまにしてくれていた。掃除もしてないし…って、俺本当に役立たず所か邪魔なだけなんじゃ…。 「俺、快人に甘えられるの好きだからいーの。それに、1日電話が来なかっただけで、本当に約束守るかわからないじゃないか。相手は普通じゃないんだから、まだ警戒した方がいいと思う」 「そう…かな?」 「そうだよ。はい、完成」 目の前に黄色くてホカホカ湯気の立ったお粥が置かれた。 高熱が出ても、お腹に来る風邪じゃない限り俺は食欲はなくならない。さすがに肉とか揚げ物とかは食べたくないけど、風邪引いたときの卵粥は大好きだ。 「うまそー…いただきます!」 添えられてたレンゲでお粥をはふはふしながら口に運ぶ。 「ポカリとかなくて悪いけど…」 ちょうど欲しいと思ってたタイミングで水が入ったコップを置かれたから、すぐにグイっと飲んだ。 「ぷはあ。誠のお粥美味いよ!」 「よかった」 誠がクスクス笑いながらいつもみたいに斜め向かいに座った。 「誠は食わねーの?」 「快人それで足りる?」 「足りる足りる」 「じゃあ残り食うかな」 立ち上がった誠が、鍋からお粥をついで戻ってきてまた斜め向かいに腰かけた。今座ってるのはダイニング…というか少し広めな台所だから、鍋から近い。 「たまに食うとお粥も美味いな」 「うん、美味い!」 誠と一緒に食うと、尚更美味い。 本気で誠を奥さんにしたい。 癒し系で、優しくて、料理上手で、掃除も洗濯も出来て、あと他にもたくさんいい所はある。正に俺の理想の奥さん像がここにあるといった感じだ。 それに、床上手だし………。 って、俺何考えてんだよ!! 「快人熱上がったんじゃないか?顔真っ赤になったけど、大丈夫?」 「だ、だ、大丈夫!」 うわー!最悪だー、俺。 恥ずかしい奴だ。 変態のこと変態なんて言えねえよ。 恥ずかしくて少し冷めてきたお粥を掻き込む様に食べて布団に横になって寝たフリをした。 誠は2講目から授業があると言っていたから、少ししたらシャワーを浴びたりと出掛ける準備を始めた。 * * 寝たフリがいつの間にかフリじゃなくなっていたらしい。 額がひんやりしてて、気持ちいいな。 うっすら目を開けると、枕元に誰かの膝が見えて、視線を上げた。 「誠…?」 「ごめん、起こしちゃった?」 誠の膝の横には洗面器が置かれていて、水が張ってある。 「誠、ずっと冷やしてくれてたのか?」 「学校から帰ってきてからね。体調はどうだ?まだ結構熱いみたいだけど」 「うーん、あんまり」 「食欲は?」 「ある」 「うどん買ってきたから、茹でるな。出来たら呼ぶから、そのまま横になってろよ」 「ん…」 すぐにジャーという水の音と、コンロが点火する音が聞こえてきた。 うー、だるい。 でも、誠の出す生活音というか、家事音は本当に癒されるなぁ…。 「出来たけど、起きれる?」 「ん」 布団から出て、テーブルにつく。 誠は俺の好みをよくわかってる。俺は鍋焼うどん風の、ちょっとくたっとした麺に、卵とかネギとかの素朴な具が入ってるのが好きなんだけど、まさにそんなうどんが出てきて軽く感動だ。 「うめぇ。なんかポカポカする」 「生姜すって入れたからな。身体温めて、早くよくなってな」 ニッコリと笑った誠が…どっちかって言うと男らしくてガッチリしてるのに、女神様みたいに見える。 「誠ー!ありがとな!」 「わ!だ、駄目だ快人!」 勢いで誠に抱きついてしまったけれど、そうだよな。駄目だよな。俺は絶賛風邪引き中なんだから、感染ったら大変だ。 「悪い悪い」 「お、俺もうどん食べようかな」 離れた時に見えた誠の顔が少し赤らんでいる様に見えたけど、誠はすぐ立ち上がって台所に向かったのではっきり分からなかった。 昨夜の仕返しにからかってやろうと思ったのに。 17時半頃に誠がバイトに出掛けた。心配だから休もうかなんて言っていたけど、さすがに俺もそこまで子供じゃない。寝てれば治るからと送り出した。 たぶん、誠は風邪引いてる事だけが心配なんじゃなくて、昨日強姦された俺を気遣っているんだってこともわかってる。でも、それも含めて俺はもう結構大丈夫だった。 誠の癒し効果は俺にとって絶大な様で、誠が傍にいなくても、誠のアパートで、誠に借りてる布団に包まれてるだけで心から安心できた。 後は風邪さえ治れば、たぶん元通りだ。 風邪には睡眠が一番大事だよな。 そう思ってまた一眠りしようと思った時、携帯が鳴った。 一瞬非通知だったらどうしようと思ったが、ディスプレイに表示されているのは、光希さんだった。 あ、ヤバい。約束してたんだった。 「もしもし、光希さん、」 『快人ぉー。いつになったら来んの?』 「光希さん、本当にごめんなさい。今日も行けないんです」 『えー!そんな、嘘だろぉ。快人ぉー…』 「ごめんなさい。風邪引いちゃって」 『あ、ほんと。快人の声いつもと違う。大丈夫?看病に行こうか?』 泣き声を真似ていた光希さんの声色がぱっと真面目になった。本当に心配してくれてるんだ。 「大丈夫です。でも本当にごめんなさい」 『いーよ!風邪引いてるなら仕方ない。寝てるとこ起こしちゃってたらごめんな。ゆっくり休んで!』 光希さん、本当にいい人だ。あの3人の中で一番なさそうだと思うのは光希さんだ。 でも、ある理由から誠みたいに完全に白だとは言えないのだ。限りなく白だけど。 疑わしいと思える理由を探すのは簡単だけど、やっぱり楢橋さんも、守山さんも、光希さんも、強姦とか輪姦とかを仕組む様な人には全然見えない。 あの3人があのおっさんみたいに、非道で身勝手な事をするなんて、想像ができない。 強姦されてみて改めて俺は「M」が許せないと思ったし、復讐してやるという思いも新たにしたけれど、そのターゲットと思える3人の誰も恨めなくて…。 これを考え出すと結構堂々巡りするので、いつも結論は、兄ちゃんが思い出すまでは現状維持しかないという事になる。 問題があるとすれば俺が3人と寝るモチベーションだけだから、もう無理にでも自分を納得させるしかない。あの3人の中の一人が「M」なんだと。 兄ちゃん…。 俺、少しだけ兄ちゃんの苦しみが理解できたよ。 たぶん、兄ちゃんの10分の1とかそれ以下だろうけど。 あれの10倍以上のダメージを与えられると思ったら、想像だけで苦しい。 光希さんには悪いけど、明日熱が下がってたら兄ちゃんの顔を見に行こう。

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