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快人 13

次の日の早朝、光希さんから深いキスを受けて目を覚まして、また盛られたので、なんとか躱して逃げるように光希さんのマンションを後にした。 誠はまだ寝ているだろうから、そーっと中に入ると、案の定カーテンは締め切られていて、誠のベッドがこんもり膨らんでいた。 傍に寄ってみると、規則正しい呼吸が聞こえてきて、スヤスヤと眠っている姿がなんか少し微笑ましい。 「ん…快人…?」 何の兆しもなく誠の目がうっすら開いて、寝惚けた声を出した。 「快人だ…。よかった…」 そして、俺を見てニンマリと笑うと、長い両腕をこちらに伸ばした。 何だか分からなくてその手を掴んだら、ぐっと引かれて腰を抱かれ、そのまま布団の中に引き摺り込まれた。 「ま、誠?」 布団の中で俺をすっぽりと抱き締めたまま誠は動かなくなって、声をかけても規則正しい寝息しか返ってこない。 え…? って、嘘!俺このまま!? 久しぶりに嗅ぐ濃厚な誠の匂いにクラクラする。 匂いというのは、ダイレクトに記憶を呼び覚ますらしい。 誠の…誠に抱かれた時の事を臨場感たっぷりに思い出してしまって、ドキドキと心臓が煩い。 しかも、あんなに嫌という程光希さんとヤって来たというのに、何でちょっとコーフンしてんだよ…。 このままじゃまずいと、どうにか誠の腕の中から抜け出そうと誠を起こさない程度にもがいてみたけど無理そうだ。 そんな事をしている内に、興奮は冷めて、同時に強い眠気がやってきた。誠の癒しの波動が効いてきたのかもしれない。 どうせ動けないのだしと諦めて目を瞑ると、誠の温もりが心地よくて、あっという間に気持ちよく意識が沈んだ。 * * 雲の上で、雲を布団にしてプカプカ浮かびながら、寝ている夢を見ていた。 突然暖かい布団を剥ぎ取られたので、それを追って掴んだら、それは雲にしては硬かった。でも、ぬくい。 また自分の身体に掛けようとしてそれを引き付けたら、それが「快人」ってしゃべった。 もしかして俺専用なのかな?なんてちょっと嬉しくなった。 でもそれはちょっと焦ったみたいにまた俺を呼んで、少し煩い。 ぎゅっと胸に抱き抱えたら、それはようやく黙ってじっとしたから、顔を埋めて頬擦りをした。 「快人ぉ…」 少し静かにしてたのに、また情けない声を出して俺を呼んだ。勘弁してとかなんとか言ってて、さすがに意識が浮上してきた。 ……まずい。今俺が抱きついているのは、誠だ。 おかしいな。俺が抱き付かれて動けなかった筈なのに。 誠を見上げると、カーテンが締め切られて薄暗い中でもはっきりわかるくらい顔を赤くしていて、目があった俺も一気に頬が熱くなるのを感じた。 「ご、ごめん!でも、誠が悪いんだかんな!」 ぎくしゃく離れながらそっぽを向いて言った。 「お、俺!?」 「そうだよ!誠が、俺が帰って来るなり俺をここに引きずり込んだんだから」 さっき俺が抱きついていた事はこの際無視だ無視。 「まじか…。ごめん快人」 「べ、別にいーけど」 しーーん。 なんか気まずい。そんなに本気で謝らなくていいのに。 俺なんか言ってしまえば抱き枕扱いには慣れているし。てか、俺も気持ちよく寝てた訳だし。 「…俺、昨夜快人が帰ってこなくて結構ヤキモキしてて…。たぶんだからそんなことしちゃったんだと思う」 「だから、もういーって。全然気にしてねえし」 「そっか。でも、気にしてないって言われるのもちょっと悲しいな」 誠がようやくいつもみたいな調子になったからほっとした。 全然気にしてないというのにはちょっと語弊がある。今までにないくらいドキドキして、緊張した。 でも、そんなの誠に告げられない。 「あーあ。俺、すっげー気持ちよく眠ってたのに、誠に起こされちまったなー」 「はは…悪い悪い。快人熟睡してたもんな。お詫びになんか作るぜ」 「やった!ちょうど腹減ってきた!」 「快人はいつも腹減ってなるな」 クスクス笑いながら誠がベッドを降りた。 俺たち、こういう関係でしかいられない。付かず離れずの距離で、友達でも恋人でもない関係。例え俺が誠を好きで、誠も俺を好きでいてくれてても。 * 誠と飯を食べて、テレビを見たりくだらないことを話したりしている内にすぐに夕方になって、誠はバイトに行く時間になって、玄関に向かった。 ふと、テレビ台の上に無造作に置かれていたネックレスに目が止まった。 「誠、忘れ物」 「ん?…あー、それ。もう着けない事にした」 「なんで?」 「いや、そのMさ、俺のMかと思ってたんだけど、元カノの名前のつもりで贈ったらしくて。それならもう着けられないだろ」 「そっか」 つまり、誠は元カノに戻るつもりはないってことか。 「今度、Kのネックレス買うかな」 「K?」 思わず聞き返したけど、にやっと笑っている誠が何を言いたいかは、返事を聞く前に理解した。わかった途端、カッと顔が熱くなる。 「快人のK。バイト代入ったら作るかなー」 「おっまえ…やめろよ!こっぱずかしい!」 「はは…じゃ、行ってくるなー。あ、夜は帰ってこいよ」 赤面してるであろう顔を隠すように俯いていたけど確り頷いてみせると、誠は満足そうに行ってくると玄関を出た。 誠は今夜も俺が他の男の所に行くことを知っている。 それなのに、あんな事言って…。 こんな尻軽でビッチな俺で、誠はいいのか?一体そんな俺のどこがいいんだろう。 でも、それを俺は嬉しいと思ってしまうのだから手に負えない。

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