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快人 15
季節は巡って、秋を通り越し、冬も佳境でもうすぐ春だ。
変態は約束通り電話も盗撮写真とかを投函してくる事もなく、すっかり平和な日々を過ごしていた。
あれが一体誰だったのかは未だに謎だけど、自分に害がなければいい。
最近の俺の悩みは、時折やってくる関節の強い痛み。蹲りたくなるくらい、結構痛い。
兄ちゃんが前言った通り俺はこの1年でグングン身長が伸びて、170㎝までになった。
「快人のそれは、成長痛だよ。俺もその頃あった」
兄ちゃんは、相変わらず邸から出ようとしない。妙にテンションが高かったり、今日みたいに普通だったりとまだまだ不安定で、「M」が誰なのかも思い出せないままだった。
もうすぐ楢橋さん逹3人は卒業してしまう。3人との関係ももう1年近くになるけど、皆飽きる事なく俺を抱いている。
もう俺はチビでもなくて、女と間違われて痴漢されることもかなり減ったけど、それでもまだ俺の身体を欲してくれて、目的がある俺にとってはありがたい。
「快人、ごめんな。もうすぐ全部思い出せる気がするんだ」
兄ちゃんが俺の気持ちを見透かしたみたいにそう言った。
そろそろ次の段階に進みたいし、一人に絞りたい気持ちはある。けど、兄ちゃんを急かすつもりはない。
「兄ちゃん、無理はしなくていいから」
「快人…ありがとう」
コンコン…
「あ、もう聡司さん来た。俺帰るね」
言いながらドアを開けると、ニコニコと笑顔の聡司さんがドアの前に立っていた。
聡司さんは仕事をどうしてるのかよく分からないけど、殆ど家にいて、兄ちゃんに毎日勉強を教えてくれている。
「快人くん、もう帰るのかい?たまには一緒に勉強していかないか?」
「聡司さん!」
兄ちゃんが怒った様な調子で言う。わかってるよ、俺がいたら邪魔なことくらい。
「いえ、俺は帰ります」
「そう?残念だな」
「じゃあ、快人。また電話くれよ」
兄ちゃんにうんと頷いて、聡司さんに頭を下げて部屋を出た。
帰る先は、相も変わらず誠のアパートだ。
自分のマンションの部屋を解約して完全に同居してしまう踏ん切りは未だにつかなかったが、自分の部屋には殆ど帰ってない。荷物を取りに行く時くらいで、倉庫がわりになっている。
誠のアパートが見える通りに差し掛かった時、アパートの前に見慣れない黒い高級車がとまっているのが見えた。
このアパートには似つかわしくなさすぎて、闇に紛れる色の割にかなり目立つ。
階段を登って、玄関に鍵を差し込もうとした時に、勢いよくドアが開いた。
「うわっ」
危うくぶつかりそうになって慌てたけど、中から出てきた人物を見て尚焦った。
かなり体格のいいスーツの男で、眼光が嫌に鋭い。
その男にギロリと睨み付けられては、ビビらずにはいられない。
「おい何やってんだ…って、快人!」
「知り合いですか?」
「話してあっただろ!俺の同居人!もうお前帰ってくれよ」
ビビって固まる俺を他所に誠がそのスーツと親しげ?に話をして、スーツは帰って行った。
「快人、ごめんな。驚いただろ」
誠に腕を引かれてアパートに入る。
「驚いたってか…誰?」
「あー…俺の親父の関係者?あんな見た目だけど、快人に悪さしないから安心して」
関係者?なんだ?
なんか、今更誠の違う顔を垣間見た様な気がする。あんな知り合いがいるなんて、誠らしくない。
「快人、腹減ってない?久々に麻婆豆腐作ろうかと思ってるんだけど、食べる?」
「食う!」
「おう。じゃ、作るなー」
俺の胃袋はこれまた相変わらず誠に鷲掴みにされてて、さっきの事なんてすぐにどうでもよくなった。
誠にどんな知り合いがいても、誠は誠だ。
俺と誠の中途半端な関係も続いていて、俺は相変わらず夜は出歩き、誠は俺が好きだと言いながらも俺の行動を黙認していた。もう一緒に住んで1年近くになるのに、身体を求められた事もない。初めに誘惑した時にやったきりだ。
誠が俺を好きだと言っているのは何かのパフォーマンスか?と思いそうになるけど、それは誠の普段の行動を見てればすぐに否定できる。
誠は俺に激甘で、それは特別な事だからだ。
誠の元カノが、あのあと結構訪ねて来ていたけど、誠はかなり素っ気なくあしらっていて、俺に対するのと態度の違いは歴然だった。
誠が癒し系なのも、超がつくほど優しいのも、俺限定の様なのだ。
これを知った時は、かなり嬉しかったりした。
*
*
*
大学の卒業式は一部仮装行列みたいだ。
ホストみたいな派手なスーツと袴が多いのだが、中にはもっと奇抜な人達がいる。
目の前の3人も、3者3様に目立っている。
「快人、卒業までには俺のになってる筈だったんだけど、いつまで待たせる気だ?」
キザっぽく言うのは袴を格好よく着こなした楢橋さんだ。他校から彼女なのかファンなのかよくわからないけれど、たくさんの女の子が見に来ていて、卒業証書を受け取るときは黄色い歓声が飛んでいた。
「おい楢橋。快人がお前みたいなヤリチンのになる筈ないだろ。快人は俺が一番好きだろ?」
細身の身体に、オーダーメイドっぽい高そうなスリムスーツにカフスとチーフを飾って着こなした守山さんは、楢橋さんとは違う格好良さで、綺麗な感じだ。中性的な王子さまといった雰囲気で、落ち着いているので派手にではないが、密かなファンが沢山いる。
「二人とも何勝手な事言っちゃってんの?快人は俺のに決まってるじゃんよ」
最後の一人は、光希さんなんだけど…何かの戦隊物のコスプレをしていて、赤いマスクを被っている為表情は全くわからない。身体は同色の全身タイツで、腰回りにベルト、胸元に少しだけ飾りがついている。
「ぷ…くく…。光希さんサイコー…」
安っぽい全身タイツ姿は見れば見るほど面白くて、他二人はビシッと決まっているのに、この光希さんと並ぶと霞んで見える。
「快人、俺の事ばっか見てる!やっぱり俺の勝ちだな!」
「何言ってんだ川中のアホ!」
「お前が間抜けな格好してるから見てるだけだろ。そんぐらい気づけ」
「なんだと!」
3人が言い争いを始めたので、俺はそっとその場から離れることにした。
誰を選ぶのかなんて正面から聞かれたら堪らない。
玄関に向かう途中の廊下で、緑の戦隊コスプレの人に会って、朝島と声をかけられた。
「小畑さん?」
「せいかーい!」
緑は、光希さんといつも一緒にいる光希さんの友人だった。光希さんとは学部が一緒なので学内で声を掛けられる事も多く、そして声を掛けられるときは大抵この小畑さんも一緒にいるので、お互いに顔と名前を見知っていた。
「光希見なかった?T女大の子に一緒に写真撮らせてって言われたんだけど、5人揃った所がいいって言われちまってさぁ」
今日の一部のコスプレの中でも目立っていたこの戦隊コスプレの人達は、5色いた。ありきたりなコスプレっちゃあそうだが、5色揃っていたからこそ目立っていた。
「まだ体育館にいますよ」
「お、サンキュサンキュ」
「あ、待って!」
俺は、ずっと小畑さんに聞いてみたい事があった。でも、いつも側に光希さんがいたから、聞けずにいたのだ。
これは最初で最後のチャンスだ。
「どうした?」
「あ、あの。月岡奏人って、知ってます?」
「月岡…?聞いたことあるような気もするけど、そいつがどうかした?」
「あ、いえ。何でもないです。すいません」
小畑さんはよっぽど急いでいたのか、俺がそう答えると追求することもなくあっさりと体育館に走って行った。
小畑さんはサッカーサークルの部長だ。その人物が兄ちゃんを知らないってことは、やっぱり兄ちゃんは……。
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