22 / 46

奏人 2

俺はずっと孤独だった。 母親は自己中心的な女で、いつまで経っても子供だった。 一番好きなのは自分で、2番目に好きなのはそんな自分をチヤホヤしてくれる男だ。 子供なんて、あの女にとっては邪魔でしかなくて、父さんと引き離されてからは俺は今でいうネグレクトを受けた。 死なずに済んだのは、俺がある程度大きかったのと、お手伝いの吉田さんがいたからだ。 母親の家は代々資産家で金持ちなので、飢える事はなかったが、それが満たされていた分俺はずっと愛に飢えていた。 吉田さんは同情はしてくれても、愛情はくれなかった。 俺は母親に振り向いて貰いたくて必死だった。 勉強も、当時流行の最先端だったサッカーも必死で頑張った。 6年生に混じって4年生の俺がレギュラーになれた時、母親は初めて誉めてくれた。そして、試合を見に来てくれた。 ボディラインのはっきり出る派手なドレスに日傘を射して、サングラスをかけた母親は、他の保護者と並ぶと異様だったけど、俺にとっては一番若くて美人に見えて誇らしかった。 でも、母親は一人じゃなかった。大学生くらいの若い彼氏と一緒で、母親は試合が始まっても俺の事を全然見てくれなかった。 それでも、試合に勝って、誉めて貰おうと母親に寄って行くと、上機嫌な母親と母親の彼氏に望み通り誉められて、俺は本当に嬉しかった。 その日の夜、俺は酔った母親に殴られた。 彼氏に振られたらしい。そして、それは俺のせいらしい。 彼氏がサッカー好きだから、サッカーが上手い子供なら、子供がいても認めてくれると思い試合に連れていったのに、あんな大きい子がいるなら無理だと言われたと。 「あんたなんか、いなくなればいいのに」そうはっきり言われた。 それでも俺は、母親から愛される為に必死だった。また誉めて貰いたくて、サッカーも勉強も頑張り続けた。 6年生くらいになると、顔つきも少し大人っぽくなってきて、街でスカウトなんかを受ける程、母親に似て小綺麗な見た目になった。 俺と歩けば他人に誉められるのが分かった為か、その頃から母親は俺を連れて歩く事が増えた。俺は完全に母親のアクセサリーだったけど、それでも母親が俺を見てくれる事が嬉しかった。 そしてその頃、聡司さんと出会った。子連れで歩く母親を、聡司さんがナンパしたのだ。 1年足らずで二人は結婚して、聡司さんが家にやって来た。中1の頃だ。 聡司さんは、すぐに俺に手を出してきた。男とヤるなんて絶対に嫌だった俺はかなり抵抗したけど、聡司さんに「お母さんを悲しませたいのか」と言われて、泣く泣く身を捧げた。 聡司さんは元々俺目的で母親と結婚したらしい。俺が拒めば離婚すると言われたら、逆らうことなんてできなかった。 そして、身体を重ねる毎に嫌悪感は薄らいで、こんな形でも愛されるならいいじゃないかと思うようになって、聡司さんとのセックスに溺れた。 すぐにセックスの度にドラッグも使われる様になって、ますますその快楽に溺れ、俺の頭の中は聡司さんとセックスとドラッグの事で一杯になった。 そんな頃、当時留守がちだった聡司さんと、夏休みに遊びに来ていた快人が初めて顔を合わせた。 快人は幼い頃から底無しに明るく、何の影もない天真爛漫な子供だった。 勉強もスポーツも、俺みたく必死に取り組む訳でもなく、適当にやっているのに何でもそつなくこなす奴で、俺はその事を密かにやっかんでいた。 それでも、快人の明るさは、俺にとって太陽の様に眩しくて、一種の憧れを抱いていたと言っても過言ではない。 そして、兄弟という枠を超えて確かに愛していた。 けれど…。俺を愛していた筈の聡司さんが、快人を一目見た途端あっさり快人になびいた。 俺を抱きながら、快人を抱きたいと言った。 快人が許せなかった。 父親から愛されて何の苦悩もなくのうのうと生きてきた癖に、唯一俺を愛してくれる存在を奪うなんて。 快人が憎い。この時初めてそう思った。 それからは事あるごとに快人が憎く思えた。 聡司さんに口説かれる姿を見る度に、何のわだかまりもなく母親と接する姿を見る度に。 そして、何よりも真っ直ぐ素直に穢れないまま成長する快人が、誰からも愛される快人が、羨ましくも愛しくもあり憎かった。 その計画は俺が大学入学と共に始まった。 俺は知り合いの誰もいないこの大学を選んで、眼鏡やマスクやカツラで顔を隠して3年間過ごした。全部、この日を迎える為だ。 純粋な快人を操るのは赤子の手を捻るよりも簡単だった。 俺はドラッグとセックスに溺れた中学時代から何もかもが下らなく思えて、徐々に友達を無くし孤立していったけれど、快人の前では優秀で人気者な兄貴を演じた。快人の憧れの眼差しは俺にとって快感だったからだ。 大学に行かなくなって引き込もったら、案の定快人は俺を心配して頻繁に訪ねて来るようになったし、俺の為にこの大学に入学した。 俺の手の平の上で転がされて、望んでもいないのに男に足を開く快人はいじらしくて、それを想像しただけで昂った。 万事俺の仕組んだ通りに動いてくれる姿は滑稽で、哀れで、そして愛しかった。 その過程で快人が傷つき、穢れて、俺と同じ様に影を背負ってくれれば、俺はそれで満足して計画は途中で終わったかもしれない。 でも、そうはならなかったから――。 部屋を出る前に、死んだように眠る快人の青白い頬を指の腹で撫でた。 可哀想で可愛い快人。 そろそろクスリを追加しないといけないね。 でも、注射器の痕は美しくないから、目が覚めたら聡司さんに飲ませてもらうんだよ。 愛しい俺の、俺だけの快人。

ともだちにシェアしよう!