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奏人 4

あんなオンボロアパート、すぐに出ていくつもりだったが、俺はある思惑があってまだそこに住んでいる。 住んでいると言っても、殆どアパートには帰っていないから、住んでいるとは言えないのかもしれない。 快人の携帯には、楢橋逹3人からひっきりなしに誘いが入る。 あいつらは、桐谷とは違い、真っ直ぐな愛を囁き、身体にもぶつけてくるから分かりやすくて好きだ。 俺は見た目は快人と瓜二つでも、性格は全く違うから、元気がないとか言われる事はよくあるが、まさか俺が同期生の月岡奏人だとわかる筈もなく、ベッドに雪崩れ込めばもうそんなこと気にもせず3人とも俺を抱くことだけしか考えなくなる。だから、一緒にいて気が楽だ。 それに、あんな奴らが俺に好かれる為に媚びて、独占欲を剥き出しにするのは最高の優越感をもたらした。 特に、楢橋からそれをされるのは、思わず笑いが込み上げてくる程気持ちがいい。 俺が快人にあのサークルの「M」を狙うように仕向けたのは、適当に決めたわけではない。 同期の中で一番女からも人気があって目立っていた楢橋のイニシャルが「M」だったからだ。 まさかあの楢橋が男の快人の誘惑に乗るとは思っていなかった。しかも、楢橋以外にも粉をかけていると分かれば歯牙にもかけられず、気持ち悪がられて嫌われるか、バカにされて遊ばれて輪姦でも仕組んでくれるかと思ったのに。 でも楢橋は、どんな女でも落とせそうなあいつは、快人に夢中だった。 あの3人の中で一番情熱的で、愛を囁く回数だって断然多い。 そこがモテる由縁で、ただ単に元からそういうタイプの人間なだけなのかもしれないが、それでも楢橋といる時間が俺にとっては一番心地よかった。 守山と川中も見た目も性格も申し分なく、女にも人気があるのに、快人を自分の物にしたくて堪らないみたいで、あの手この手で俺に媚びた。 俺はこのレベルの高い男3人に取り合われているという状況に喜びを覚えていた。もしかしたら、これまで生きてきた中で今が一番楽しいと感じているかもしれない。 一方で快人はすっかり元の輝きを無くしてしまい、俺の望んだ通り、クスリ漬けの性奴隷に成り下がった。 「聡司さん、もうそのくらいにして」 前後不覚になっている快人の中に放った聡司さんがまた腰を動かしそうだったので、堪らず口を挟んだ。 「だって、快人が欲しがるんだ」 聡司さんの言う通り、快人は潤んだ瞳で物欲しそうに聡司さんを見つめてその首に腕を絡ませていた。 「あとは俺がなんとかするから、聡司さんはもう出て行って」 快人の腕を外して、不満そうな聡司さんを部屋から追い出すと、快人が俺の背中から腕を回してきた。 「兄ちゃん…」 耳に快人の熱い吐息がかかって、嫌でも劣情を掻き立てられる。 抱き締め返してベッドに押し倒すと、快人は嬉しそうに微笑んだ。 思考回路はドラッグとセックスの快楽に完全に支配されて、もう快人であって快人でなくなっているのに、その笑顔も、俺を呼ぶ声も以前の快人のままで、一気に愛しさと哀れみが込み上げた。 俺は快人をどうしたかったんだろう。 俺が望んでいたのは、確かにこれだったのに……。 快人の全てを奪って、望み通り快人は可哀想で愛しいだけの存在になったのに、どうして心の一部にぽっかりと穴が開いているのだろう。 快人を愛した男逹に愛されて、これまでにない程の喜びを感じているのに、どうして満たされないのだろう。 「あっ…はあぁっ…あっ…兄、ちゃん…」 快人に乞われるままに中を穿った。 錯乱して快楽に溺れる快人は可愛くて可愛くて、どんな事をねだられても叶えてあげたくなる。 「気持ちいい?」 「ん…きもちっ…兄ちゃ…っ」 「快人可愛いね。大好きだよ」 「っ…俺も…すき…兄ちゃんっ…」 あぁ、なんて愛しいんだろう。 これでよかった。これでいいんだ。 きっとすぐに満たされる筈だ。 全てが俺の望み通りになったのだから……。 * * * 「快人」の回りには、人がいるのが当たり前の様で、大学に行けば勝手に俺を中心に輪ができた。 大学での勉強よりも女にモテる事に熱心な連中ばかりで、全てを小馬鹿にしていた「奏人」の回りにはいなかった人種ばかりだ。 「ヤバい。俺マジで金欠…」 「バイト代入ったばっかじゃねえの?」 「もえちゃんにブランドの財布欲しいって言われちゃってさぁ…」 「バッカお前。だから女子高生なんかと付き合うなって言ったじゃん!」 「完璧カモだな」 「もえちゃんそんな子じゃねえし!でも、あー…マジどうしよ…家賃先月分も払ってねえよ」 「もう新宿で売り専するしかなくね?」 「でもあれさ、本当に日当5万なんかな?」 「お前本気か?止めとけってー」 程度の低い話題で盛り上がるこいつらは、心底下らないと思う。でも、友人に囲まれているという状況は意外にも悪くない。 「なぁ快人からも言ってやってよ」 「?」 「こいつじゃ稼げねえよなぁ。快人がやるならわかるけど」 「おいそれ快人に失礼」 「その前に俺に失礼だろうが!」 何を話しているのか分からないが、俺が話題に入らなくても勝手に盛り上がっているから笑顔だけ張り付けて聞き流す事にした。 その時――。 「快人!」 大きな声で呼ばれ、振り返ると桐谷がいた。 ようやく来た…。 「快人、ちょっといい?」 一人で集団の中に入ってきた桐谷は、快人の取り巻き逹の視線に全く臆することなく俺の目の前に立った。 「何、桐谷?お前快人のファンだっけ?」 桐谷は、こっちが拍子抜けする程、大学では話しかけて来なかった。 桐谷のアパートに行かなくなってもう1週間以上が経っていて、初めの2、3日はすぐに問い詰められるかもと思って待っていたが、意味ありげな視線を感じるだけだった。 この取り巻き連中は、快人にいらないムシが付くのを防いでいる様で、快人が気乗りしない相手からモーションをかけられない様に周囲を牽制していた。 快人自身は俺と違って人懐っこい性格だから、こいつらがいなかったら勘違いする奴が増えて、もっと沢山の男から求愛されていた事だろう。 「快人に話があるんだ」 「快人は話ないんじゃねぇ?」 「誠、何?」 俺が桐谷を名前で呼ぶと、一瞬で空気が変わった。 先行ってて、と言うと、奴等は文句なく従った。 まるで快人のボディーガードだ。余計な感情は抱かず、守ってくれている。 快人は無意識にこういう人間も引き付けるのだろう。 俺と同じ容姿を持っていながら、これまで俺の様に脅かされる事も汚される事もなかったのは、きっとこういう奴等がずっといたからだ。 「快人、最近何で帰って来ないんだよ…」 「誠が何も言ってくれないから」 「え?」 「誠、大学で全然俺に話しかけないから、俺の事どうでもいいのかと思ってた」 「そ…そんな訳ないだろ!快人が、俺と一緒に住んでるの知られたくないのかと思ってたからっ」 「なあ…」 1メートルくらい開いていた桐谷との距離を詰める。 「そろそろ俺の事抱く気になった?」 桐谷の耳元で囁くように言うと、桐谷の耳は一瞬で真っ赤に染まった。 「な…何言ってるんだ!お前どうしたんだよ!」 「どうもしないよ。ただ誠に抱いて欲しいだけ」 「そんな事…。快人この間からちょっと変だ!」 頬を染めて確実に快人を欲しているくせに頑なに拒絶するこいつにイライラする。 俺は快人の男の中で唯一俺の思い通りに行かない桐谷を意のままにしたくて仕方がなかった。 こいつを手に入れないと、快人の物を全部奪ったとは言えない。きっと俺の胸のわだかまりは、こいつのせいだ。 「こんな俺は嫌い?」 「嫌いな訳ない!でも、俺は…」 「何?」 「ごめん何でもない」 どうせ昔の方がいいとか言いたいんだろう。こいつは色仕掛けに応じないから、誤魔化しが効かず本当にやりずらい。快人を演じたいけど、俺と快人では思考回路が違いすぎて演じ方が分からない。 「今夜は予定がないんだ。誠の家に帰るから、俺の期待に応えてよ」 それだけ言い置いて、桐谷に背を向けた。 桐谷を落とせたら、きっと今よりももっと快人に近づける。完全に快人として認められる様な気がする。

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