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奏人 5
講義を終えて、大学の門を出た所ですぐそれに気付いた。
今日もだ…。
大学を一歩出ると、いつもどこからか視線を感じる。
いつからなのか、俺はいつも黒服の男につけられている。ハッキリとした違和感に気付いたのは最近だが、怪しいと感じたのはもっと前からだ。
今日向かうのは桐谷のアパートなので、つけられる時間が短くてよかった。
初めは快人の本物のストーカーかと思ったが、電車に乗った時なんかに相手を確認した分では、そういう感じじゃなくておそらくは聡司さんの指示だろうと思うのだ。何の為に俺を監視させているのか分からないが、あの人の考えていることはいつも俺には分からないから、いくら考えても仕方がないのだ。
アパートに着いて程なくしてから桐谷が帰宅した。
「お帰り、誠」
俺は楢橋や守山達が可愛いと言う笑みで迎えてやったというのに、桐谷は固い表情を崩さず、ただいまとだけ言った。
「今日はバイト休みだよな」
部屋に入った桐谷に近づいて、身体を寄せて、
「時間はたっぷりある」
意味ありげに微笑んで見せたが、桐谷はなびかなかった。目線だけはしっかりこっちを見ているけれどその目は欲情とは程遠い色をしていた。
「快人…お前、本当に快人だよな?」
桐谷は目だけを訝しげに細めたから、俺は内心の焦りを隠して余裕の表情を張り付けた。
「どういう意味?誠には、俺が快人に見えないの?」
「ごめん、変な事言って。でも、今の快人は、本物の快人じゃないよ」
「何を…」
「2回も酷い目に遭って、精神的にすごく不安定になってるだろ。だからそんな事言うんだろうけど、勢いで寝たら俺も…きっと快人も後悔する。だって、つかず離れずが俺達の中で暗黙のルールだったろ?俺は、一時の欲望なんかで快人とのこれまでの関係をぶち壊したくないんだ。だから、そういうの以外で俺にできる事があれば何でもするぜ!快人の食いたい物何でも作るし…」
「…まれ」
「ん?」
「黙れ!そんなの求めてない!これまでの関係なんてそんなの知るか!俺が快人だ!俺を愛せよ!欲しがれよ!」
「快人、落ち着…」
「俺が好きならさっさと抱けよ!」
「快人!分かってくれ!俺はお前が好きだから抱かないんだ!」
なんでそんなに―――。
「くそっ!」
「快人!」
気付いたら俺は桐谷を振り切って部屋を駆け出していた。
何でそんなに大事にされるんだ。
何で快人ばかりがそんな風に愛されるんだ。
見返りのない愛なんて、俺は貰った事がない。どうして快人は、俺が欲しがる物全部を持っていて、今でもそれを俺にくれないんだ。
無性に快人を犯したい。
この憎しみと、嫉妬の入り交じった感情を、快人にぶつけたい。
俺の足は邸へと向かっていた。
邸に着くと自分の部屋に真っ直ぐ向かう。
部屋に入るも、そこに目的の快人はいなかった。
ベッドのシーツは寝乱れたままで、温もりまで感じられる様に見えたけれど、触ったそれは冷たかった。
一応シャワールームも覗いたけど、誰もいない。
聡司さんの仕業か…。
吉田さんの目を盗んで聡司さんの部屋や地下のシアタールームを覗いたが2人の姿は何処にもなくて、途端に焦り出す。
快人をどこにやったんだ…!
部屋に戻って聡司さんの携帯にかけると、すぐに応答があった。
『どうした?』
「どうしたじゃない!快人をどこにやった!?」
『あぁ、来てるのか。もうすぐ着くから、ちょっと待ってろよ』
そう言って一方的に電話は切られた。
どういうつもりだ。俺の快人を勝手に…!
歯噛みする程イラついて、側にあったゴミ箱を蹴飛ばしたら、丸まったティッシュが沢山散らばった。
こんなに使いやがって…。
電話を切って10分程で二人は帰ってきた。この邸は広すぎて、階下の音は殆ど聞こえないが、2階の廊下を歩く気配を察知した。
程なく部屋に現れたのは、ぐったり眠っている様な快人を腕に抱いた聡司さんで、俺は睨み付けて出迎えた。
「なんだ随分荒らしたな。家捜しでもしてたのか?」
快人をベッドに寝かせる途中に散らばるゴミ箱の中身を見て聡司さんが冗談めかした口調で言った。生憎同調して笑う気にはなれない。
「快人をどこに連れて行ってた?」
「怖いなあ。そう怒るなよ。ちょっと散歩に行ってただけだよ。快人にも気分転換が必要だろ?」
「そんなの必要ない!勝手な事しないでくれ!」
「分かった分かった…」
両手を挙げて降参みたいなポーズを取りながら聡司さんが距離を詰めてきた。
「もうしない。だから許してくれよ、奏人…」
「悪いけど、俺快人を抱きたくて来たから」
すぐ側で囁く様に言われて腕を回されそうになったから、それを躱してベッドに近づいた。
快人の目は固く瞑られて、深くゆっくりと呼吸している。熟睡している様だ。
「快人は暫く起きないよ。……抱くのも抱かれるのも、セックスには違いないだろ?」
追って来た聡司さんの手が頬を擦る。
「毎日快人を犯ってるんだろ。何で今更俺を欲しがる?」
散らばったティッシュに目線を寄越すと、聡司さんもそれを認めて笑った。
「あれは少し前のだ。最近は快人とはヤってないよ」
「何で?快人に飽きたの?」
「……ああ。意思のないお人形はつまらない…」
奏人がいいと耳元で囁かれ、俺の苛立ちも嫉妬も憎しみも一気に吹き飛んだ。
そうか。快人よりも、俺がいいのか。
俺の気持ちの変化を敏感に察知したらしい聡司さんにキスされて、満更でもなくなった俺もそれに応える。二人でソファに沈んだら、やることはひとつだけ。
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