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快人 1
朦朧とした意識の中で、たくさんのキモチイイ事を聡司さんと、たまに兄ちゃんからされた。
たまに意識が少しはっきりしてくることがあって、その時は物凄くいけない事をしてしまった事が分かって怖くて物凄く気持ちが悪くなる。でも、聡司さんが持ってくる甘いカクテルを飲むと、また天国に行けた。
でも、少しずつそこにいられる時間が短くなってきて、嫌な気分の時間が増えて、それが過ぎると頭が冷える様になった。
俺は何て事をしたんだ――。
頭を抱えて丸くなっているこの場所は間違いなく兄ちゃんのベッドの上で、この部屋は兄ちゃんの部屋だ。
「あれ」は夢でも、天国での出来事でもなくて、現実だ。
浅ましく兄ちゃんや聡司さんを求めてこの腕を伸ばしたのも、淫らに喘いでみせたのも――。
「快人、お薬の時間だよ」
ベッドの横にはいつの間にか聡司さんがいて、いつもの甘いカクテルを手にしていた。いつ聡司さんが入った来たのかわからないから、はっきりしていると思っていた俺の意識はまだ正常ではなかったらしい。
「聡司さん…」
「あれ?快人今日はいつもよりクリアだね。また耐性ついちゃった?」
量増やしてるんだけどなぁ…と聡司さんが呟いている。
あれを飲んだら、俺はまた訳が分からなくなって、聡司さんや兄ちゃんを求めてしまう。あんなことはもう嫌だ。もうおかしくなりたくない。
「もう飲まない」
差し出されたグラスを受け取らないで顔を背けた。
「困ったな」
聡司さんはさして困っていない声色で言った。
「今日から店に出そうと思ってるのに、飲まなくて行ける?」
「店…?」
「そうだよ。快人は気持ちいい事好きだろ?だから、そういうお仕事してみよう」
「え……」
「これ飲んだ方が、何にも考えずに楽しめるんじゃない?」
気持ちいい仕事って、ソウイウ仕事…?
「やだ!俺、飲みたくないし、そういうのもしたくない」
「それは困った。奏人が悲しむよ?」
「兄ちゃんが…?」
兄ちゃん…。
一番最近の記憶の中の兄ちゃんは、俺に大好きだって言ってくれて、凄く優しかったけど、あの記憶が正しいものなのか、俺には自信がない。だって、兄ちゃんは俺が憎いって、はっきりそう言ったし、結構酷く扱われた記憶も微かにある。
「そうだよ快人。奏人は、店で働くのが嫌で逃げ出したんだ。快人はお兄ちゃんが大好きだろう?お兄ちゃんの代わりに、お仕事しような」
兄ちゃんの…代わり?
「快人がお仕事しないんなら、奏人を無理矢理にでも引っ張って来なきゃいけなくなるよ。それでいいの?」
「それはだめ。兄ちゃんの嫌がる事しないで」
「それなら、快人がお仕事しなきゃ。そうだろう?」
もしかして、兄ちゃんが俺をこんな風にしたのも、あんな事を言ったのも、その店で働く事から逃げ出したかったからなのかな。
俺は兄ちゃんに身代わりにされたのか。
それは少なからず衝撃的で、悲しかったけど、でも、兄ちゃんが俺を恨んでこうしたと思うよりも受け入れ安かった。
「今、兄ちゃんは?」
「大丈夫。お兄ちゃんは快人の代わりに、今は楽しく大学に通っているよ」
兄ちゃん、大学に通える様になったのか。
あれは全部嘘だったって言ってたけど、それにしたって明らかに兄ちゃんはおかしかった。
俺が兄ちゃんの身代わりになることで兄ちゃんが本来の姿を取り戻してくれるなら、それでいい気がした。
「俺、どうしたらいい?」
「快人はお兄ちゃん想いのいい子だね。さぁこれを飲んでごらん」
「…それは飲みたくない」
「飲まなくても、ちゃんといい子でお仕事出来る?」
「……分からないけど、」
「分からないんじゃ困るよ」
俺の言葉を遮って、聡司さんがベッドに腰掛けた。頬に手をかけられ、聡司さんの方を向かされた。
「聡司さん…?」
「これなしでもちゃんと出来るか、確かめないと…」
聡司さんにキスされそうになって、反射的に顔を背けた。
「こんな事も出来ないなら、飲んで貰うしかないかな…」
「あ…やだ!……やる…から」
「じゃあ、快人からキスして」
そう言われて一瞬身体が固まったけど、やるしかない。
恐る恐る聡司さんに口づけると、すぐに聡司さんの舌に唇を割られた。
「ん…はぁ…」
「ここでいい子に出来たら、お薬なしで仕事に行かせてあげるからね」
チュパッって大袈裟なリップ音を立てて離れた聡司さんにそう言われて頷いたら、また唇を塞がれて、さっきよりも深く舌が入ってきた。
濃厚に舌を絡めさせながら、聡司さんは慣れた手付きで俺の服を肌蹴させた。
*
「はっ…はあっ…ああぁッ」
もう何度目になるだろう。
出したばかりなのに再び挿入してきた聡司さんに揺さぶられて、また絶頂してしまった。
「またいっちゃったの?お尻の穴がキュッってしてるよ」
「やっ…恥ずかし…」
「ほら、唇噛んじゃだめ。声も我慢しないで」
言われた通りに口の中に巻き込んで噛んでいた下唇を出したら、自然とやらしい声が漏れてしまう。
「いい子だね。すっごく可愛いよ…」
「あ…さとし…さんっ」
「なに?」
「おれっ…のまなくて……い…?」
「いいよ、合格だ。寧ろ快人はそのままの方が魅力的だ。すぐに人気が出るだろうね」
「んっ…よか……た…」
あれを飲まずに済んだ事にほっとして頬を緩めたら、同様に微笑んだ聡司さんにキスをされた。
「可愛いすぎて、閉じ込めておきたくなりそうだ。これで終わりにしておかないとな…」
聡司さんが腰を激しく動かして、何度も絶頂してすごく敏感になった内部を強く刺激された。
「アッあああっ…やだぁッ…また、イっちゃっ…」
「一緒にイこう」
中に熱い物を注がれて、聡司さんが離れて、支えをなくした身体はぐったりとベッド沈んだ。
「はぁはぁ……はー…」
「快人は本当に可愛いね。奏人の気持ちが分かるな…」
聡司さんに頭を撫でられながら上がってしまった呼吸を整える。
ここに来て何日が過ぎたのか分からないが、筋力も体力も大分落ちている気がする。
脳に酸素が足りていないのか、まだクスリが抜けきれないのか、頭もあまり働かない。
「快人、動けるか?歩けるなら、シャワーを浴びておいで。店へ行くよ」
店へ…。
俺は今日から働く事になるのか。
もう大分疲れてしまったけど、客とか取らされるのかな…。っていうか、男って需要あんのか?ゲイの人たち専用の店とか?
聡司さんに促されるままシャワーを浴びていたら、また少し思考の曇りが取れた気がした。
そういう店で働く事をすんなり受け入れたのは、クスリのせいで、思考力が散漫だったせいもあるけど、元々の俺自身が楽天家だからだろう。
人生どんなことでもやってみればなんとかなると思っているし、これまでそうしてやってきた。
兄ちゃんはすごく繊細で真面目な性格だから、そんな仕事が耐えられる筈がない。
きっと、なるべくしてこうなったんだ。
知らずに兄ちゃんを壊されるより、俺が身代わりになった方が俺の気持ちとしても楽だ。
そういえば…兄ちゃんはどうしてそんな店で働かなければならなくなったんだろう?
後で聡司さんに聞いてみよう。
誠は、どうしてるかな。
今は兄ちゃんが俺になって大学に通ってるって言ってたから、心配はしてないだろうけど、俺と兄ちゃんは結構性格違うから、戸惑ってるだろうな。
誠………。
誠の事を考えた途端、目の奥が熱くなって、慌てて顔にシャワーをかけた。
あの時…俺がおっさんにヤられて泣いた時、誠は濡れるのも構わず風呂に飛び込んで来て、俺を抱き締めてくれたな…。
俺は楽天家だけど、決して強くはない。
なんだってやればできるって思っているのは、小さい頃から何でも一人でやらなきゃいけなかったからだ。
父ちゃんは悪い人間ではないけれど、小さな会社を起業したばかりで、忙しくて、仕事が大事で、ともかく子育てができる環境ではなかったんだと思う。だから親権は母親に譲ったのに、俺を押し付けられたのは父ちゃんにとっては災難だったのかもしれない。
それでも、金銭面では不自由させないで俺を希望の大学にまで通わせてくれた事を本当に感謝してる。でも―――。
でも、俺は父ちゃんに甘える事はできなかった。
子供ながらに父ちゃんに対して一定の距離を感じていた。
俺が甘えられたのは、少し離れた所に住んでいた兄ちゃんと、そしてもう一人、誠だけだ。
兄ちゃんはともかく俺に優しくて、勉強からスポーツから、色んな事を教えてくれた。俺にとっては父であり、母でもある存在で、いつでも俺は兄ちゃんを目標に生きてきた。
俺が今まで道を踏み外す事なく生きてこれたのは、兄ちゃんのお陰だ。
だから、俺はそんな兄ちゃんの為なら、何だって出来る。しなきゃいけないと思う。
その決意は固いのに、女々しく泣きたくなっているのは、きっと誠に甘えたいからだ。
誠は不思議な奴だった。
俺をそういう意味で好きと言いながらも、俺の「男遊び」を怒らずに見守ってくれて、それでも、誰よりも深く想ってくれていたと思う。もしも、普通の親がいたなら、こういう風に無条件に愛してくれたのかもなんて失礼な事を考えたりもした。
それくらい大きくて、包み込んでくれる様な愛情を誠から感じていた。
もう一度だけでいいから、誠の腕に抱かれて泣きたい。
弱い自分を曝け出して、慰めて貰いたい。
誠………。
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