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快人 4
こうして俺の生活は一変した。
夕方に寝て、深夜に起こされ例の部屋に連れていかれる。
深夜の客は泊まり込みのお客さんだから、朝までそのお客さんと過ごして、朝になったらまた他のお客を取る。2人か、多い日は3人くらい相手して、夕方になったらまた邸に帰ってへとへとの身体を休める。
聡司さんは予約と予約の合間がある時は必ず俺を邸に連れて帰った。
俺があの店に顔を出したのは初日の1回だけで、お客さんと会うマンションと邸を往復する生活がかなり長いこと続いた。
客観的に考えると物凄く悲惨な生活の様だけど、どんな状況の中でも自分なりの楽しみを見つけられるのが、俺の特技みたいだ。
俺にとって、それはお客さんと過ごす時間で、人によっては苦痛であることもあったけど、優しい常連さんとの時間はある意味楽しみになっていった。
一日に何人も相手をしなきゃいけない生活を続ける内に、俺は受け身でいるから大変なんだという事に気づいた。
相手に翻弄されて、何度も絶頂させられるから辛いんだと。
だから、徐々にセックスの主導権を取る様になった。
俺を指名するお客は、基本的に攻めたいタイプが多いから、それを奪うのは簡単ではない。
攻められ続けて我を失いそうになったら、少し大袈裟に演技して、こっちからも相手を攻める事にした。完全に主導権を奪ってしまうのではなく、好き者みたいに欲しくて堪らないって風に相手のあれをしゃぶる。
そうしたら、大抵のお客さんは感じ入ってくれるし、すぐに挿入したがる。
挿入されてからも、自分が感じすぎない様に頭を冷やす様に言い聞かせながら、相手の好みの乱れ方をしてみせる。
そうしたら早くイってくれるし、満足もしてくれる。
つまり、嫌なこと、面倒なことは素早く済ませる。その術を経験から学んだのだ。
そう、俺が楽しみなのはセックスじゃなくて、セックス前後にお客さんと話をする時間だ。
店に行けて、同僚と話ができればまた違ったのだろうけど、邸とこのマンションに隔離されてる様な俺にとっては、聡司さん以外に話が出来るのはお客さんだけだった。
俺にはあまり新しい話題は提供できないから、聞き役ばかりだけど、お客さんから仕事の愚痴を聞いたり、中には奥さんや子供の話を聞かせてくれる人もいた。
俺はそういう平凡な話を聞くのが楽しみで、その時間があるから、辛うじて社会と繋がれている様な気さえしていた。
「月人、まだデートは無理なのかな?」
使用済みのゴムをゴミ箱に捨てた紺野さんが戻ってきて俺を胸に引き寄せながら言う。
紺野さんは俺の初めてのお客さんで、そのまま常連になってくれた、俺の固定客第1号だ。
もうこの仕事を始めて1年以上が経過しているから、固定客は他にも沢山いるけれど、紺野さんは色んな始めての人だったから思い入れは深い。
有難い事に指名してくれるお客さんが増えて、予約が取りづらいらしいけど、それでも最低でも週1回は必ず来てくれる。
常に紳士で優しく、無茶な事はしないし、セックスの後はいつもこうして胸の上に抱いてくれるのもお気に入りだ。
「どうかな。上の人に聞いてみようかな」
「聞いてみて。月人を連れていきたい夜景スポットがあるんだ。日比谷のホテルでディナーして、ドライブでもしようよ」
高級ホテルに夜景にドライブ…。すごく楽しそうだ。何せ1年以上も邸とここの往復しかしていないのだ。紺野さんの提案は、俺にとっては海外旅行みたいな物で凄く心が踊った。
「すげー行きたいな。俺、頼んでみる!」
「うん。いい返事を期待しているよ」
その日の夕方、迎えに来た聡司さんに早速その事を話した。
「なぁ、お願い。紺野さんとデートさせて。俺、絶対逃げたりしないから」
「ウーン…そうだなぁ。紺野さんからも家の店長に話が来てるらしいね」
「紺野さんならいいだろ?あの人、変なことも危ないこともしないよ」
聡司さんは尚も渋っている様な顔をしていたけど、何か閃いたみたいに表情を変えた。
「じゃあさ、快人。明日の夜会長の宴会に行こうか」
「え……」
会長っていうのは、聡司さんの所属するピラミッドの一番上にいる人で、1度顔合わせをさせられて以降、気に入られたみたいでそういう酒の席によく呼ばれる。勿論お酌をするだけで帰れる訳ではなくて、部屋にお持ち帰りされる。
「会長、いつも月人を呼べって言ってるからね。明日の深夜は新規の客だから、誤魔化して他のボーイを宛がえばいい。明日ちゃんと接待できたら、紺野さんとのデート許可してあげるよ」
「ほんと?」
会長も、あの宴会も苦手だけど、それで紺野さんと外に行けるなら頑張れる。
いつも接待のご褒美はお金だったけど、それよりも外に行ける方が今は格段に嬉しい。
「その代わり確り奉仕してくれよ」
「うん、わかった」
紺野さんとのデートを糧にすれば、何だってこなせる気になった。
目先の嫌な事よりも、もっと先を見て頑張ろう。
間もなく車は邸に到着して、車を降りた途端欠伸が出た。まずは何よりも睡眠だな。
休めるときに休むのがこんな環境でも心身ともに健康でいる為の鉄則だ。
邸に戻ると条件反射の様に眠くなって、兄ちゃんのベッドに潜り込んだら一瞬で眠れる。これは結構自慢できる特技だ。
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