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快人 7
紺野さんの車で横浜まで行って、タワーに登って夜景を眺めた。すごくロマンチックで、俺は乙女でもないのに目をキラキラ輝かせていたと思う。
そのあと有名な倉庫群を散歩する事になった。
たくさんある土産物店のいくつかに笹が飾ってあるのを見て、今日が七夕だったことに気付いた。
じゃあ、あの高台の花火は、2年前に誠の家から見た花火だったんだ……。
「お父さん、書いていきません?」
店の前で客寄せをしていたおばさんが、俺たちの目の前に短冊を差し出した。
「お父さんだって」
受け取った短冊を俺に渡しながら紺野さんがクスクス笑った。
「あら、違った?ごめんね。いや、随分若いお父さんだなとは思ったのよ」
店のおばさんが慌てて取り繕うのがまた可笑しくて、二人で笑った。
「うちの笹は願いが叶うって有名なのよ。ついでに店の中も見ていってね」
特になんのご利益もなさそうなプラスチックの笹だ。店のおばさんが伝えたいのは、明らかに後者の店の中も…という事だろう。
「月人はなんて書くの?」
「うーん、どうしようかな」
この状況は、嫌でも2年前を思い出す。
兄ちゃんはこの仕事を回避できて、きっと元気にやってるだろう。ってことは、俺の願いは叶ったのかな?いや、でも、今ここで俺が逃げ出したりしたら、全部兄ちゃんの責任になる訳だから、完全に叶ったとは言えないか。
俺がこうして仕事をしてる原動力は、やっぱり兄ちゃんだよな。ワンパターンだけど、今年も同じでいっか。
「兄ちゃんが幸せになれますように?」
紺野さんが俺の短冊を読み上げた。
「自分の事は書かないの?」
「兄ちゃんが幸せなら、俺も幸せだから」
「そっか。月人は優しいね」
紺野さんはニッコリ微笑んでそう言って、自分の短冊にペンを走らせた。
覗いたそこに書かれていたのは、奇しくも2年前誠が書いたのと同じ内容だった。
「月人の恋人になれます様に」
紺野さんは俺を真っ直ぐ見て言った。
「お姉さん、これ二つとも、一番叶う所にかけたいんだけど」
「一番上の方がいいんじゃない?」
「ここ?」
「そうそう」
「月人、おいで。ここだって」
「う、うん」
少し呆けていた俺も自分の短冊を持って紺野さんに近づいた。
紺野さんに示された一番上の葉っぱに自分の短冊をくくりつけて、紺野さんはその下につけた。
「お姉さん、たくさん買ってくから、しっかり叶えてよ」
「ありがとうございます!絶対叶いますよー」
調子のいいおばさんがそんな事を言って、紺野さんも上機嫌だ。
店の中で紺野さんはお土産のお菓子を買って、俺にもキーホルダーを買ってくれた。お菓子は会社の社員たちに配るって言ってた。やっぱり紺野さんはどこかの社長とかなんだ。
「月人、少し疲れたかい?」
「ううん、全然」
「遠慮しないで。月人には、客とボーイってことは忘れて接して欲しいんだ」
昨日の夜もあんまり寝てないし、朝も昼も仕事をしたので、本当は眠い。
「ありがと。そしたら、少し休みたいかな」
「じゃあもう10時過ぎたし、ホテルに帰ろうか」
「うん、そうしよう」
ホテルに着いたらもう一仕事して、そうしたら紺野さんの胸で眠ろう。気を抜いたら欠伸してしまいそうなくらい眠い…。
*
*
「…人…月人……着いたよ」
肩を揺すられて、うっすら目を開く。
車の中だ。
そうだった。紺野さんとデート中なのに、俺、いつの間に…。
「紺野さん、ごめん。俺、寝ちゃってた……」
「いいんだ、気にしないで。疲れてるんだね。可愛い寝顔だったよ」
「あ、ありがと……」
車を降りて暗い駐車場を抜けると、ホテルのロビーに繋がってて、紺野さんが予約してた部屋の鍵を受け取った。
エレベーターで部屋に向かうと、シックだけど高そうな家具が並んだ部屋で、奥の寝室のベッドは、たぶんキングサイズだ。
寝室から戻ると、居室のソファに紺野さんが座ってたから、隣に腰を下ろした。
「ちょっと奮発しちゃった」
「いいのに、普通の部屋で」
「毎回は無理だけど、やっぱり好きな相手の前では見栄を張りたいだろ?」
「紺野さん…」
くしゃっと笑った紺野さんが少しいつもより幼く、可愛く見えた。そう言えば…。
「紺野さんって、幾つ?」
「教えてなかったね。本当は知られたくないんだけど、45だよ。月人から見たら、凄いおじさんだろ?月人が今23だから、約倍だもんな」
本当は俺は早生まれでまだ20歳だから、25歳も上なんだ。確かに父と子って言ってもおかしくない年の差だ。
「こんなおじさんじゃ、月人の恋愛対象にはならない?」
「そんなこと……」
「じゃあさ、真剣に考えてくれないかな?」
真剣に…って言うのは、付き合うかどうかという事だろう。
常連さんから、好きになっちゃったとか、仕事辞めて付き合って欲しいとか言われることは、これまても結構あって、大抵の常連さんからは一度は言われてる。でも、殆どがその場のノリだったり、冗談だったり、後は疑似恋愛を楽しみながらセックスしたい人だったりで、俺はその都度相手に合わせて聞き流したり、ノッてあげたり、恋人ごっこをしたりしてた。
紺野さんは、これまで冗談とかでそういう事を言った事はなかったから、ボーイと客っていう境界線をきっちり引きたい人なのかと思っていた。だから、こんな風に真剣に告白されたのは凄く驚きだった。
紺野さんは、俺の中では一番安心できるお客さんで、勿論嫌いじゃない。でも……。
「紺野さん、ごめん。俺分からない。紺野さんの事、そういう風に見たことなかったから」
「そうだよね。月人にとって俺はただの客だ」
「そんな、ただの客だとかそういう風には思ってないよ」
「じゃあ、お気に入りの客?」
「…うん。紺野さんが来てくれたら、嬉しいって思う」
「じゃあ、お試しで付き合ってみよう?付き合ってみて、それで月人が嫌なら振ってくれていいから。勿論、2000万円を返せなんてケチな事は言わない」
そんなの、俺においしすぎる話だ。
悪い奴だったら、2000万円を貰って、仕事を辞めて、すぐ紺野さんの前からトンズラするだろう。
「俺なんかにそんなこと言ってくれてありがと。でも、俺お金貰っといて振るなんてできないから、俺が紺野さんのことちゃんと好きになったら、その時にお願いするよ」
紺野さんは1年以上お世話になった恩人だ。足蹴にするような真似はとてもできない。
「そうか…。残念だよ。俺は今すぐにでも月人を独り占めしたいんだけど…仕方ないよな。月人のそういう所も、俺は好きだから」
紺野さんの腕が伸びてきてぎゅっと抱き締められた。
「月人に好きになって貰える様に頑張るよ」
「いつも通りでいいよ」
「それで好きになってくれる?」
「紺野さんにぎゅってされるのも、腕枕で寝るのも好きだよ」
「月人……可愛い」
抱かれて頭を撫でられて、子供扱いされてくすぐったい様な恥ずかしい様な感じがしたけど、悪くはない。
「あーあ。明日からもまた月人が他の客に抱かれるのかと思ったら、凄い嫉妬しちゃうな…」
「じゃあ、今日の紺野さんの感触を覚えておくよ」
「上手いなあ月人は。敵わないよ」
「えへへ……」
紺野さんが頬とか耳にちゅっちゅって何回もキスしてきてくすぐったい。
色気もへったくれもなく笑ってたら、紺野さんの動きが止まった。不思議に思って顔を上げたら、俺を見て見下ろす真剣な瞳と視線がぶつかる。
「……抱いていいの?」
「もちろん」
「……本当は、月人にいい返事を貰えなかったら、今日は抱かないって決めてたのに…我慢するって想像以上に難しいね。……月人、好きだよ。優しくするから……」
キスされて、ぱたんと後ろに倒された。
紺野さんは今日俺のためにかなりのお金を使ってる。この部屋だってきっと1人10万以上するだろうし、半日以上俺を買ってるから、それだって結構取られてる筈だ。
とてもそれに見合ったお返しにはならないけど、俺に出来るのはこの身体を使う事くらいしかない。
外に連れ出してくれて、楽しいデートをしてくれた事のお礼もしたい。それにしたって、俺には身体しかない。
紺野さんに満足して貰いたい。そう思って、身体を開いた。
*
*
トン…トン…。いつでも穏やかなリズムを刻む紺野さんの胸の上はやっぱり安心する。
セックスを終えると、お勤めを果たした後みたいな安堵もあって、ダブルで身体の力が抜ける。
「今日も凄く可愛かったよ」
「そうかな?ありがと。紺野さんも素敵だった」
「気持ちよかった?」
「うん、凄くよかったよ」
「よかった。……そう言えば、月人は本当はカイトって言うんだね」
「え…」
「あ、大丈夫、言いふらしたりしないから。さっき、そう呼ばれてただろ?」
誠に会った時だ。やっぱ、聞いてたよな…。
「……うん」
「カイトっていう名前も、凄くよく似合うね。月人のこと、いつかカイトって呼べる日がくるといいな」
俺が月人じゃなくなるのは、あの店を辞めた時だ。
俺もその日が早く来て欲しい。
不特定多数に抱かれる毎日は、どれだけ慣れたって結構しんどい。
紺野さんを好きになれたらいいな。
というか、好きになれ。
年齢はすごく離れてるけど、そこはそんなに気にならない。清潔で、見た目も悪くなければ全然いい。
紺野さんは凄く優しいし、こうして抱っこして癒して貰えるのは好きだし、嫌いな要素なんてないじゃないか。
でも、まだ好きだって思えないのは、無意識に誠の事を考えてしまうからだ。
誠の事を思い出すと、あの冷たい声も一緒に蘇ってくるので辛い。
でも、それ以上に優しかった誠を思い出す。
俺だけに向けてくれていた笑顔だとか、言葉を。
誠と一緒に過ごした、穏やかで優しい時間を、昨日の事みたいに思い出す。
でも、誠にとっては過ぎ去った時間で、俺はもう過去なんだよな……。
俺も、前に進みたい。
紺野さんを、好きになりたい。
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