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誠 1
俺は快人への片想いを拗らせ捲っていた。
もう振られて1年以上も経っているというのに、未練タラタラだ。
あの時、快人に言われるまま快人を抱いていれば、結果は違ったかもしれないとか、もっとちゃんと話をしていれば、快人を引き留められたかもしれないとか、そんな思いが頭をグルグル回る。
これが1年以上も続いてるのだから、俺もなかなか執念深いと思う。
今でも快人と過ごした日々をありありと思い出す。快人のはじける様な笑顔だとか、俺の作った大して上手でもない飯を美味そうに食べてくれる姿だとか、無邪気な表情とか…。
俺は結構快人に好かれていると自惚れていて、どんなに快人が他の男と遊んでいても、最終的には俺に戻ってくるって心のどこかで思ってた。快人はサークルの先輩達と寝ることを自ら望んでないんじゃないかと思っていからだ。
これは本人に確かめた訳でも何でもないが、快人の表情とか電話での受け答えでそう思った。でも、脅されているとか、そういう感じもなく、あくまでも快人の意思でやっていて、一体何がそうさせていたのか、俺には結局分からないままだ。
元々、快人と学内で会うことはあまりなくて、同居が解消されてからは急激に俺と快人の接点はなくなった。
たまに見かけて、俺が見つめていても、いつもの取り巻きに囲まれた快人は、やっぱりどこか冷たい印象で、俺の事なんか歯牙にもかけていないという感じで、その視界にすら入れて貰えなくなった。寧ろ、敢えて無視されている様な気さえした。
1年間という短い間だったけど、同じ部屋で眠って、週に1度くらいは一緒に飯を食って、楽しいと言える時間を二人で共有したのに、その全てを否定されてるみたいで、凄く虚しくなった。
快人は、楢橋さんを好きで、楢橋さんと楽しくやってるんだ。それでいいじゃないか。
快人が幸せなら、それでいい。
そう思うのは嘘でも何でもないけれど、快人が突然別人に変わったみたいになって、そして何一つちゃんと話せないまま家を出ていってしまって、自分の中に消化できない未練が残ったまま燻っていた。
せめて、快人と普通に話がしたい。
楢橋さんとのノロケ話でも聞かせて貰えたら、諦めもつくのかもしれない。
でも、快人は俺との関わりの一切を拒絶した。
俺の気持ちの落とし所は、快人は楢橋さんと幸せにやってると思い込む事しかなかった。
それなのに―――。
あの高台で快人を見かけた時、俺は自分の気持ちを自分で制御できなかった。その気持ちが快人への怒りなのか、悲嘆なのか、落胆なのかなんなのかは、複雑すぎて自分でもよく分からなかったけど、これまで通り無視することなんて出来なかった。
快人はまだ不特定多数と関係を持つことを止めていなかったんだ。楢橋さんと付き合って幸せにやってた訳ではなかったんだ。しかも、あんな、どこで知り合ったのか分からない様な大人の男と仲睦まじそうにして。
その男は快人を「月人」って呼んだ。
一瞬で頭が真っ白になった。
まさかそんな事までしていたなんて―――。
快人に邪魔するなと言われて背を向けた後も、俺は少し離れてからまた快人に目を向けずにはいられなかった。
男に手を引かれて駐車場へと向かう快人の姿が目に入って、悔しくて怒れてどうしようもなかった。
快人は金であいつに買われてるんだ。
快人は、抱かれるのが嫌なんかじゃなくて、好きなんだ。自分を抱いてくれる男が。
二人の乗った車が見えなくなるまで目を離せなくて、隣の女の子は花火も見ずに男を追ってる俺に愛想をつかせて怒って帰ってしまった。
彼女は俺に告白してきた大学の後輩だ。
快人への未練を断ち切れない俺は当然断ったけど、この花火だけでも見に行こうと誘われた。
OKしたのは、去年の七夕の二の舞になりたくなかったからだ。
笹や短冊を見る度に、前の年に快人と過ごしたその日を思い出して、落ち込む所ではなかった。
しかも、トドメみたいに花火が上がって、バカみたいに一人で泣きそうになって、友達を呼んでやけ酒をした。
どれだけ飲んでも楽しい気分にはなれない、最低な日だったのだ。
ピンポーン……
玄関のチャイム音で我に返った。
ドアを開けると、目付きの鋭い厳つい男が立っていて、部屋に招き入れた。
「もう調べついたのか?」
「はい。あっちの業界ではかなりの有名人でしたから、すぐ分かりました」
「有名人?」
「かなりの人気で、『月人』目当てでその店の客足がうなぎ登りに伸びてますからね。うちの店の店長もヘッドハントしたがってました」
「やっぱうちの組もしてんだ、そーいう店」
「今結構流行ってますから…」
「そうなんだ。…で、なんて店?」
新宿のGray……。
スマホで検索したら、すぐに店のホームページが出てきて、「スタッフ紹介」をタップするとそこで働いてると思われる男の写真もずらっと出てきた。
でも、快人の写真はどこにもなくて、人気ナンバーワンも、違う男が紹介されていた。
「もしかしてホームページ調べてます?月人は載ってない筈ですよ」
「そうなのか?」
「裏メニュー的なのが、最近の月人の売り方みたいです。この業界流行ってるとは言っても、狭い世界ですから、こういう店をよく利用する客の間ではもう完全に月人の存在は浸透してるみたいです。基本的に一見お断りで、何回かそのGrayを利用した素行のいい客にだけ、月人のファイルを見せるらしいですよ。ウマイやり方ですよ。うちの店の客も、月人見たさに結構奪われてますから、こっちとしては厄介な奴です。しかもその見た目がハッタリじゃないってんで、人気が衰えないんですわ。月人がいる間はうちはGrayには勝てません」
「ふうん。で、どうしたら一見でも月人を指名できるんだ?」
「若、まさか店へ?」
「言っとくけど、スカウトに行く訳でも、家の組の店助ける訳でもないからな」
「そうですか。いや、ようやく若にもシノギを覚える気持ちが湧いたのかと思ったんですが…」
「ねえよ。俺はそんな世界はお断りだよ」
俺は、所謂裏稼業の家に生まれた。親父が組長をしているけど、離婚して俺は母方についたから、苗字は違う。その離婚も、不仲だからとかじゃなくて、家族に危険が及びそうな状況だったから、やむを得ずだったらしい。現にお袋と親父は仲がいい。
俺は小さい頃から跡取りになれと言われて育ったが、物心がついてからはずっと拒絶している。
反社会勢力なんてダサいし、俺は普通に生きていきたい。
家の組はヤクザ世界でも上の方で、よく知らないが親父は広域なんちゃらの有名な組の若頭らしい。結構普通の建設業とか不動産とかしてて、カタギと同じ稼ぎかたもしてるらしいけど、末端の奴等は、未だにドラッグを売ったり、オレオレ詐欺や架空請求をしたりして違法に金を稼いでる。そしてその汁を間違いなく親父も、親父の組織も、そして俺も吸ってる訳だから、それを考えると親父から出してもらう全ての金が汚く思えた。
だから、学費以外の金は自分のバイト代で賄ってきた。
でも、それにしたって我ながら中途半端だとは思う。大学の学費は親父の汚い金で払ってもらってるし、快人の事を調べるのだって、組織の人員を使ってる訳なんだから。
あと、1年前は快人の護衛もお願いしたことがある。快人にもう二度とレイプ被害に遭って欲しくなくて、組織の下にいるチンピラさん達に交代交代快人の後をつけて貰っていた。謝礼は俺から…と、この目の前にいる大黒に伝えたけど、受け取って貰えなかった。
嫌だ嫌だと子供みたいに親父や組を拒絶してるけど、結局は決別する勇気も、どっぷり浸かる勇気もないんだろう。
一番ダサイのは、俺なのかもしれない。
大黒は会合があるとかで、報告を終えるとすぐに帰っていった。
店の住所や連絡先を書き留めておこうとメモ帳を探して普段使わない机の引き出しを開いたら、長細い箱が目についた。勢いで作ってしまったけど結局一度も付ける機会のなかったネックレスがその中に入っている。
自分でつけるのはやっぱり照れ臭いから、いつか快人にプレゼントしようと思っていた。
今更それを買ったときの気持ちを思い出して胸が締め付けられそうになったから、引き出しを勢いよく閉めた。
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