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誠 2
『月人』の予約が取れたのはそれから1ヶ月後だった。
一見で月人を指名するには、ともかく金を積むしかないと聞いて、これまで貯めたバイト代全部叩くつもりで受付の男と交渉した。
結果、20万で90分買えた。通常の約10倍だ。
空いているのは1ヶ月後の午前中だけだと言われて、ちょうど夏休みに入った後だったので予約を入れたのだ。
あんなに好きだった快人を金で買うなんて、これ程虚しい事もない。
でも、会いたかった。
会ってどうするかなんて、何も決めてないけど、快人が何を考えているのか知りたいと思った。
学校では相変わらずな快人と、ゆっくり話をするには、『月人』を買うしか方法がなかった。
当日、店から予約確認と、マンションの部屋番号が記載したメールが届いた。
直接ここに行けと言うことだ。
対面するのが怖いようで、でも、久し振りに快人とゆっくり話せるのが少し楽しみでもあった。
逸る気持ちを抑えて、快人が待っているであろう部屋のチャイムを鳴らした。
「はーい」
中から快人の元気な返事が聞こえて、すぐにドアが開かれた。
「こんにち…は…」
ドアを開けた快人はおもわず見惚れるくらいの笑顔で、それは酷く俺を落胆させた。
「え…あれ……?なんで…?」
パニクっている快人からドアを奪って中に入った。
「誠……?あれ?キリヤマさんは…?」
「キリヤマは偽名。この時間快人を買ったのは俺だよ」
「キリヤマ…キリヤ…?誠、お前騙したな!」
怒る所はそこか?と思わずツッコミたくなる様な反応で、調子が狂う。そして、思う。このペースは、久し振りにの快人のペースだな、と。
快人はこんな事してても、何も悲嘆してない。
俺と過ごしていた、あの日のまま、明るく元気に身体を売ってるんだ…。
「今俺は快人の客なんだから、ちゃんとサービスしてくれよ」
「誠…お前、俺とヤりにきたのか…?」
「それ以外でこんなとこ、何しに来るんだ?」
そう言ったら快人の表情が凍りついた。
こんな事言う筈じゃなかった。でも――。
快人の笑顔だとか、以前と変わらない明るさを知るほど、この仕事は快人自身が望んだ事だって思い知らされて、俺はそんな快人が赦せなかった。
赦せなくて、それでもまだ快人が忘れられなくて、好きで、苦しくて、俺の片恋は、もはや快人に対して憎しみにも近い感情を抱くまで拗れてしまった。
もう自分でも止められない。止まらないんだ。
「お前、俺に抱いて欲しくてしょうがなかったんだろ?俺が抱いてあげなかったから、こんな汚い仕事してるの?」
「そんな…そんなこと……。誠、ひでえよ…」
「酷い?それはこっちのセリフだよ。俺は快人がこんな淫乱だって知らなかった。知ってたら好きになんかならなかったのに」
俺はなんて冷酷な事を言ってるんだろう。
こんなに人を傷つける言葉をわざわざ選んで吐いたのは初めてかもしれない。
快人の真ん丸の綺麗な黒い瞳にみるみる内に水が張って、ポロリと零れた。
その姿が壮絶なくらい綺麗で、めちゃくちゃにしてやりたいと思った。
こんな汚い仕事をしてる淫乱の癖に―――。
「早く仕事してくれよ。時間が勿体ない」
快人は伏せていた睫毛を上げてこっちを見た。その拍子に、瞳に溜まっていた涙がまた零れた。
目元は赤く染まり、唇はきゅっと引き結ばれて、潤んだ瞳でこちらをじっと見つめる様は、すごく―――。
すごく、扇情的だと思った。
快人の腕を取って、部屋の奥に入った。ワンルームタイプのそこには、おあつらえ向きのダブルベッドが置かれていて、ローションやゴムもサイドボードに置いてあった。
こんなヤる為だけの部屋みたいな所で、よくもあんな風に笑っていられる物だ。
快人は根っからの淫乱なんだ。
思えば知り合ったきっかけだって快人に誘惑された事だったし、サークルの先輩何人喰ってたかだってわかった物じゃない。最後の方には俺にも何度も抱いてと迫って来た。あれは、楢橋さん達が卒業して、ヤれる相手が減ったからだったのかもしれない。
病的だ。セックス依存症なのかもしれない。
そんな快人を、純粋で綺麗な存在だと思い込んで、いつか付き合えるんだって信じてた俺はバカみたいだ。
そして、快人が俺の思ってた像とかけ離れたとんだ淫乱だって知った今になっても尚、快人への想いを断ち切れないのも、心底バカみたいだ。
「愛憎」っていう言葉の意味が今はよく分かる。
愛は、拗らせれば憎しみに変わる。愛と憎しみが表裏一体とはよく言ったものだ。
乱暴に快人をベッドに押し倒して、噛みつく様にキスをした。
快人は、まだ信じられないって表情を浮かべていたから、解らせる様にもっと深く口付けた。
快人の舌は動かなかったから、好き勝手に吸った。
「舌出して」
試しに言ってみたら、自分は買われてる身という思いがあるからか、今にも泣き出しそうな顔をしながらも素直に唇の隙間から赤い舌を覗かせた。
テラテラと光るイヤらしいそれにむしゃぶりついて、快人の唾液を啜った。
快人は、何かに耐えるみたいにぎゅっと目を瞑っていて、その瞼は小刻みに震えていた。それでも抵抗はしてこなかった。
「脱げよ」
唇を離すと瞼を開いた快人に言い放つ。
「誠……本当に…?」
微かに震える声で快人が言った。
「何が?快人は抱かれる為にここにいて、俺は抱く為にここに来たんだから、早く脱げよ」
快人は悲しそうに視線を落として、ノロノロと服を脱ぎ始めた。
そう言えば部屋の照明も落としてなかった。
明るい蛍光灯の下で快人の身体をこんなにじっと眺めるのは初めてだ。一度風呂場で見たが、あの時はこんな風に不躾に見れなかった。
あの時の強姦された後の姿は、本当に傷ついていたように見えたけど、演技だったのだろうか。2回目にそう言ってた時みたいに、抱かれたくてあんな風に演じてたのかもしれない。そう思わないと、今してるこの酷い行動がブレそうだ。
快人の身体は真っ白で、傷ひとつなく綺麗だった。
芸術作品の様なしなやかさで、性別を超越した美しさがある。そして頭の先から足のつま先まで妖艶ですごくいやらしかった。
鎖骨の辺りにちうっと吸い付くと、くっきり赤い痕がついた。
仕事柄痕をつけられたりしたら困るだろうに、快人は何も言わなかった。
せっかく高い金を払って一見を脱出したのに、これ以上やって出入り禁止にでもされたら堪らないから、キスマークをつけるのはもうやめた。
快人の身体は全体に体毛が薄くて、下手したら女よりもスベスベだ。透明感のある素肌は、吸い付いて来る様な弾力がありながら絹の様に滑る。
その感触を楽しむみたいにさわさわと撫でたら、快人はまた目をぎゅっと瞑って身体を硬くさせた。
中心の一番敏感な部分を刺激すると、ぶるっと震えたけど、唇を噛んで必死に声を我慢している。
ベッド脇のローションを取って、たくさんの男を銜えこんでる癖に綺麗な後ろの穴に塗ったくった。そして、適当に指で解してから自分のズボンと下着だけを下ろして自分の欲望のままに腰をすすめた。
快人は顔をしかめて「う…」って苦し気に呻いたけど、閉じた瞼はそのままで、また唇を強く噛み締めた。
「なぁ、仕事だろ?ちゃんと反応して見せてよ」
快人を好きな気持ちの分だけ無情になれた。気持ちが大きかった分、快人の前で俺は悪魔みたいに残酷になった。
「好きなんだろ、これが。淫乱は淫乱らしくしろよ」
快人は何を言っても瞼を開こうとはしなくて、時おり眉を寄せて苦しそうに呻くだけで、悦び乱れる事はなかった。
前はすっかり萎えて、性的興奮なんて少しもないだろう事は見てとれたけど、俺は好き勝手に腰を使った。
俺は快人が欲しかった。
ずっと欲しくて欲しくて仕方なかった。
俺が欲しかったのは快人の笑顔で、快人と過ごす暖かくて笑いの耐えない日々だったのに。
快人の涙なんて見たくなかったし、快人には幸せになって欲しかったのに。
出来ることなら、俺が幸せにしたいって思ってた筈なのに。
快人の中に放って、激情がフッとかき消えた後に俺を襲ったのは強い自己嫌悪と後悔だった。
未だに小刻みに震える快人の身体を抱き締めたら、快人がビクッと大袈裟に身体を震わした。
その反応は明らかに俺を恐れていて――。
「ごめん快人。ごめん……」
快人の瞼がそっと開いて、涙に濡れた瞳が覗いた。濡れてるのは、瞳だけじゃなくて、目の回りも真っ赤に腫れて濡れているし、鼻水だって垂れてる。顔中ぐしょぐしょだ。俺はその事に今気付いた。
快人を犯しておきながら、その顔もろくに見ていなかった。
こんなになるまで、俺は、どれだけの残酷な言葉を吐いて、どれだけの残忍な行動をとったのだろう。
知っているけど、認めたくなかった。
でも、全て俺がやったことだ。俺があの明朗快活な快人をこんな風にしたんだ。
ぱっちり開いた快人の黒い瞳は、確かに俺を映しているみたいだったけど、何の色も浮かべていなかった。ただその黒に、狼狽える俺の姿が反射するだけだった。
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