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誠 4
取り返しのつかないことをした。
それは充分分かっていたけど、でも、それでも俺は快人に赦されることを諦めたくなかった。
月に1回は必ず『月人』を買って、快人に会いに行った。
夏休みが終わると、深夜しか都合が合わなくなったので、泊まりがけで一緒にいられる様になった。
正直出費は嵩むが、その分長く快人といられるのは嬉しかった。
「今日もヤんないの?」
「ヤんないよ」
花束を持っていったあの日以来、俺は快人を抱いていない。
快人は最近は結構諦めているみたいだけど、そうすることが義務みたいに1度は必ず誘ってくるから、理性を保つのにとても神経を使う。
それでも抱かないのは、抱いたら終わりだと思ったからだ。
抱いてしまったら、俺は快人にとって、酷い事をされたただの客になってしまうと思った。
「いいけどさ、大学で俺に手出すなよ?てか、話しかけるな」
「わかってるよ」
快人は事ある毎に「大学では話しかけるな」と言う。この仕事をしている事を他に知られたくないのだろう。
快人は大学ではこれまで通り俺の事は全く知らんぷりで、そのポーカーフェイスっぷりには脱帽する。
俺の中で快人は、感情が表情に出やすく、隠し事のできない性格だと思っていたから意外だった。というか、変わったなと思った。
でも、遠くから眺めると冷たく見えるのは昔からだったから、俺がそう思ってるだけで、快人自身は何も変わってないのかもしれない。
「なあ快人、楢橋さんとは…」
「誠には関係ねえだろ」
「じゃあ、今付き合ってる奴いるの?」
「それも関係ねえ」
快人の事を知ろうにも、快人は何も教えてはくれなかった。それでも、振られる直前の快人よりも話しやすかった。口調はぶっきらぼうだったけど、表情があったからだ。でもそれは、俺が客として来てるからなのかもしれないけど。
「何にも教えてくれないんだ」
「まあな。…ってか、やんないで一晩何すんの?いつもみたいにトランプして寝るの?誠高い金払って来てんのに、それでいいの?」
「全然。快人といれるなら、金は惜しくないよ。ヤらなくたって快人といれば楽しいから」
「…何が狙い?」
「狙いとか、なんもねえよ。酷い事した分、快人に優しくしたいんだ」
我ながら勝手だと思う。こんなことしたって、俺の自己満足に過ぎないのかもしれない。
俺のやったことは、快人とのこれまでの関係を全部壊して、それどころかマイナスにした。たぶん確実に快人の中で俺は「嫌いな男」だ。
快人が前みたいに俺に屈託なく心から笑ってくれる日はもう来ないのかもしれない。
でも、快人を傷つけたままにしたくなかった。せめて、マイナスをゼロにくらいはするべきだ。
俺が吐いてしまった暴言を忘れるくらい、優しく大事にしてやりたかった。
「わかんねー奴」
快人はため息をついて、でも少し笑ってくれた。ここでいつも向けられる営業スマイルじゃなくて、苦笑するみたいに。
「俺は快人に振られたけどさ、それでもずっと快人が好きなんだ。しつこくてビックリだよな」
「…ほんと、意味わかんねえ」
快人は視線を逸らして呟く様に言った。その姿が少し儚く見えたから焦った。
「快人前さ、外に出てただろ。ほら、あの花火の日。俺とも外に行けるの?」
話を逸らそうとして言った事は、思いつきなんかじゃなくて、ずっと思ってた事だ。
この部屋はマンションだけどまるでラブホで、人が生活する所じゃなくて、ヤル所だ。
それに、ここで快人が沢山の男に抱かれているんだと思うと気が滅入るのだ。さすがに快人を憎く思う程の激情は鳴りを潜めているが、それでも「何でこんな事してるんだよ」と詰め寄りたくなる思いは、実はいつも胸の内に潜んでいる。
「んー、あれは誠は無理じゃねえ?判断するのは俺じゃないから知らないけど」
「どういう判断基準なの?あのオッサンは何でいいの?」
「おま、オッサンとか言うなよ。すげーいい人なんだから。あの人はずっと来てくれてるお得意様だからな。トクベツなの」
「…でも、あのオッサンだって、快人を金で買って、やることヤってるんだろ?特別って、なんだよ。結局あいつだって他の客と一緒でヤりたいだけだろ!」
「なんだよその言い方。あの人はそんなんじゃねえよ!」
「………ごめん」
快人がオッサンを庇ったのが凄くショックで、俺は当然だけど快人の中であのオッサン以下なんだって思い知らされた。快人があの客を特別だって言って、頭に上ってしまった血も一気に下がった。
「……あー、俺もごめんな。今日も、なんだ?トランプかなんかするんだろ?つまらない話はやめて、しようぜ」
俺にとって快人と話す内容はどれもつまらない事ではないのに、快人は自分の事は何一つ話してくれないし、俺は結構焼き餅とかで墓穴を掘ってしまう。
だから、いつも手持ち無沙汰に部屋に置いてあるトランプをする。
2年前は、快人との会話に困ることも、当然手持ち無沙汰を感じることもなかったのに。
もうあの頃には戻れないんだと思ったら、酷く虚しくなった。
快人と前みたいな関係に戻りたい。快人に、俺を見て欲しい。
全部自分の責任なんだからいい加減諦めろと自分でも思わないでもないが、どうしても諦めきれない。
意外と俺みたいな奴がストーカーになるのかもしれない。最近の俺は考えることと言ったら快人の事ばかりだから、これはあまりに真に迫っていて笑えない。
でも、まずは赦される前に、俺がズタズタにした快人の自尊心だとかを元に戻さなきゃいけないと思う。本当に身勝手だけど、俺は償いたいのだ。
俺が快人にできる償いって、何なんだろう。
快人が一番望んでるのは、一体どんなことなんだろう。
それを叶えてやる事だけが、俺の贖罪になるのかもしれない。
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