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快人 1

「おはよう快人。その花、快人によく似合う」 聡司さんが部屋に入って来るなりそう言って、ベッドに腰かける俺の肩を抱いた。 「僕なら、快人には水色のバラを贈るだろうけど。でも、この色も似合う」 俺と聡司さんが見ているのは、テーブルの上にあるオレンジ色の花だ。 誠に貰った花束を、聡司さんに頼んでブリザーブドフラワーにして貰った。 誠に貰った花をこうして毎日眺めるのはすごく複雑だけど、枯れていくのを見るのは嫌だった。 聡司さんの手が肩を滑る。 聡司さんとは店に初めて出る前のあの時以来寝ていないけど、よくこういう触れ方をされる。 エスカレートしたら嫌だから、やんわりその手をつかんで押し戻した。 「もう時間でしょ?行かないと」 俺のおやすみは夕方で、おはようは深夜だ。 今日の深夜は誰だったかなと一瞬考え、紺野さんだったことを思い出してほっとする。 俺にとって紺野さんはオアシスだ。誠が店に来る様になって以来、特にそう思う。 テーブルの上からシルバーのシンプルなネックレスをとって身に付ける。服も着替えて聡司さんに伴われて部屋を出た。 俺は半年前、誠に酷い暴言を吐かれながらヤられた。 あの誠に、インランだって罵られて、最後の方は悲しみとか怒りを通り越してただただショックだった。 誠は、俺の事を好きじゃない所か、軽蔑してるんだ。その後数日間はあの日を思い出す度にそれを思い知らされて、悲しくて辛くて、胸が苦しかった。 でも、1週間くらい経ったら、仕方ないと諦める様になった。 こんな仕事をしていたら、インランと言われても、軽蔑されても、仕方ない。 誠は俺を好きでいてくれたから、余計に気持ち悪いのかもしれない。こんな俺の事を好きになった自分が許せないのかもしれない。 俺がお客さんと会う時間を楽しみにしているのは事実だから、誠の言う通り俺はインランなのだろう。 そう思って諦める事にした。誠の事じゃなく、自分の事を。 なのに、誠は花束なんかを持って謝罪したいと言ってきた。 何度も何度も謝っていたけど、俺にとってはもう折り合いのついた事だったし、相手が誰だろうと…例え誠だろうと、ちゃんと仕事しようって決めてた。 …と言うか、仕事としてしか誠と接したくなかった。 誠は沢山謝ってくれたけど、花まで持ってきてくれたけど、俺にああ言ったのは間違いなく誠の本音だろうから、いくら謝られてもそれが変わる訳ではないのだ。 誠にそんな風に軽蔑されながら素の自分で誠の前に立つ事は流石に辛かった。 それなのに、誠はその後も店に通うようになって、しかもセックスは拒んで、俺と話がしたいとか、優しくしたいとか言う様になった。しかも、まだ好きだとまで。 変に優しくしないで欲しい。優しくされたら、昔の、本当に優しかった誠を思い出して胸が苦しくなる。だから、辛い。辛いのに、優しくされるのを心のどこかで喜んでる自分もいて、俺は……きっとあんなことされても、まだ誠を好きなんだろう。 相手は俺の事を軽蔑してるっていうのに、どうして嫌いになれないんだろう。 誠の前では完全に『月人』の仮面を被っていたいのに、誠はそうさせてはくれなかった。 毎回毎回昔みたいに優しくしてきて、昔と同じに俺の事が好きみたいに接してくるからだ。紺野さんや他の客に嫉妬してるみたいな態度さえ取る。 何のためにそんなパフォーマンスをするのか全然わからない。 分からないけど、確実に俺の心は疲れてすり減っていった。 その溝を埋めてくれたのが、紺野さんだった。紺野さんの愛の言葉には嘘偽りがなくて、すごく安心できる。俺を罵倒したり、酷い事もしない。この仕事を通じて好きになってくれたのだから、軽蔑される事を恐れなくてもいい。 でも……紺野さんが好きなのは俺じゃなくて『月人』なんだと思う。 お客さんの前では俺は『月人』として甘えて、『月人』として笑ってる。それも俺の一部ではあるけど、全部じゃない。 紺野さんが好きになったのは、俺の一部だ。 だから、紺野さんを好きになりたいと強く願っても叶わない。 お金を貰えば、途中で裏切る訳にはいかない。俺の一部しか見せてない相手と一生一緒に生きていく覚悟はなかった。 「月人、会いたかったよ」 「ん…俺も…」 紺野さんのくれる抱擁は、俺の一番の癒しだ。 俺に、愛される価値があると思わせてくれるから心が安らぐ。 広い背中に腕を回すと、よりいっそう強く抱きよせられた。 なんだろう、胸の辺りに何か固くて角張った物があたる。 ギュウギュウ押し付けられて少し痛い。 「ごめん、痛かっただろ?」 俺の気持ちを察したみたいに紺野さんがゆっくり離れてそう言った。 「ううん、大丈夫」 「ここに入れてたのすっかり忘れてて……はい」 紺野さんの胸ポケットから出てきたのは焦げ茶色の四角い箱だった。 「受け取って」 「あ、うん。紺野さん、ごめんいつも…」 「俺があげたくて勝手にしてるだかだから。きっと月人に似合うと思って」 紺野さんは最近よくこうしてアクセサリーや洋服なんかを買ってきてくれる。今日身に着けているネックレスもカットソーも紺野さんからのプレゼントだ。箱を開けたら、中に布で出来た袋が入っていて、巾着風のそれを開いたら、5連の輪になっている黒い革のラップブレスが出てきた。革に挟まれてターコイズの小さな石がずらっと並んでいる。 「格好いいね」 「着けてみて」 「ん」 紺野さんに言われて、左手に装着してみたけど、最後の留め具がなかなか留められなくて、紺野さんに手伝って貰った。 「よく似合う。月人の華奢な腕が凄くセクシーに見えるよ」 「そう…かな?ありがと」 「月人」 呼ばれて見上げた紺野さんの眼差しが熱い。 お礼しなきゃ……。 紺野さんとの距離を縮めてきゅっと抱きついて、 「ありがとう紺野さん」 ニコッて笑って、ちょっと背伸びして唇にキスをした。 こうすると、紺野さんはすごく嬉しそうに笑ってくれる。 今も、頬を緩ませてる。 「喜んで貰えてよかった。……抱いても、いい?」 「いいよ」 微笑んだら、紺野さんの熱い口付けが降ってきて、すごく優しく、大事に大事に抱かれた。 好きじゃない人にこれをされて…もっと言えば仕事で毎日こんな事してて平気でいる俺は、誠の言う通り汚いんだろう…。

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