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快人 7

俺と誠は、聡司さんの運転する車に揺られている。 事務所を出た所でばったり聡司さんと会って、送っていくと言ってくれたのだ。 「聡司さん来るの遅い!めちゃくちゃ怖い思いしたんだから!」 いつもの癖みたいに座った助手席から聡司さんに八つ当たりした。誠は後部座席で黙ってる。 「ごめんごめん。ちょっと外れにある系列店に顔出してた所だったから」 「へー。2号店ってこと?繁盛してるんだ」 「いーや。快人辞めてから売り上げ減ったから、間口増やせば客も増えるかと思ったんだけど…。誰かいいボーイ希望者知らない?」 ため息をついた聡司さんは少し疲れた表情をしていた。そもそも、俺を騙して働かせてた聡司さんが悪いんだから、同情はしたくないけど…。 「知らない。でも、苦労してんだね」 「まあね。月人みたいな売れっ子がいれば企業努力は必要なかったんだけど、これからはそうもいかない様だ」 聡司さんが、バックミラーをちらっと見てニヤッとしたから、嫌な予感がした。 「桐谷くんって言ったっけ?背も高いし、結構いい身体してるよねぇ。顔も腫れがひけば綺麗そうだし、どう?うちの店、君みたいなスポーツマンタイプも人気あるんだけど…」 「ちょっと、聡司さん!」 一瞬振り向いて確認した誠は、腫れてて普段より表情がわかりづらいけど、たぶん、いや確実に不機嫌だ。 「ごめんごめん、冗談」 聡司さんが、はははと笑った。悪質な冗談だ。 「所で快人は最近どう?たまには連絡よこしてよ。俺はパパなんだからさ」 「変な言い方やめろよ。まぁ楽しく勉強してるよ」 「そう。よかった。……彼氏はできた?」 「ハァ!?できねーよそんなの!」 「そうなんだ。でも、同級生年下ばっかだもんな。オムツ外れたばっかのガキじゃ、快人を満足させられないのも無理はない。あっちの方、寂しくなったらいつでも僕が…」 「セクハラやめてください『お父さん』」 「愛人プレイもいいけど、近親相姦プレイもいいね!」 「アホらし…」 聡司さんは会うたび発言がセクハラオヤジめいていて、真面目に取り合うのがバカらしくなってくるから、こうなったら無視するに限るのだ。 「この辺かな?」 「あ、うん。あそこのアパート」 「本当に大学の目の前だな」 「誠、本当に病院行かなくて大丈夫か?」 後ろを振り向いて尋ねる。誠は、難しい顔をしていたけど、ぼそっと「大丈夫」って答えた。 「着いたよ……って、快人も降りるの?」 「だってこいつ心配だから」 「せっかく快人と二人きりでドライブできると思ったのに…」 「腐るほどしただろ。車ありがとう聡司さん。助かったよ」 「いや。じゃあ、また」 聡司さんの車を見送って誠を振り返ると、誠はまだ表情が固かった。口数も少ないし、これはたぶん腫れてるからとか痛いからとかそういう訳じゃない気がする。 「階段辛いだろ?肩貸すぜ」 「悪い」 足も多少負傷している様で、事務所の階段を降りるのも辛そうだったからそう声をかけたけど、でも、男のプライドなのかなんなのか、せっかく肩を貸した俺に殆ど体重をかけない様にしながら登って行った。 久しぶりに入る誠の部屋は大きな物は思い出と殆ど変わってなくて懐かしくなった。でも、いつも部屋を綺麗にしてた筈だったけど少し散らかっていた。 部屋に上がって、誠をベッドに座らせて、俺は床に座った。 「骨折れてそうな所とかない?」 「たぶん大丈夫」 「明日学校行ったらみんなに心配されるな」 「うん。……快人」 「ん?」 「ごめん」 「何が?今日の事?そりゃ、バカだなって思ったけど、俺を助けてくれようとしたんだろ?無謀すぎるけど、ちょっと嬉しかったぜ」 「今日もだけど、それ以上に、前の事…。俺、本当に全部快人の兄さんに聞いたんだ。卒業式以降の快人は、快人じゃなかったことも、お兄さんの為にあの店で働いてた事も。それなのに、俺快人に何て事を…」 「……過ぎた事だ。仕方ねえよ。俺だって兄ちゃんに聞いた。兄ちゃん、誠に迫ってたんだってな。好きだった奴にしつこく迫られて、断ったらいきなり振られて、しかもあんな店で身体売ってるの知ったら、幻滅もするよな」 「俺の事情なんて、俺が身勝手だっただけだ。……俺は兄さんの為に懸命に頑張ってた快人を踏みにじったんだ。本当にごめん」 「いいよ」 「え…」 「赦してやるよ」 「え…そんな簡単に…」 「簡単じゃなかったぜ。俺、誠にそう言われてもしょうがない存在だってすげー卑屈になってたから。だから、誠に謝られるのが苦痛だった。誠が店に来る度苦しかった。でも、あの店から解放されてからわかったんだ。俺って結構みんなに大事にされてたんだなって。聡司さんは、俺を騙したけど、変な客がつかない様に気を遣ってくれてたし、会長もあの通り、俺の意思を尊重してくれてた。どーせ俺は…って卑屈になってた時は全然見えなかったけど、誠だってすげー気遣ってくれてたよな。最初のあれはあり得ねーしすげえ傷ついたけど」 「本当にごめん……」 目を丸くして聞いていた誠が、俺の最後の言葉でまたしゅんとなった。 「冗談だよ。傷ついたのはほんとだけど、誠いっぱい謝ってくれたし、気遣ってくれてたから、チャラにしてやるよ」 「快人……本当に赦してくれるのか…?」 「赦してなかったら、今日だってお前の事助けになんか行かねえよ」 そう言ったら、誠が悔しそうに唇を噛んだ。 「俺ほんと、何やってんだろ…。快人の事助けに行こうとしたのに、結局助けられるし、最初から最後までだせぇ姿しか見せてないし……」 「なんだ、そんな事気にして機嫌悪かったのか?」 「それもあるけど…嫉妬した。あの親玉にも、快人が親しげに話す『聡司さん』ってオッサンにも」 「そんなの、イチイチ嫉妬してどうすんだよ。俺がこれまで何人と寝たと思ってんの?」 「……そうだけど」 誠は俯いてしまったので、勝手に台所に行った。 「冷蔵庫開けるぞー」 中はミネラルウォーターと牛乳だけで、卵もウインナーも何も入ってなくて、とても何か作れそうな感じじゃなかった。 「誠最近自炊してなかったの?」 「うん。そういう気分になれなくて」 「そっか。その足じゃ買い出しも大変だろ。なんか弁当買ってきてやるよ」 誠のアパートは大学に近いので、必然的にコンビニにも近い。 適当に弁当二つと菓子パンを買ってアパートに戻ると、誠は台所に立っていた。よく見るとインスタントコーヒーを2つ入れてる様だ。 「無理しなくていいのに」 「これくらいはさせてくれよ」 いつも誠と食事したテーブルにコーヒーが置かれる。なんかしんみり切なくなって、それを振り切ろうとコンビニの袋をテーブルに置いた。 「これ、弁当。腹減ったら食えよ」 「快人は、一緒に食わないの?」 「うん。俺はこれ飲んだら帰るよ」 「そう…か……」 誠の表情がみるみる曇っていく様が見てとれて、やっぱりこいつはまだ俺の事が好きなんだと思った。俺と同じで。 でも、このままじゃ俺達駄目だ。こんな風に、罪悪感と被害意識を抱えたまま上手く行く訳ない。 「俺さ、一つ賭けをしてて」 「賭け?」 「もしも『桐谷誠』と、これまでのわだかまりのない所でもう一度出会えたら……って。だからさ、敢えて俺の行き先は告げない」 「それってどういう…」 「もしもその時が来て、俺もお前もフリーだったら、その時また一から始めよう。これまでの嫌なことは全部忘れて、さ」 誠は辛そうに顔を歪めたけど、否定はしなかった。 このままじゃ駄目だって、誠だって分かってるんだろう。 「ご馳走さま。じゃあな、誠」

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