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三都幻妖夜話(3)神戸編 1-8 アキヒコ | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
1-8 アキヒコ
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
8 / 928
1-8 アキヒコ
鯰
(
なまず
)
は
秋津島
(
あきつしま
)
の地下深くに住み着いていて、
普段
(
ふだん
)
はぐうたら寝ているが、時々腹が減って目を
醒
(
さ
)
まし、何か食わせろと暴れ出す。
下手
(
へた
)
すると、
街
(
まち
)
や
都
(
みやこ
)
のふたつみっつ
呑
(
の
)
んでいく。 それは
困
(
こま
)
るということで、
巫覡
(
ふげき
)
が
祀
(
まつ
)
って腹を満たさせ、またしばらく眠らせるんやと、
水煙
(
すいえん
)
は俺に教えた。 それを俺にやれと。
都
(
みやこ
)
の
鎮護
(
ちんご
)
も
秋津
(
あきつ
)
のお
役目
(
やくめ
)
で、
都
(
みやこ
)
が京都から東京に
移
(
うつ
)
ってからも、その
任
(
にん
)
を
解
(
と
)
かれてはいない。 せやから引き続き、
三都
(
さんと
)
の
霊的
(
れいてき
)
な
防衛
(
ぼうえい
)
を
行
(
おこな
)
う義務があるんやと、
水煙
(
すいえん
)
は言うねん。 聞いてない、そんなのは。 おかんは何も言うてへんかった。
秋津
(
あきつ
)
の家を
継
(
つ
)
げっていう話だけや。
継
(
つ
)
ぐとどうなるのか、そういえば
詳
(
くわ
)
しく聞いてへんかった。 今言うてるやないかと、
水煙
(
すいえん
)
は
真顔
(
まがお
)
で言った。
水煙
(
すいえん
)
は俺を
一人前
(
いちにんまえ
)
に
修行
(
しゅぎょう
)
させるため、いろいろ教えにやってきた。せやから今教えてやってるんやないかという話やった。
実地訓練
(
じっちくんれん
)
が大好き。口で言うより、やったほうが分かりやすい。
水煙
(
すいえん
)
は、そういう性格やった。
百聞
(
ひゃくぶん
)
は
一見
(
いっけん
)
に
如
(
し
)
かずや。うだうだ言うても、わからへん。やってみれば
一発
(
いっぱつ
)
や。 でも、それで、もし失敗したら、どないなんねんて、俺はビビった。普通そうやろ。
予行演習
(
よこうえんしゅう
)
とか、そんなん無いのか。 「無い、
演習
(
えんしゅう
)
なんて。これは
訓練
(
くんれん
)
ではない。
皇国
(
こうこく
)
の
命運
(
めいうん
)
、この
一戦
(
いっせん
)
にありやで、ジュニア。人生はいつでも、ぶっつけ
本番
(
ほんばん
)
や」 それはお前がそういう性格やからやろ。そんなことない、練習させてくれって、俺は
頼
(
たの
)
んだ。せやけど
水煙
(
すいえん
)
は聞いてくれてなかった。
燃
(
も
)
えてきた。
景気
(
けいき
)
づけやっていって、
水煙
(
すいえん
)
はまた俺の首にとりつき、ぎゅううっと抱きついてきて、がっつり舌入れるキスをした。 ぎゃあああああって
亨
(
とおる
)
が
絶叫
(
ぜっきょう
)
していた。俺もしたかった。できるもんなら。 でもそれが無理なような、
息詰
(
いきづ
)
まる甘さのある長いキスやった。 熱いため息をついて、
崩壊寸前
(
ほうかいすんぜん
)
の
亨
(
とおる
)
にはお
構
(
かま
)
いなしに、
水煙
(
すいえん
)
は気持ちええわあって言った。 こんな、ええもんとは知らんかった。またしよなジュニア。 でもとにかく今日は、道場へ行けと、俺に
指図
(
さしず
)
して、
水煙
(
すいえん
)
は
唐突
(
とうとつ
)
にぽかんと剣に戻った。
危
(
あぶ
)
ない! めちゃめちゃ
危
(
あぶ
)
ない! お前は
真剣
(
しんけん
)
で、こっちは二人とも
素
(
す
)
っ
裸
(
ぱだか
)
なんやぞ。 俺はとっさに
抱
(
だ
)
いていた
腕
(
うで
)
を引っ込め、
水煙
(
すいえん
)
は
支
(
ささ
)
えを
失
(
うしな
)
って落ちた。
激
(
はげ
)
しく
切
(
き
)
っ
先
(
さき
)
を
煌
(
きら
)
めかせながら。 また
亨
(
とおる
)
と俺は、ぎゃあああってなって、なんとか
白刃
(
はくじん
)
を
避
(
さ
)
け、それから
風呂場
(
ふろば
)
の
床
(
ゆか
)
に
崩
(
くず
)
れ
落
(
お
)
ちてた。
床
(
ゆか
)
に
転
(
ころ
)
がった
抜
(
ぬ
)
き
身
(
み
)
の
水煙
(
すいえん
)
を
挟
(
はさ
)
んで、肩で息しながら。 「アキちゃん……」 やがて
怨念
(
おんねん
)
を感じる声で、
亨
(
とおる
)
がくずおれたまま呼んだ。 「ほんま死ぬで、俺は。どないなってんの、これ……」 「なんにもしてない……
水煙
(
すいえん
)
が風呂入れろ言うから入れたら、こうなったんや」 俺もくずおれたまま、きらきら
輝
(
かがや
)
いている
水煙
(
すいえん
)
の
刀身
(
とうしん
)
を見てた。剣はもう、
居眠
(
いねむ
)
りを決め込んだように何も言わず、ただの剣のようやった。 「
迂闊
(
うかつ
)
やねん、いつも。犬の時かて、そうやったやろ……。
外道
(
げどう
)
とふたりっきりになるな、
襲
(
おそ
)
われるから」
亨
(
とおる
)
の忠告に、俺は大人しくうなずいた。 まさに言われた通りやった。 もしもお前の目が
冴
(
さ
)
えてへんかったら、今ごろ俺は地球を
離脱
(
りだつ
)
してたかもしれへん。宇宙系とランデブーやで。 俺ってほんまに、顔さえ良ければ、なんでもええんや。そんな自分に、やっと
自覚
(
じかく
)
が
湧
(
わ
)
いた、そんな
残暑
(
ざんしょ
)
の
頃
(
ころ
)
やった。 まだ俺は、自分がこれから始める
偉業
(
いぎょう
)
のことを、想像もしてへんかった。 呼び声は
神戸
(
こうべ
)
から聞こえていた。さあ、やろかという、自分の人生の
幕
(
まく
)
が開く音が。 その
芝居
(
しばい
)
に必要な
役者
(
やくしゃ
)
がそろうまで、まだしばしの時が必要やった。 まずは
幾
(
いく
)
つかの出会いや再会について、語ることになる。 せやけど、その前にやるべきことは、服着て出かけることや。その前に
亨
(
とおる
)
のご
機嫌
(
きげん
)
直
(
なお
)
し。
水煙
(
すいえん
)
と、キスしたって、
亨
(
とおる
)
はじっとりと俺に言うた。どんな味やった。宇宙人。 いや、忘れた。ぜんぜん
憶
(
おぼ
)
えてない。 でもとにかく、お前のほうが
断然
(
だんぜん
)
良かった。ほんまにそうやでって、俺は
焦
(
あせ
)
って言い訳をした。 そしたら
亨
(
とおる
)
は
口直
(
くちなお
)
しや言うてキスしてくれた。 そっちのほうが
断然
(
だんぜん
)
良かったか。正直それは
微妙
(
びみょう
)
なとこやねんけども、
亨
(
とおる
)
が俺に
愛想
(
あいそう
)
つかさなくて、ほんまに良かったと思った。 だって俺が好きなのは、
水煙
(
すいえん
)
やのうて
亨
(
とおる
)
やねん。
水煙
(
すいえん
)
もええけど。 いや、それは、
論旨
(
ろんし
)
がずれてる。 とにかくお前が俺のこと、アキちゃん好きやて言うてくれへんようになったら、俺はもう終わり。それだけは確実にそうや。 でも、なんでなんやろ。それはよく分からない。でもそれが、好きってことかもしれへん。
理屈
(
りくつ
)
やないねん。理由はないけど、自分と全然似てないお前のことが、全部好き。 そんな甘ったるいこと考えてたせいかな。それとも
外道
(
げどう
)
と二人きりになったせいか。 俺は風呂場で
亨
(
とおる
)
に
襲
(
おそ
)
われ、そして約束の
時刻
(
じこく
)
に
遅刻
(
ちこく
)
した。 ――第1話 おわり――
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椎堂かおる
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