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2-2 トオル
そうやなあて、水煙 は一応同意してたけど、歯がゆいらしかった。
どうせ、アキちゃんのおとんと比べてんのやろ。こいつはいっつもそうやねん。
アキちゃんはもっと強かった、アキちゃんはもっといろいろできたって、そんなんばっかり。アキちゃんアキちゃんて、アキちゃんのおとんの話ばっかりなんやで。
そのくせ今朝はジュニアのほうに手を出しやがって。どないなっとんねん、この包丁 の神経は。
「お前なあ、俺のアキちゃんに手出すの、やめてくれへんか」
俺は鬼コーチ顔のまま、水煙 と並 んで壁にもたれ、そう警告 を与えた。でも水煙 は俺なんか全然怖 くないらしい。せせら笑われたで。
「ちょっと、どんなもんかと思うたんや。お前があんまり、悦 さそうな声出すもんやから。そんなにええモンなんかな、ジュニアは、と思えて」
聞くな、俺様の恥 ずかしい声を。
聞こえんのはしゃないけど、それについて言及 してくれるな。
俺はもともとしかめてた顔を、さらにしかめた。
「誘 ったところで、やれんのか、お前のそのキワモノの体で」
「いや、無理やろなあ。せやから余計 な気 回 さんとき。何もなかったんやから」
それでも怪 しい。
たとえ抱き合うのが無理でも、他にもいろいろやれることあるやろ。俺は詳 しいで、その方面については。
いけない想像をいっぱいしてもうて、俺はついつい眉間 に皺 やった。水煙 はそれを、わかってんのかどうか、面白そうにくすくす笑って見てた。
「まだ頑張 ってんのか。ジュニアを独占 できると思って。ジュニア考えてたで、お前は信用でけへんて。すぐ他の男に目移 りして、不実 なやつやって。お前が野球見るのも嫌 なんやって。焼き餅 焼きやねんな、ジュニアは。耐 え難 いやろ、お互 い」
どういう意味やって思えることを、包丁 は笑って言うた。
どういう意味やねん。耐 え難 いのは俺だけや。
真面目 そうな面 して、アキちゃんはフラフラしてばっか。俺が好きやって言うくせに、浮気 してばっかりやんか。
今朝かてそうや。この水色 にキスされて、けっこう気持ちよさそうな顔しとったわ。
俺のほうがええなんて、珍 しく媚 びたようなこと言うてたけど、それだけ焦 ってたってことやろ。内心 本気でこの宇宙人によろめいた瞬間があったに違いないんや。
犬でも大概 むかついたのに、今度は地球外生物やないか。ほんまええかげんにしとけよ。
浮気 はせめて地球上の規模 にとどめとけ。全銀河系 に羽 ばたくな。いくら「スター・トレック」好きや言うても、それを実践 することないやん。
宇宙一好きな俺が傍 におれば、それで満足できるはずやないのか。なんでフラフラすんねん、アキちゃんは。
「不安やねん、ジュニアは。お前が信用でけへんから。代打 や代走 を用意するようなもんやろ。覡 は本来 、多頭飼 いするもんなんやで。式 がひとりしか居 らんで、そいつが死んだら、その後どうやって務 めを果 たすんや。ジュニアは本能的に、予備を探してる。それこそ一流なんやで。直系の血のなせるわざやないか」
無節操 の血筋を礼賛 するような口ぶりで、水煙 は話した。
その神経が、俺にはわからん。
「それについては、もう解決してる。俺は無敵 や、一人で足りる。それでかまへんて、アキちゃんのおとんも言うてたやろ」
イライラして、俺は答えた。水煙 はまだ、くすくす笑ってるような気配 やった。
「嘘 つけ。新人の犬に噛 まれて、あっさり死にかかってたくせに」
「あれは、俺のせいやない。アキちゃんが悪いんや。アキちゃんが熟練 していけば、何もかも解決する。アキちゃんにも武器が要 るっていうんやったら、お前が居 るのは妥協 するけど、ずっとその形 でいろ。今後一切 、水遊びは無しや。それで手を打て。それが嫌 やていうんやったら、お前なんか金属ゴミの日に出してまうからな」
じっと俺を見てる気配で、水煙 は黙 っていた。でもそれは、ビビってる感じでは全然なかった。なんかこう、観察 されてる感じ。
しばらくそれを我慢 したけど、そのうち我慢 できんようになって、俺は壁に立てかけられてるサーベルを見下ろした。剣は相変わらずそこにいた。豪勢 な鞘 に収 まって、何となくキラキラしながら。
「なんやねん。お返事はどうしたんや」
「必死やな、蛇 。そんなに好きか、ジュニアのことが」
試すような、その余裕しゃくしゃくの口調に、俺はむっとした。なんやねん一体。なにが言いたいんや、こいつは。
「好きで悪いか。ほっといてくれ」
「悪くはないけど、使役 されてるだけやで、お前は。式 やから、主人 に心を捕 らわれてる。ただそれだけやねん。もしも何かの拍子 に、ジュニアがちょっとでも弱ってみろ。お前なんかすぐ、どこかへ消えてるわ。はっと我に返って、何がそんなに好きやったんやろって、よそへ逃げだす。そういう汚い根性 やねん。試しに寝てみ、他の誰かと。こいつでもええわって思うに決まってるわ」
腹立つっていうより、怖いような気がして、俺は水煙 を睨 んだ。
道場ではまたアキちゃんが、イケズの新開 師匠に敗北していた。ものすご悔 しそうに、小手 に一発決められた手首を押さえて膝 をついてる。
それは決して、格好 ええわあって萌 えられるような姿ではなかった。ちょっと、可哀想 すぎ。
それでも俺は、アキちゃんが好きやろか。アキちゃんは俺にとって、宇宙いちイケてる男か。
誰かほかに、もっとええのが現 れて、そっちに本気でよろめく。そういうことが絶対ないと、言い切れんのか。
時々ふと感じるその不安を、俺はまた感じた。感じるたびに否定してきたそれは、それでも悪い種 みたいにいつも心のどこかにあって、駆除 したつもりが、またいつのまにか現 れる。
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