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三都幻妖夜話(3)神戸編 2-4 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
2-4 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
12 / 928
2-4 トオル
素振
(
すぶ
)
りの
残響
(
ざんきょう
)
と
絡
(
から
)
まって、それはえらく
淫靡
(
いんび
)
に聞こえた。 俺はそれから目を
背
(
そむ
)
けた。何かこう、
耐
(
た
)
え
難
(
がた
)
い感じ。 ええ感じやでジュニアと、
水煙
(
すいえん
)
が
褒
(
ほ
)
めてる声でない声が聞こえてきた。 いつも
遠慮
(
えんりょ
)
してんのとちゃうか。当たれば相手が痛いと思って、ビビって剣
振
(
ふ
)
ってんのやろ。 そんなん気にすることあらへん。あんな
熊
(
くま
)
みたいな
髭面
(
ひげづら
)
のオッサン、ボッコボコの血まみれにしたれって、
水煙
(
すいえん
)
は
上機嫌
(
じょうきげん
)
。 なんやと、って、
髭
(
ひげ
)
が
怒鳴
(
どな
)
ってた。せやからどうも、
新開
(
しんかい
)
師匠には
水煙
(
すいえん
)
の声が聞こえるし、その
刀身
(
とうしん
)
も、もちろん見えてる。ただモンやない。 「その剣の言うとおりやで、
本間
(
ほんま
)
。血まみれは
勘弁
(
かんべん
)
やけどな、
悔
(
くや
)
しないんか、お前は。俺にさんざんシバキ回されて、なんで
我慢
(
がまん
)
してんのや」
腕組
(
うでぐ
)
みしたまま、
新開
(
しんかい
)
師匠は
銅鑼声
(
どらごえ
)
で
怒鳴
(
どな
)
ってた。 「京都の道場で
兄弟子
(
あにでし
)
とケンカしたときも、お前は
殴
(
なぐ
)
られっぱなしやったやろ。なんで
応戦
(
おうせん
)
せえへんかったんや。お
陰
(
かげ
)
で俺はお前のおかんにボコられてやな、人生ボロボロやったんやぞ」 どっちの話が本題かわからへん口調で、
髭
(
ひげ
)
は教えた。 「お前のほうが強かったんや。シバキ返したったら良かったんやないか。気が
優
(
やさ
)
しいねん、お前はな。
防具
(
ぼうぐ
)
つけてない相手に打って出られへんかったのやろ」 そうやったろうかという、
痛恨
(
つうこん
)
の顔で、アキちゃんは背後からの、オッサンの話を聞いていた。 「
鬼斬
(
おにき
)
りは、
要
(
よう
)
するに殺しやで。
優
(
やさ
)
しいしてたら
斬
(
き
)
られへん。難しいやろけどな、
本間
(
ほんま
)
、お前は人を傷つける神経を身につけろ。
殺意
(
さつい
)
や。お前もいっぺんくらい、腹の底から怒ってみ」 オッサンは
容易
(
たやす
)
いように言うてたけど、それがアキちゃんにとっては難しいことやというのは、俺はもう良く知ってた。そういう
激情
(
げきじょう
)
を
抑
(
おさ
)
えて
抑
(
おさ
)
えて生きてきたんや。怒ろうとしても、なんでか自動的にセーブしてる。 たぶん、ヒューズ切れるみたいなもんなんや。
安全弁
(
あんぜんべん
)
。その
激情
(
げきじょう
)
に乗って、
途方
(
とほう
)
もない力が出てまうんやないかという
怖
(
おそ
)
れが先に立って、流れに身を任せられない。そんな感じやで、アキちゃんは。 おかんは道場での子供のケンカに首突っ込んで、えげつない
報復
(
ほうふく
)
をしたらしいけど、その時、もしもアキちゃん本人が、
辛抱
(
しんぼう
)
たまらんで怒ってたら、どういう事になってたんやろ。オッサンが言うように、
応戦
(
おうせん
)
してたら、どうなってたん。 相手は年上言うても、しょせんは
生身
(
なまみ
)
の人間やったんやろ。
我慢
(
がまん
)
してやってて、正解やったんやないか。その相手のためには。 おかんは
報復
(
ほうふく
)
したけど、殺しはせえへんかったやろ。ちょっとビビらせたっただけや。 それは、おかんが
熟練者
(
じゅくれんしゃ
)
で、
手加減
(
てかげん
)
できる人やったからで、アキちゃんやったら、そうはいかへん。 子供やったし、
制御
(
せいぎょ
)
の
利
(
き
)
かん悪い子やった。相手は死ななくても、
廃人
(
はいじん
)
くらいにはなったかもしれへんで。 そんなんしてもうたら、アキちゃんかて立ち直れへんやろ。せやから、おかんは、怒ったらあかんて
躾
(
しつ
)
けてたんやないのかな。あの人、アキちゃんには
過保護
(
かほご
)
やからな。大事な大事な
跡取
(
あとと
)
り息子やしな。 「その壁一枚ぶち抜けたら、お前は
化
(
ば
)
けると思うんやけどなあ、名のある使い手に」
惜
(
お
)
しそうに言う
新開
(
しんかい
)
師匠は、何か
企
(
たくら
)
んでるような顔してたわ。 オッサンはたぶん、
兄弟子
(
あにでし
)
にボコられてる
可哀想
(
かわいそう
)
なアキちゃんを、これはチャンスと思って、わくわく見てたんやろ。
激怒
(
げきど
)
して、
応戦
(
おうせん
)
するんやないかって、そんなところか。そして、それを
境
(
さかい
)
に、アキちゃんが何かに目覚めるんやないかって。 とんでもない師匠やな。それで、おかんの
報復
(
ほうふく
)
よりも怖いことになってたら、どないするつもりやったんや。止めるつもりやったんか。そんな力が、この
髭
(
ひげ
)
にはあんのか。 「俺は絵描きになりたいんです」 困ったなあっていう口調で、アキちゃんは
髭
(
ひげ
)
に答えてた。 「それとこれとは
矛盾
(
むじゅん
)
してへんやろ。
増
(
ま
)
してお前も
鬼斬
(
おにき
)
りの剣を受け
継
(
つ
)
いだんや。その使い手として、腕上げていかなあかん」 ちょっと待っとり、と言って、オッサンは道場のご
大層
(
たいそう
)
な
神棚
(
かみだな
)
にあった古い剣を、いかにも
有
(
あ
)
り
難
(
がた
)
そうに
押
(
お
)
し
頂
(
いただ
)
いてとってきた。 それは日本刀で、
鞘
(
さや
)
の
拵
(
こしら
)
えの
具合
(
ぐあい
)
からして、けっこうな年代物に見えた。
長刀
(
ちょうとう
)
の
部類
(
ぶるい
)
で、すらりと引き抜くと、見事に手入れされた
刀身
(
とうしん
)
に、
稲妻
(
いなづま
)
のような乱れた
刃紋
(
はもん
)
が現れていた。 この剣の名は
雷電
(
らいでん
)
やと、
髭
(
ひげ
)
はアキちゃんに教えた。 そして、おもむろにその剣を
構
(
かま
)
え、気合い
一声
(
いっせい
)
とともに、
研
(
と
)
ぎ上げられた
刃
(
やいば
)
をアキちゃんの
眉間
(
みけん
)
を
狙
(
ねら
)
って
振
(
ふ
)
り下ろした。 見てるだけのこっちまで、全身
痺
(
しび
)
れてくるような、
神業
(
かみわざ
)
の
寸止
(
すんど
)
めやった。アキちゃんがもしちょっとでも動いてたら、オッサンに
斬
(
き
)
られてたんやないか。 俺はそれにぞっとして、どこか遠くで鳴り
響
(
ひび
)
いた
雷鳴
(
らいめい
)
を聞いていた。一点の
曇
(
くも
)
りもない
晴天
(
せいてん
)
やのに、
妙
(
みょう
)
な話や、
雷
(
かみなり
)
なんて。 オッサンはすぐには剣を
退
(
ひ
)
かず、
呆然
(
ぼうぜん
)
と固まってるアキちゃんの
眉間
(
みけん
)
に、ぴたりと
狙
(
ねら
)
い
定
(
さだ
)
めたような
刃
(
やいば
)
を向けていた。 やがて、ふと空気が
解
(
ほど
)
けるような瞬間がきて、オッサンは剣を
退
(
ひ
)
いた。 アキちゃんはそれに、かすかに首を
巡
(
めぐ
)
らしてたけども、それっきりやった。 ぴくりとも動かへん。
糞度胸
(
くそどきょう
)
やで。それとも、固まってもうてたんか。
新開
(
しんかい
)
師匠はそれを見て、にやりとしてたわ。
熊
(
くま
)
みたいな
髭面
(
ひげづら
)
で。 「この剣は、ただの剣や。
業物
(
わざもの
)
なだけで、ただの道具やけどもな、しかるべき
技
(
わざ
)
をもって振るえば、鬼を斬り、
雷鳴
(
らいめい
)
を
轟
(
とどろ
)
かせる力があるとされている。これがうちの、
伝家
(
でんか
)
の
宝刀
(
ほうとう
)
や。お宅の
水煙
(
すいえん
)
には、遠く
及
(
およ
)
ばないが、それでも
神刀
(
しんとう
)
やということになってる。せやから
神棚
(
かみだな
)
に
祀
(
まつ
)
ってあるんや」 そのご
神刀
(
しんとう
)
を
鞘
(
さや
)
に
収
(
おさ
)
めて、オッサンはアキちゃんが
握
(
にぎ
)
ったままやった
水煙
(
すいえん
)
の
刀身
(
とうしん
)
を見てた。 「それを
凌
(
しの
)
ぐ
得物
(
えもの
)
を
振
(
ふ
)
るおうっていうんや。それ
相応
(
そうおう
)
の
覚悟
(
かくご
)
がいるやろ。その剣が使い手としてお前を選んだんやったら、
神刀
(
しんとう
)
の力にふさわしい技と心をもってお
応
(
こた
)
えせなあかん。それが剣を
祀
(
まつ
)
るということやろ」 師匠に
諭
(
さと
)
されて、アキちゃんは難しい顔やった。そして自分が
握
(
にぎ
)
った
水煙
(
すいえん
)
を見つめてた。ほのかにまだ
靄
(
もや
)
を
吐
(
は
)
いてる、キラキラ
濡
(
ぬ
)
れたような白い
刃
(
やいば
)
を。 「
神棚
(
かみだな
)
」 きっぱりと、アキちゃんは
呟
(
つぶや
)
いた。 「やっぱり、
要
(
い
)
るんですかね、そういう置き場所が」
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椎堂かおる
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