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2-5 トオル
アキちゃん。何言うてんの。
師匠の訓辞 に感銘 受けて、剣の鬼みたいに目覚めなあかんシーンやないのか、ここは。
でもアキちゃんは、自分がズレてることに、全然気づいてないみたいやった。
オッサンも、俺の内心と同様、えっ、ていう微妙顔 してたで。
「ないのか、神棚 。どこに置いてるんや、普段 」
上ずった声で、新開 師匠は訊 いた。
「うちのリビングのソファの上で放置です」
また、きっぱりと、アキちゃんは答えた。新開 師匠はそれに、うっ、という顔をした。
「あかんのですかね、それやと」
「あかん……やろ」
師匠はショック受けた顔で、ぼんやり答えた。
「神棚 買 うたろか、水煙 」
アキちゃんは真面目な顔で、水煙 に語りかけた。
剣は嬉 しそうにキラキラしてた。そして、もしそれが可能やったら、くねくね身をよじりそうな声色 で、水煙 は答えてたわ。
ええねんジュニア、そんなんしてくれへんでも。俺は別に、日用 の道具扱 いで不満はない。
せやけど欲 を言えば、いっつも身に帯 びてくれてるほうが俺は嬉 しい。なんやったら抱いて寝てくれてもええし。アキちゃんも、たまにはそうしてくれてた。ジュニアもやってみるか、って。
やったらあかんから、そんなん。
ていうか水色宇宙系、お前という奴は、油断 も隙 もない。鉄格子 付きの神棚 買 うてこなあかん。普段はそこに居 れ。使うときだけ出してやるから。
図々 しいねん、抱いて寝てもらおうなどと。
それは俺様の位置やから。お前と3Pはやらへんで。やっても精々 、やるのは俺だけ、お前は見てるだけの我慢 プレイや。
そうやろアキちゃんて、俺はものすごい眼力 で見てた。
それにもアキちゃんは、全然気づいてへんかった。
ちょっと困ったように、顎 掻 いて、手に持ってる水煙 を、どうしようかなみたいな、照 れてんのを必死で押し隠 してる時の表情やった。
「剣抱いて寝るのって、アリなんですかね?」
そんなこと訊 くなっていう顔を、訊 かれた新開 師匠はしてた。
「いや、俺はしたことないけどな。普通はせんやろ、戦国武将やあるまいし。飛び起きて、すわ戦闘 、みたいなことやったらともかく、意味なく剣抱いて寝てたら、変態 やで」
そうや、師匠は今、ものすごええこと言うてはる。言うこときいとかなあかんで、アキちゃん。変態 なってまうんやで。
それはまずいと、アキちゃんも思ったらしい。なりたないからな、これ以上の変態 には。
「おかしいらしいわ……すまんけど、抱いて寝るのは、無しの方向でもええか」
神妙 な顔して水煙 に問うアキちゃんは、客観的に見てアホみたいやった。俺はそれから目を背 けた。
やめて。そんなん訊 かんと、自己判断で行 って。
なんで水煙 の尻 に敷 かれとるんや。そんなに気持ちよかったんか、今朝のディープキスが。
どうせ、そうなんや。水煙 も、めちゃくちゃ悦 かったっていう顔してた。この俺様の目の前で、ねっとりアキちゃんの舌吸いよってからに。
あいつ絶対、舌が性感帯。キスして舌絡 めたら、気持ちよくなるに違いないんや。
広い世の中、多感症で、キスするだけでイってまう奴もおるらしいで。俺はそこまでやないけど、広い宇宙や、そんな水色宇宙人もおるかもしれへんやん。
もしもそんな事になったら、アキちゃんあまりの衝撃 で、水色宇宙人とのディープキスにハマってまうかもしれへん。
それは駄目 。ぜったいにあかん。アキちゃんが俺以外のやつとキスするなんて、俺には許せへん。
しゃあないな、ジュニア、って、水煙 はアキちゃんに優しく答えてた。ほな、それの代わりに、時々でええから俺とまたキスしてって。
やっぱりな! 油断 も隙 もない。
それを聞いた俺は、壁際 でじたばたしそうになった。
新開 師匠も、それを聞いてもうたんか、ゲッフンゲフンなってたわ。
そらそうやろな。剣抱いて寝るのが変態 なんやったら、それとキスすんのはド変態 やろ。普通やらへんやろ。
「ちょっとそれは……ちょっとまた後で、相談しよか」
さすがにアキちゃんも、顔面蒼白 やった。
相談せんと、この場で即答 で断れ。断固として拒否しろ。なんで相談せなあかんねん。もう。
俺はほんまに、切 ないわ。アキちゃん。ひどすぎると思わへんか。俺にぶっ殺されても、文句言えへんよ。よくも相方 の見てる前で、地球外の外道 といちゃつけるもんやわ。
もう我慢 でけへんし。文句言うたろって思って、俺は憤然 と、壁にもたれてた身を起こした。邪魔すんなって言い渡 されてたけど、俺の我慢 にも限度 があるわ。
小夜子 さんが現れたのは、その時やった。新開 先生の奥さんや。新開 小夜子 。
明るい茶色に染 めた長い髪の毛を、くるっくるの巻き髪にして、きっちり束 ね、着物っぽい前合わせの襟 のカシュクールな白ブラウスには、ひらっひらのラッフルレースがてんこもり。そしてスカートはネイビーブルーのマリンルック。
神戸の女やで。大阪の女と違 うて、色味 は地味 やけど、どっか派手 やねん。華 があるというんか。
ものすごいマスカラ効 いてる、気合い入った睫毛 とか、美白 に命かけてますみたいな、桃 っぽい白いほっぺたにベビーピンクのチークとかな。
アキちゃんは見慣れぬそれを初めて見た時、奥さん、スカートに錨 と縄 ついてるって、ちょっと呆然 としてた。
見たことないんか、アキちゃん、マリンルックの神戸女を。世界が狭 すぎ。京都の女しか知らんなんて。別に知らんでええけど、永遠に。
「さあもうお稽古 終わりかしら。ケーキとお茶いかが。宝塚 ホテルのチョコシフォン、美味 しいから買っといたの」
ベルサイユ宮殿かみたいな金の取っ手がついた白いお盆 に、小夜子 さんはチョコレートクリームたっぷりのケーキを切り分けて乗せてきていた。めちゃめちゃ美味 そう。
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