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三都幻妖夜話(3)神戸編 2-8 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
2-8 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
16 / 928
2-8 トオル
余計
(
よけい
)
なお
世話
(
せわ
)
やで、アキちゃん。
髭
(
ひげ
)
かて若い頃は男前やったんかもしれへんやんか。 たとえブサイクでも、人間なんやで。何かの
奇跡
(
きせき
)
が起きて、それに
惚
(
ほ
)
れるやつもおるかもしれへんやん。 とにかく
理屈
(
りくつ
)
やないんやから、恋は。世の中の人間全部がお前みたいな
面食
(
めんく
)
いやないんや。 「えらい目に
遭
(
あ
)
ったで、
小夜子
(
さよこ
)
と結婚するときは。しばらく教会に通わされてやな、何や
訳
(
わけ
)
の分からん
神父
(
しんぷ
)
さんのお
説教
(
せっきょう
)
聞かされたわ。それから結婚式は教会で、
妙
(
みょう
)
な歌歌わされて、
延々
(
えんえん
)
の
聖書朗読
(
せいしょろうどく
)
やからな。俺は
神式
(
しんしき
)
でやりたかってん。それが結婚式というもんやろ、
本間
(
ほんま
)
」 同意を求める
新開
(
しんかい
)
師匠の
照
(
て
)
れ
隠
(
かく
)
しの
愚痴
(
ぐち
)
に、アキちゃんは
妙
(
みょう
)
な顔してた。考えたことなかったんやろ。結婚なんて。 それはこっちにとっては
微妙
(
びみょう
)
すぎる話で、できれば話題に出してほしくなかった。アキちゃんはもう一生、結婚はせえへん。ほんまに俺と永遠に付き合うつもりなんやったら。 そのことを考えてるのかどうか、アキちゃんは何となく、苦い顔やった。 「
師範
(
しはん
)
が……まさかタキシードか何か着たんですか。
羽織袴
(
はおりはかま
)
やのうて」 アキちゃんは真面目な苦い顔で、新開師匠にそう
訊
(
たず
)
ねた。師匠は、うっ、という顔をした。 「着たらあかんのか」 「いえ、そういう訳では。ただちょっと……」 アキちゃんは一瞬だけ口ごもった。言うたらあかんと思ったんやろ。でも結局、言わずにおれんかったんか、アキちゃんは続きを言うた。 「ただ、ちょっと、顔と服が
一致
(
いっち
)
せえへんような」 「なんやと。失礼なやつや。自分が男前やと思て、平気でそんなこと言いおってからに。お前なんか
竹刀
(
しない
)
でタコ
殴
(
なぐ
)
られて当然や」 何なら今からでも続きを自分がやろかみたいな態度で、師匠はぷんぷん怒り、
脇
(
わき
)
に置いてた
木刀
(
ぼくとう
)
を振り上げてた。それでも本気やなかった。アキちゃんは困った顔で笑ってた。
殴
(
なぐ
)
られてもしゃあないって、自分でも思うんやろか。それならなんで、そんな気まずいこと言うんやろ。 俺にはアキちゃんが、このオッサンに甘えてるように見えてしゃあない。 アキちゃんはきっと、
餓鬼
(
がき
)
の頃、
寂
(
さび
)
しかったんやろ。おかんと二人、別に何の不足もなかったんかもしれへんけど、それでも父親タイプに
飢
(
う
)
えてた。おとんみたいな強い男に、甘えてみたかったんやろ。 それが現実には、あんなおとん
大明神
(
だいみょうじん
)
やったからな。確かに、強いといえば強いかもしれへんけど、あまりにも常識を
逸脱
(
いつだつ
)
してた。アキちゃんの理想のおとんやなかったんやろ。
新開
(
しんかい
)
師匠と
小夜子
(
さよこ
)
さんの間には、子供がいない。せやから道場に通ってくる
餓鬼
(
がき
)
んちょが、息子の代わり。アキちゃんも
餓鬼
(
がき
)
のころには、その一人やったんやろ。
一悶着
(
ひともんちゃく
)
の後に別れたっきりやった師匠の道場の門を、気まずく
叩
(
たた
)
いたアキちゃんを、
新開
(
しんかい
)
師匠は
快
(
こころよ
)
く迎えた。でかくなったなあ
本間
(
ほんま
)
って、
懐
(
なつ
)
かしそうに。 アキちゃんにはそれが、内心ぐっときたんやろ。 そうでなきゃ、卒業制作とやらで
忙
(
いそが
)
しくなるらしい大学最後の夏を使って、神戸くんだりまで
足繁
(
あししげ
)
く通うはずがない。いくら
水煙
(
すいえん
)
のすすめや言うても、嫌やったんや、初めは。行きたくないって、そんな顔してたくせに、今じゃ週に二度、気が向けば三度通いやからな。 「まったく、俺に
偉
(
えら
)
そうな口きくのはな、俺から一本とれるようになってからにせえ」 空になったケーキ皿を
盆
(
ぼん
)
に放るように返して、
新開
(
しんかい
)
師匠はぼやくように説教をした。 「そうします」 苦笑して、アキちゃんは
頷
(
うなず
)
いてた。 「まったくなあ、甘いわ。冷たい麦茶かなんか無いんか、小夜子。この
糞暑
(
くそあつ
)
いのに、なんで熱い紅茶やねん。ケーキもええけど、かき氷とかスイカとか持ってきてくれ」 「そんなん、全然ロマンティックやないわ……」 小夜子さんは
口尖
(
くちとが
)
らせて、師匠にそう文句言うてた。師匠はそれに、
大仰
(
おおぎょう
)
なうんざり顔を作った。 「なにがロマンティックやねん。俺という
亭主
(
ていしゅ
)
がありながら、
宝塚
(
タカラヅカ
)
や、教会通いやって、しょうもないことに現抜かしおって。その上今度は、美形の神父がおるやと。もう行くな、教会なんか。やめてまえ。日本人は
神道
(
しんとう
)
!」 「ああ、私ったら、なんでこんな人と結婚してしまったんやろ。
本間
(
ほんま
)
君と話そ」 いややわあって首振りながら、小夜子さんはアキちゃんのほうに
膝
(
ひざ
)
詰めてた。
新開
(
しんかい
)
師匠はそれに、こら、みたいな怒り顔やったけど、それも本気やなかった。仲いい夫婦やねん。 アキちゃんにとってはそれは、一種の理想像やったんやろ。
羨
(
うらや
)
ましいなって、そんな目で見てた。 何が
羨
(
うらや
)
ましいんや、アキちゃん。 俺はそれについて、
詮索
(
せんさく
)
したくない。 「汗かいて気持ち悪いでしょう。お風呂使ってから帰るといいわ」 小夜子さんは、にこにこして、アキちゃんにそうすすめた。 それにアキちゃんは、いつもすみませんと答えた。 道場には簡単なシャワー室もあったけど、小夜子さんはアキちゃんにいつも、隣にある自宅の
檜風呂
(
ひのきぶろ
)
を使わせていた。
風呂桶
(
ふろおけ
)
は
檜
(
ひのき
)
で純和風やのに、それに、ものすご洋風のシャワーが
併設
(
へいせつ
)
されてる、この夫婦のせめぎあう世界観が
凝縮
(
ぎょうしゅく
)
されたような風呂や。 小夜子さんが、
湯加減
(
ゆかげん
)
いかがって、それにかこつけて風呂を
覗
(
のぞ
)
くというんで、俺はいつも見張りに立たされてた。 お前もいっしょに入ろうか、なんて、そんな優しい話は出たことがない。まあ、出るわけないんやけど、統計的に見て、アキちゃんの場合。 今回もそれは
類型
(
るいけい
)
パターンを
踏
(
ふ
)
み
外
(
はず
)
さず、アキちゃんはひとりで
檜風呂
(
ひのきぶろ
)
に
浸
(
つ
)
かり、俺は
脱衣所
(
だついじょ
)
で見張りに立たされ、中を
覗
(
のぞ
)
きたい小夜子さんを
牽制
(
けんせい
)
するのに忙しかった。
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椎堂かおる
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