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三都幻妖夜話(3)神戸編 2-10 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
2-10 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
18 / 928
2-10 トオル
嫌
(
いや
)
なんか。なんで
嫌
(
いや
)
やねん、この野郎。 「悩んでんのか、何か、また」 「悩んでる」 不安そうに
訊
(
き
)
いてきたアキちゃんに、俺は怒って答えた。それに息を
呑
(
の
)
む気配がした。 「今朝のこと、まだ怒ってんのか」 「怒ってないわけあらへん。あれで、うやむやか。それでもええけど……」 ええわけあらへん。 そう思いながら、それでも俺は
我慢
(
がまん
)
しようと思ってた。 何や、えらい話やった。
水煙
(
すいえん
)
様が、のんきにも、道場には行けと言わはるもんで、こんなとこまでのこのこ来たが、今朝の地震みたいなもんは、えらいもんの始まりらしい。それをどないするんか、まだ全然なにも決まってない。話してさえいない。 アキちゃん、また何か、どえらいことに巻き込まれるんかな。 そんな今、俺は
我
(
わ
)
が
儘
(
まま
)
言うてる場合やない。今度こそドジ
踏
(
ふ
)
まんようにして、アキちゃん助けてやらなあかん。お前じゃ不足やって、おとん
大明神
(
だいみょうじん
)
が思ったら、俺ってどうなるんやろ。 不足があったら他の式神をアキちゃんに探させるって、おとん言うてたやんか。あれって、ほんまの話なんか。
水煙
(
すいえん
)
の話では、アキちゃんのおとんには、常に十五、六は式神が
憑
(
つ
)
いてたらしいわ。水煙みたいのが、両手の指では足らん数、せめぎ合うような世界やで。 俺はその中で、何番目。俺って、どのくらい強いんやろ。そんなの、考えたこともない。 とりあえず、
水煙
(
すいえん
)
よりかは弱いことは確実やねん。
年期
(
ねんき
)
が違う。強い奴がええわって、アキちゃんが思ったら、
水煙
(
すいえん
)
に勝たれへん。 アキちゃんが俺を好きなのは、ただ好きなだけ。恋してるだけ。 そのアキちゃんが、一人前の
覡
(
げき
)
に成長した時、どういう目で俺を見るやろ。こんな使えないやつ
要
(
い
)
らんわって、思われたらどうしよう。 俺はつらい。それを思うと、つらくてたまらん。 「何があったんや」
情
(
なさ
)
けなそうに、アキちゃんは俺に
訊
(
き
)
いてきた。エンジンかけようとして、
挿
(
さ
)
した
鍵
(
かぎ
)
にやった手が宙ぶらりんやった。 「
水煙
(
すいえん
)
が、俺にときどきは目をつぶれって言うたわ。そうして欲しいか、アキちゃん。たまには他のともやりたいか。俺は
迷惑
(
めいわく
)
か。アキちゃんの足を引っ張ってるやろか。
迷惑
(
めいわく
)
なんやったら俺は……」
黙
(
だま
)
れというように、アキちゃんは怒った顔をして、俺の口を手で
塞
(
ふさ
)
いだ。 それから、うつむきがちに深いため息をひとつついて、シートに手をかけ、後部座席を
覗
(
のぞ
)
き込んだ。そこに転がされてた、
水煙
(
すいえん
)
を。 「
水煙
(
すいえん
)
」 アキちゃんは早口に呼びかけた。それでも剣は
黙
(
だんま
)
りやった。 「
水煙
(
すいえん
)
、聞こえてるんやろ。返事せえ」 どう聞いても怒ってる声で、アキちゃんはイライラ呼んだ。 それからしばらく
水煙
(
すいえん
)
は
黙
(
だま
)
ってたけど、やがて
億劫
(
おっくう
)
そうに答えた。 なんや、ジュニア、と。 その何でもない返事に、アキちゃんはどうも、マジ切れしたらしかった。 「誰がジュニアや。ふざけんな。なんでお前は
亨
(
とおる
)
に変なこと言うねん。俺に
隠
(
かく
)
れてこそこそすんな。言うてるやろ、いつも。俺はこいつの他に、
式
(
しき
)
は持たへん。それはもう、とっくの昔に終わった話やろ」
水煙
(
すいえん
)
に
怒鳴
(
どな
)
ってるようなアキちゃんの話で、俺は悪どい宇宙人が、アキちゃんにも浮気のすすめをしていることを知った。 アキちゃんはそれを
何遍
(
なんべん
)
、断ってんのやろ。
水煙
(
すいえん
)
は、なにも返事してこんと、
黙
(
だま
)
り込んでいた。 俺はその沈黙の意味について考えてた。なんでこいつは、俺とアキちゃんの
仲
(
なか
)
を、
割
(
さ
)
こうとするんやろ。 まさかそれが、おとん大明神のご命令なんか。 それともこいつ、アキちゃんが好きなんか。おとんのほうやのうて、ジュニアのことも、割と本気で。 そういえば今朝、風呂場で抱っこされてた時、
水煙
(
すいえん
)
はアキちゃんのことを、アキちゃんと呼んだ。 あれは、わざとか。それとも、口が
滑
(
すべ
)
ってもうたんか。 アキちゃんは、
水煙
(
すいえん
)
には
油断
(
ゆだん
)
してる。こいつはおとんが好きなんやって信じてて、ノーガードなんやで。それで今朝もあんなことに。 せやけど、ほんまに、こいつはアキちゃんのおとんが好きなんかな。好きなんやろけど、こいつは代々の
秋津
(
あきつ
)
家の当主に
憑
(
つ
)
いてたんやろ。その
代替
(
だいが
)
わりの時期、前のから今のへ、どうやって乗り
換
(
か
)
えてきたんや。 別れてすぐには、忘れられへん。それでもいつかは乗り
換
(
か
)
える。そういうのにこいつは、
慣
(
な
)
れてるんとちがうんか。 お前にとっては何人も何人もいた
秋津
(
あきつ
)
の
跡取
(
あとと
)
りの一人なんやろけどな、俺にとってはアキちゃんはこの世にひとりだけやで。その俺と張り合おうなんて、ちょっと甘いんやないですか。 いくら
年期
(
ねんき
)
を
積
(
つ
)
んでるいうても、お前は見たとこ使える
穴
(
あな
)
もないような、キスしただけでめろめろの、
初心
(
うぶ
)
な宇宙人やないか。 キスだけやったら俺のが
上手
(
うま
)
いで。アキちゃん、それに
慣
(
な
)
れてるし。俺のほうが
断然
(
だんぜん
)
ええわって言うてたで。 アキちゃんは何も答えない剣に、ほとほと
困
(
こま
)
ったみたいな顔して、もう何て言えばええやらと、考えあぐねてるようやった。 ああもう
困
(
こま
)
ったっていう難しい顔でハンドルのほうに向き直って、アキちゃんは、はあ、と長いため息をついた。 「
頼
(
たの
)
むから、お前ら仲良くしてくれよ。
喧嘩
(
けんか
)
せんと、やっていかなあかんのやで。そういう話やったんと違うんか、
水煙
(
すいえん
)
。おとんはそう言うてたで」 ぼやくアキちゃんにも、
水煙
(
すいえん
)
は無反応やった。 その沈黙に、アキちゃんはまるで
呻
(
うめ
)
くような息をついて、ハンドルに
額
(
ひたい
)
を
擦
(
す
)
り寄せ
縋
(
すが
)
り付いてた。 どしたんや、アキちゃん。何がつらいんや。 「
水煙
(
すいえん
)
……お前はええかげん、俺のことをジュニアって呼ぶのはやめろ。そんなにおとんがええんやったらな、もう帰れ。俺は俺で、自分が使える剣を探すし、そんなもん、元々必要ないねん。俺は絵描きになるんや、剣なんか要らん。口を開けばお前は
秋津
(
あきつ
)
の家がどうのこうのって、そんな話ばっかりや。そんな話しかせえへんのやったらな、もう
黙
(
だま
)
っとけ。おかしいやろ、剣が口きくなんて。そんなん、ありえへん……」 アキちゃんそれは、言いすぎやないか。 俺は黙って聞いてたけど、内心そう思ってた。いくらなんでもちょっと、
可哀想
(
かわいそう
)
やろ。
水煙
(
すいえん
)
はそれに、何も答えへんかった。まるでただの剣になったみたいに、固く
沈黙
(
ちんもく
)
してた。
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椎堂かおる
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