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2-10 トオル

 (いや)なんか。なんで(いや)やねん、この野郎。 「悩んでんのか、何か、また」 「悩んでる」  不安そうに()いてきたアキちゃんに、俺は怒って答えた。それに息を()む気配がした。 「今朝のこと、まだ怒ってんのか」 「怒ってないわけあらへん。あれで、うやむやか。それでもええけど……」  ええわけあらへん。  そう思いながら、それでも俺は我慢(がまん)しようと思ってた。  何や、えらい話やった。水煙(すいえん)様が、のんきにも、道場には行けと言わはるもんで、こんなとこまでのこのこ来たが、今朝の地震みたいなもんは、えらいもんの始まりらしい。それをどないするんか、まだ全然なにも決まってない。話してさえいない。  アキちゃん、また何か、どえらいことに巻き込まれるんかな。  そんな今、俺は()(まま)言うてる場合やない。今度こそドジ()まんようにして、アキちゃん助けてやらなあかん。お前じゃ不足やって、おとん大明神(だいみょうじん)が思ったら、俺ってどうなるんやろ。  不足があったら他の式神をアキちゃんに探させるって、おとん言うてたやんか。あれって、ほんまの話なんか。  水煙(すいえん)の話では、アキちゃんのおとんには、常に十五、六は式神が()いてたらしいわ。水煙みたいのが、両手の指では足らん数、せめぎ合うような世界やで。  俺はその中で、何番目。俺って、どのくらい強いんやろ。そんなの、考えたこともない。  とりあえず、水煙(すいえん)よりかは弱いことは確実やねん。年期(ねんき)が違う。強い奴がええわって、アキちゃんが思ったら、水煙(すいえん)に勝たれへん。  アキちゃんが俺を好きなのは、ただ好きなだけ。恋してるだけ。  そのアキちゃんが、一人前の(げき)に成長した時、どういう目で俺を見るやろ。こんな使えないやつ()らんわって、思われたらどうしよう。  俺はつらい。それを思うと、つらくてたまらん。 「何があったんや」  (なさ)けなそうに、アキちゃんは俺に()いてきた。エンジンかけようとして、()した(かぎ)にやった手が宙ぶらりんやった。 「水煙(すいえん)が、俺にときどきは目をつぶれって言うたわ。そうして欲しいか、アキちゃん。たまには他のともやりたいか。俺は迷惑(めいわく)か。アキちゃんの足を引っ張ってるやろか。迷惑(めいわく)なんやったら俺は……」  (だま)れというように、アキちゃんは怒った顔をして、俺の口を手で(ふさ)いだ。  それから、うつむきがちに深いため息をひとつついて、シートに手をかけ、後部座席を(のぞ)き込んだ。そこに転がされてた、水煙(すいえん)を。 「水煙(すいえん)」  アキちゃんは早口に呼びかけた。それでも剣は(だんま)りやった。 「水煙(すいえん)、聞こえてるんやろ。返事せえ」  どう聞いても怒ってる声で、アキちゃんはイライラ呼んだ。  それからしばらく水煙(すいえん)(だま)ってたけど、やがて億劫(おっくう)そうに答えた。  なんや、ジュニア、と。  その何でもない返事に、アキちゃんはどうも、マジ切れしたらしかった。 「誰がジュニアや。ふざけんな。なんでお前は(とおる)に変なこと言うねん。俺に(かく)れてこそこそすんな。言うてるやろ、いつも。俺はこいつの他に、(しき)は持たへん。それはもう、とっくの昔に終わった話やろ」  水煙(すいえん)怒鳴(どな)ってるようなアキちゃんの話で、俺は悪どい宇宙人が、アキちゃんにも浮気のすすめをしていることを知った。  アキちゃんはそれを何遍(なんべん)、断ってんのやろ。  水煙(すいえん)は、なにも返事してこんと、(だま)り込んでいた。  俺はその沈黙の意味について考えてた。なんでこいつは、俺とアキちゃんの(なか)を、()こうとするんやろ。  まさかそれが、おとん大明神のご命令なんか。  それともこいつ、アキちゃんが好きなんか。おとんのほうやのうて、ジュニアのことも、割と本気で。  そういえば今朝、風呂場で抱っこされてた時、水煙(すいえん)はアキちゃんのことを、アキちゃんと呼んだ。  あれは、わざとか。それとも、口が(すべ)ってもうたんか。  アキちゃんは、水煙(すいえん)には油断(ゆだん)してる。こいつはおとんが好きなんやって信じてて、ノーガードなんやで。それで今朝もあんなことに。  せやけど、ほんまに、こいつはアキちゃんのおとんが好きなんかな。好きなんやろけど、こいつは代々の秋津(あきつ)家の当主に()いてたんやろ。その代替(だいが)わりの時期、前のから今のへ、どうやって乗り()えてきたんや。  別れてすぐには、忘れられへん。それでもいつかは乗り()える。そういうのにこいつは、()れてるんとちがうんか。  お前にとっては何人も何人もいた秋津(あきつ)跡取(あとと)りの一人なんやろけどな、俺にとってはアキちゃんはこの世にひとりだけやで。その俺と張り合おうなんて、ちょっと甘いんやないですか。  いくら年期(ねんき)()んでるいうても、お前は見たとこ使える(あな)もないような、キスしただけでめろめろの、初心(うぶ)な宇宙人やないか。  キスだけやったら俺のが上手(うま)いで。アキちゃん、それに()れてるし。俺のほうが断然(だんぜん)ええわって言うてたで。  アキちゃんは何も答えない剣に、ほとほと(こま)ったみたいな顔して、もう何て言えばええやらと、考えあぐねてるようやった。  ああもう(こま)ったっていう難しい顔でハンドルのほうに向き直って、アキちゃんは、はあ、と長いため息をついた。 「(たの)むから、お前ら仲良くしてくれよ。喧嘩(けんか)せんと、やっていかなあかんのやで。そういう話やったんと違うんか、水煙(すいえん)。おとんはそう言うてたで」  ぼやくアキちゃんにも、水煙(すいえん)は無反応やった。  その沈黙に、アキちゃんはまるで(うめ)くような息をついて、ハンドルに(ひたい)()り寄せ(すが)り付いてた。  どしたんや、アキちゃん。何がつらいんや。 「水煙(すいえん)……お前はええかげん、俺のことをジュニアって呼ぶのはやめろ。そんなにおとんがええんやったらな、もう帰れ。俺は俺で、自分が使える剣を探すし、そんなもん、元々必要ないねん。俺は絵描きになるんや、剣なんか要らん。口を開けばお前は秋津(あきつ)の家がどうのこうのって、そんな話ばっかりや。そんな話しかせえへんのやったらな、もう(だま)っとけ。おかしいやろ、剣が口きくなんて。そんなん、ありえへん……」  アキちゃんそれは、言いすぎやないか。  俺は黙って聞いてたけど、内心そう思ってた。いくらなんでもちょっと、可哀想(かわいそう)やろ。  水煙(すいえん)はそれに、何も答えへんかった。まるでただの剣になったみたいに、固く沈黙(ちんもく)してた。

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