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三都幻妖夜話(3)神戸編 2-12 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
2-12 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
20 / 928
2-12 トオル
可哀想
(
かわいそう
)
やん、痛い目あわされて。治してやらなって、それがご
都合
(
つごう
)
な言い訳で、単に俺は本能的に、アキちゃんの血を吸いたいだけやった。 アキちゃんまた、よそ見してるわ。おかんとか、
水煙
(
すいえん
)
とか、
可哀想
(
かわいそう
)
な犬とか、そんなんばっかり。俺だけを見てくれへん。
呪縛
(
じゅばく
)
が切れてんのとちゃうか。他のは
皆
(
みんな
)
もうちょっと、俺に
夢中
(
むちゅう
)
でいたけどな。 なんでアキちゃんにはそれが、今イチ
効
(
き
)
かへんのやろ。もしかしてアキちゃんが、強い力を持った
覡
(
げき
)
やから、俺では
籠絡
(
ろうらく
)
できんのか。 それじゃあ、あれか。
正攻法
(
せいこうほう
)
で行かなあかんのか。何の力もないただの人みたいに、俺を愛してくれって、信じて待つしかないんかな。 そうなんやってもう分かってるのに、俺は
怖
(
こわ
)
い。そんなのやったことない。 とっつかまえた
下僕
(
げぼく
)
には、
脳
(
のう
)
の
髄
(
ずい
)
まで
蕩
(
とろ
)
けるような、強い
呪縛
(
じゅばく
)
をかけるもの。 俺の
牙
(
きば
)
には
毒
(
どく
)
があって、ひと
噛
(
か
)
みすれば
効
(
き
)
いてくる。
大抵
(
たいてい
)
それでいいはず。 一度で足りなきゃ、もう一回。それで無理なら、もう一回。
毒
(
どく
)
がほどほど
効
(
き
)
いてきて、うっとり俺を見るようになれば、後はもう放置でええわって、そういう
仕組
(
しく
)
みのはず。 それやのにアキちゃんは、何回
噛
(
か
)
みついて、これでもかって血吸うてやっても、けっこう平気な顔してる。ちょっと気持ちいい程度らしい。 それは
癖
(
くせ
)
になるよな
愉悦
(
ゆえつ
)
ではあるけど、アキちゃんにとってはもう、
日常茶飯事
(
にちじょうさはんじ
)
やから。 今も血を吸う俺が、自分の
掌
(
てのひら
)
を
撫
(
な
)
でるのを、苦痛のような、うっとりした目で見てる。ただそれだけ。いつもはそれだけ。 でも今日は、手首の傷に
牙
(
きば
)
を立てて、流れ出る血を
舐
(
な
)
めてる俺の体をそのまま抱いてきて、アキちゃんは暑い夏の車内の閉め切った温度の中で汗をかき、
朦朧
(
もうろう
)
としたような金色の目で俺を見た。 ため息ついてるアキちゃんの唇が、薄く開いた奥に、
異様
(
いよう
)
に
鋭
(
するど
)
い
犬歯
(
けんし
)
があるのを、俺は見上げた。 助手席のシートに押しつけられた俺の首筋に、アキちゃんが少し
躊躇
(
ためら
)
うみたいに、ただ唇を押し当ててくるのを、うっとり目を
伏
(
ふ
)
せて感じ、その時を待った。 アキちゃんはいつも、俺の血を吸うのを
我慢
(
がまん
)
してるらしい。 ほんまは吸いたいけど、その必要がないと、アキちゃんは思ってる。 俺は
精気
(
せいき
)
を吸わんと生きられへん。せやから
精気
(
せいき
)
の
源
(
みなもと
)
をアキちゃんの血に求めるけど、アキちゃんには多分その必要がない。 だから
吸血
(
きゅうけつ
)
したい欲は
無駄
(
むだ
)
で、
浅
(
あさ
)
ましいと思うらしい。 そうかもしれへん。でも、ええやん、別に。
浅
(
あさ
)
ましく、俺を
貪
(
むさぼ
)
り
食
(
く
)
うてくれ。 背を押して
促
(
うなが
)
すと、アキちゃんは初めは甘く、俺の首筋に
牙
(
きば
)
を押し当てた。やり方知らへんわけやない。何回かは
辛抱
(
しんぼう
)
堪
(
たま
)
らず吸うたことある。 夜中に抱き合うてるときに、めちゃめちゃ
燃
(
も
)
えると、アキちゃんは
我慢
(
がまん
)
できんようになって、俺の血を吸う。 それはほんまにヤバい、
人外
(
じんがい
)
ならではの
悦
(
よ
)
さや。 せやけど吸われる一方やと俺もほんまに
昇天
(
しょうてん
)
しかけるから、甘く浮き出た
静脈
(
じょうみゃく
)
のどこかから、アキちゃんの血をもらう。 吸うのも吸われるのも、めちゃくちゃ気持ちいい。 この時も、一気に
突
(
つ
)
き立てられた
牙
(
きば
)
の痛みに、俺は期待を込めて
喘
(
あえ
)
ぐような悲鳴やった。
搾
(
しぼ
)
り取られる感覚に、くらりと
目眩
(
めまい
)
がきて、俺はシートを
掴
(
つか
)
み、アキちゃんの手首の血の
滴
(
したた
)
りを吸った。 ものすごく甘い、骨の
髄
(
ずい
)
まで甘く
蕩
(
とろ
)
かすような味や。今までに吸ったことある、どんな相手の血より甘い。 アキちゃんて、車で抱いてって
頼
(
たの
)
んでも、アホかって言うて相手にせえへんのに、血を吸うのはええんや。 なんで。 車でセックスするのは
破廉恥
(
はれんち
)
やけど、吸血するのはそうでもないんか。キスするのに毛が生えたようなもん?
果
(
は
)
たしてそうかなっていうレベルの気持ちよさやけど。 それとも単に、アキちゃんも俺と同じで、
我慢
(
がまん
)
でけへんかっただけか。 そうやといいけど。 ああもう俺は死ぬ。
悦
(
よ
)
すぎて気が遠くなってきた。もうやめなあかん。 甘く
呻
(
うめ
)
いて、それをアキちゃんに教えると、はっとしたようないつものノリで、アキちゃんは
慌
(
あわ
)
てて
牙
(
きば
)
を抜いた。それでまだ
塞
(
ふさ
)
がってなかった
牙
(
きば
)
の傷から血が流れたんやろ。 アキちゃんはそれを、熱い舌で
舐
(
な
)
めた。 甘いような味がするらしい。俺が感じてるのと同じで。もったいないって思うらしい。 まだどこか
夢中
(
むちゅう
)
で、アキちゃんの手首から
貪
(
むさぼ
)
ってる俺のことを、アキちゃんは細めた金色の目で見下ろしてきた。 アキちゃん
美味
(
うま
)
いって必死になってて、俺はどうもお
行儀
(
ぎょうぎ
)
が悪い。
唇
(
くちびる
)
が血まみれに。 アキちゃんはそれを見て、
可笑
(
おか
)
しかったんか、それとも
気恥
(
きは
)
ずかしかったんか、自分の口を
拭
(
ぬぐ
)
って
汚
(
よご
)
れてないか確かめつつ、
淡
(
あわ
)
い苦笑のような笑みやった。 さすがにたらふく食いすぎかと、俺は反省して、
牙
(
きば
)
を引き抜き、そこに
溢
(
あふ
)
れた血を
舐
(
な
)
めた。 そして口元を
濡
(
ぬ
)
らした血を舌なめずりして
貪
(
むさ
)
る俺から、アキちゃんは目を
背
(
そむ
)
けてた。これが何や、エロくさくて
恥
(
は
)
ずかしいんやって。 アキちゃんの手首の、師匠にボコられた傷はもう、すっかりどこかに消えていた。 俺が治してやったんやで。俺は病気や
怪我
(
けが
)
に
効
(
き
)
く。
毒
(
どく
)
もあるけど薬にもなる。そういう
有
(
あ
)
り
難
(
がた
)
い
蛇神様
(
へびがみさま
)
やからな。アキちゃんの感じてた
痛痒
(
つうよう
)
は、俺が全部吸い取っておいてやった。 「アキちゃん、めちゃめちゃ
悦
(
よ
)
かった。もう一個の方の気持ちええこともしたい。はよ帰ろ」 甘える口調で俺が
頼
(
たの
)
むと、アキちゃんは苦しそうな顔をした。 アホかって怒らへんかった。
効
(
き
)
いてる。俺の
毒
(
どく
)
が。 それとも抱き合って
貪
(
むさぼ
)
り合う熱が、アキちゃんも
蕩
(
とろ
)
かしたんか。どろどろに。 「暑い」 ため息まじりの熱い口調で、アキちゃんは言い、どう見ても
照
(
て
)
れ
隠
(
かく
)
しと思える
仕草
(
しぐさ
)
で車のエンジンをかけた。 エアコンかけようって、思ったらしい。すぐには車を出さへんかった。
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椎堂かおる
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