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2-13 トオル
「ついでやから、キスしよか、亨 」
ついでやしって、アキちゃんは照 れながら言うてた。
俺はそれに同意した。ここまで来たら一緒やろ。
新開 師匠の道場のガレージは、木戸 で蓋 してあったし、それにその気になればアキちゃんは目隠 し用の結界 も張 れる。
そんなことせえへんでも、鬱蒼 と茂 る酔芙蓉 の木が、もう夕方やと告 げるピンクの花を無数に咲かせて目隠 ししてた。恥 じらう色に酔 っぱらい、ふわりと解 けたように咲いている。
そこでアキちゃんは俺に、貪 るようなキスをした。
それが気持ちよすぎて切 なくなって、俺ははあはあ喘 ぐ息やった。
水煙 はそれを聞いてたやろ。すぐ後 ろにいたんやから。
アキちゃんてほんまに無節操 。夢中 になってくると、そういうことが頭からポカーンと抜けてまうらしい。
でも、ほんまはそれは嘘 やないかと俺は時々思う。アキちゃんはそれを、実はわざと見せてるんやないかって。
以前は実家でやるときに、声を堪 えろって俺に頼 んだのに、水煙 がすぐ隣 の居間 にいてるって分かってても、毎晩やるとき俺が喘 ぐのを、アキちゃんはぜんぜん気にしてへんみたいやった。
たぶんな、あてつけやねん。無意識に。俺は性能 ええよって、見せつけて誘 ってる。それはアキちゃんの本能 やねん。
段々それに、最近目覚めてきたんとちゃうか。それとも、いけない蛇 の血を舐 めて、誰か聞いてる、気持ちええわあって、どこかで思える境地 に至 ったんかな。
いや、アキちゃんに限 って、それはないな。恥 ずかしがりやねん。
ほな、つまり、これは水煙 様へのあてつけや。アキちゃんはよっぽど、おとんが憎いらしい。
俺よりおとんがええわっていう奴 に、目にもの見せてくれようぞ、って、そんなとこやろ。面白い。
ほんならこれも、怒られへんやろ。
アキちゃんすごい、蕩 けそうやって、キスされながら俺は教えた。
抱いて、って、その肝心 なところを服の上から撫 でてやると、アキちゃんは苦しそうにため息ついた。
そして、それは無理やって言った。
そりゃそうやろ。うん、やろかとは言わへんわ。そんなん初めから分かってるしな。
それでも欲しいと、俺は誘 った。俺の指の意地 の悪さに、アキちゃんはため息ついてた。
ようく見とけよ、宇宙系。地球では欲しいとき、主にこうやって誘 うんや。
お前のはぬるい。俺の足下 にも及 ばない。
だいたいアキちゃんみたいな奥手 なやつが、普通に誘 って、はいそうですかって来るわけないやろ。百年かかるわ。
「アキちゃん、はよ帰ろ。キスもええけど、ベッドでめちゃくちゃ突 いてほしい」
「何回目やねん、お前……頭おかしなる」
なんとか拒 もうという、やる気のない手で、アキちゃんは俺の手を払いのけようとしてた。それでも、やっていいなら今やりたいっていう感じやったで。
「どうせもう、おかしいねん。毎日、悦 すぎて脳みそ沸 いてる。アキちゃん欲しい。俺の中で気持ちよくなってくれ。家まで我慢 できへんか。今すぐここで舐 めたろか。俺、上手 いやろ。最高にいいって、アキちゃんいつも言うてるやん。いっぱい飲ませて、いつもみたいに」
「何言うとんねん亨 、ちょっとほんまに勘弁 してくれ」
幻惑 されるのを通り越 して、アキちゃんは焦 ってた。誰か聞いてたらどうすんねんて、とうとう思ったらしかった。
それで慌 てて念のため、車に結界 張るのが何となく気配 でわかったが、それも車内にいる相手には関係あらへん。
「舐 めよう、ちょっとだけ。味見 だけ。実は俺、口ん中も感じるねん」
「嘘 やろ、そんなん……」
まだ残る牙 を見せて俺が微笑 むのを、アキちゃんは想像を絶 してるという顔で見てた。そんなもん、見たことないっていう顔やった。
俺はそれに、ちょっと安心した。水煙 の口に突っ込んだわけやないんや。だってこいつ他に入れるとこないやん。
「ほんまやで。ちょっとだけ。頑張 って毎日鍛 えれば、お口に突っ込むだけで、めちゃめちゃ悦 いわって、イくようになるかもしれへん。調教 してみるか、ご主人様」
「いや、いいわ、それは。遠慮 しとく」
興味 ないわって青い顔を、アキちゃんはしてた。
全く興味 ないわけやないやろ。男の子やねんから。
せやけどそれには問題がある。アキちゃん独自 のな。
「あかんか、それは。普通でないにもほどがある?」
アキちゃんはそれに、曖昧 に頷 いてた。
いやあ案外 好きかもしれへん。そんな葛藤 もない交 ぜか。
危 ない危 ない。照れ屋でよかった。ほなやろかっていう男やのうて助かりましたわ。
「ほなしゃあない。いつも通りやろか。今朝のやつ悦 かったわ。それでなくてもアキちゃんの好きなのでええよ。どれでやってもめちゃくちゃ感じるから。俺らほんまに相性 ええなあ。まるで専用お誂 え品 みたいやわ」
「お前、変やないか、今。ちょっと言いすぎ……」
はよ逃げようって、そんなノリで、アキちゃんはギアをバックに入れてアクセル踏 んでた。
ガレージの木戸 はまだ、開いてへんかった。自動ドアやないで。手で開ける、極 めて原始的な扉 やで。
「アキちゃん、俺、アキちゃんに抱いてもらってる時がいちばん幸せなんやで。ずっと俺の中に居 ってほしい。それがいちばん幸せやねん」
ギアを握 ってるアキちゃんの手に自分のを重ねて、俺はにこにこ満面 の笑 みで教えた。
アキちゃんはその俺と向き合って、変な顔してた。なんや気色悪 いみたいな。
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