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2-14 トオル

 俺はそういう()みやったかもしれへんな。ちょっと、悪い本性(ほんしょう)出てたかも。  ごめんな、アキちゃんに言うてるんやないねん。これも一種の言葉責め。  苦しいやろ、水煙(すいえん)。お前には、そんな芸当(げいとう)とても無理。  アキちゃんに抱いて寝てもらおうなんてな、そんなん無理やねん、お前には。  お顔の綺麗(きれい)さだけに集中しすぎ。お顔なんか見えへんで、電気消してもうたら。  もっと愛される肉体作りに、精力(せいりょく)(かたむ)けるべきやったな。せめてアキちゃん好みの白肌(しろはだ)系で()めるべきやった。  ご神刀(しんとう)やって(あが)(たてまつ)られて、うっかりしてたな。  俺みたいに苦労してる子のほうが、色々(いろいろ)分かってんのよ。 「アホなこと言うとらんで、ドア開けてくれへんか」  白いペンキで()られた、若干(じゃっかん)ロマンティックな小夜子(さよこ)ワールドのガレージドアを視線で()して、アキちゃんは俺に(たの)んだ。  俺は上機嫌(じょうきげん)で、そのドアに小さく指を()ってみせた。  それでドアはがらがらと、大人しく俺のいうことを聞いて開いた。  俺にとってはどんな(とびら)も自動ドア。開けゴマでなんでも開く。アキちゃんのマンションと、嵐山(あらしやま)の実家の戸は別にして。  ほんまは俺って、すごいんやで。あんまり見せてないだけで。  アキちゃんはそれを見て、うっとなってた。 「……誰か見てたらどないすんねん」  (おどろ)いてるらしいのに、口を()いて出るのはそれや。それでも俺は上機嫌(じょうきげん)やった。 「見てへん見てへん、はい出発」  号令(ごうれい)かける俺に、アキちゃんは(あき)(がお)やった。  せやけど結局(けっきょく)ノーコメントで、俺のシートに腕かけて、車体後部を見ながらバックで車出してた。  出ていく車の後部座席で、ほったらかしになっていたアキちゃんの携帯が鳴っていた。メール着信らしかった。(めずら)しいな、メール来るなんて。  アキちゃん、メールやでって、俺は教えてやった。見てもええか。運転中やし、俺が代わりに見てやろかって()くと、そうしてくれとアキちゃんは言うた。  新開(しんかい)師匠の道場の、ガレージ出てすぐの道は(せま)くて、アキちゃんは車庫出しのハンドル(さば)きのほうに気をとられてたんやろ。  それでも見られてまずいメールが来るなら、見るなって言うたはず。  そうやねん。俺は時々、アキちゃんの通信記録をチェックしてるよ。夏のあの一件以来、気をつけてますねん。検閲(けんえつ)してる。  アキちゃんはそれを、もちろん知ってか知らずやろ。  実は知ってて、もう一台、内緒(ないしょ)の携帯持ってるかもって?  それはないわ。その卑怯(ひきょう)さに、アキちゃんは()えられへん男。意図(いと)して俺を裏切りはせえへん。  後部座席にある携帯をとるふりをして、俺はシートに鎮座(ちんざ)している水煙(すいえん)様をつつこうとした。せやけど俺の手には、なんにも(さわ)らへんかった。  目で見れば、そこには確かに、おとんの形見(かたみ)のサーベルが横たわってたけど、(さわ)ろうとしても指が()れへん。(まぼろし)みたいに、指が()()けてまうんや。  こいつは元々、実体がない。せやから(まぼろし)みたいなもんやったんやろけど、現実にそこにあるものやった。  それでも俺には(さわ)らせへんかった。アキちゃんにしか(さわ)られたくないらしい。  ええ根性(こんじょう)しとるわ。俺がお前に(さわ)れるのは、お前がキレて俺を()そうって時くらいかな。  でもそれも無理。誰かが(にぎ)って()るわん限り、水煙(すいえん)はぴくりとも動けへん。  ざまあみろやで、宇宙系。  俺は(さわ)れへんなりに、水煙(すいえん)をこちょこちょしてやった。それでも奴は(だんま)りや。もうぐうの()も出えへんのやろ。  お気の毒やなあ。アキちゃんには、秘密にしといてやるわ。  アキちゃん(にぶ)いから、お前が怒ったかスネたかして、ストライキでもしてるんやと思うやろ。そして、そのうち(あきら)めて、愛想(あいそう)つかされるがええわ。  ゴメンネ。(とおる)ちゃん悪い子で。  でももう、俺は油断(ゆだん)せえへんで。お前も敵やと分かったからには。これを好機(こうき)と付け込ませて(もら)うわ。  お前が悪いんやで、俺を出し抜こうなんて、そんなアホなこと考えるから。  大人しく引っ込んで、俺のお友達で()ってくれたらええのに。  必死の俺をなめやがって。殺さなあかんようになるやないか。  車は快調に国道に出た。  京都とは違う六甲山系(ろっこうさんけい)山並(やまな)みが、街の北に延々(えんえん)と続いていた。  青空を背景にした清涼感(せいりょうかん)のある景色(けしき)やった。  その山麓(さんろく)から続く傾斜(けいしゃ)した街並(まちな)みが、ずっと南の海岸沿いまで続く。道はそれと並行(へいこう)して、ひたすら続いていく。  高速乗るまで地道(じみち)をドライブ。  神戸の道はええわ、ほどほど流れてて、街並(まちな)みもどことなく整頓(せいとん)されてる。  せやけどちょっと前には、この街は地震(じしん)()()(かえ)ったんやで。阪神高速の高架(こうか)がコケて、海岸沿いの街は猛火(もうか)に焼けた。  山際(やまぎわ)では土砂崩(どしゃくず)れ。線路(せんろ)()がれる、家はつぶれる、ビルはまっぷたつに()けるしで、えらいこっちゃやったんやって。  その傷は、一見もう()えてた。(すず)しいような顔をして、お洒落(しゃれ)(たたず)んでる街やった。  それでも内奥(ないおく)にはまだ、()えぬ痛みを(かく)してる。  神戸はそんな街。  カーステのKISS FM KOBE(キス・エフエム・コウベ)から流れてきたサザン・オールスターズの「エロティカ・セブン」にご唱和(しょうわ)しつつ、俺は上機嫌(じょうきげん)でアキちゃんの携帯のメール画面を開いた。  この曲リクエストしたやつは神。桑田佳祐(くわたけいすけ)も神。ええ仕事してるわKISS FM KOBE。  ほんまに今、最高に気持ちええから俺は。  そう思って見つめた液晶画面(えきしょうがめん)の文字に、俺の目はふっと(およ)いだ。  それにはこう書いてあった。 「京阪神(けいはんしん)霊能者(れいのうしゃ)振興会(しんこうかい)より、ご参加(さんか)ありがとうございます」 ――第2話 おわり――

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