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3-2 アキヒコ
実家を追い出された心の傷が癒 えず、ついついやってもうた女がらみの無節操 が祟 り、タラシの本間 と後 ろ指 を指 されたりしたけど、それは単にモテてただけ。
人間、一生に一回くらいはそういうモテモテの時期があるって聞くし、俺の場合はそれが大学の一回生、二回生のころやったんや。
その後は遊んでない。全然遊んでないで。三回に入ってちょっとしてから、半年付き合ってた女がおったんや。
……死体やったらしいけどな。
その後が亨 やろ。こいつも、どう見ても人間ではない。
そして俺自身、もはや、どう考えても少々人間ではない。
せやからな、自分が普通の大学生やなんて、そんな贅沢 は言わへんよ。そのへんの身分はわきまえてるつもりや。
けどな、それでも、たとえ普通でない大学生でも、少なくとも俺はまだ京都の美大 に在籍 してるから。
学生なんやから。まだ働いてへん。一回だけ、実家の手伝いということで、疫神 退治 をしたけど、それは自分の不始末 の後片付 けやから、仕事というわけやない。
俺はな、活動してへん。霊能者 としての活動なんかな、してへんのや。
せやから霊能者 ではない。
霊能者 ということになってまうのか。家業 を継 いだら。
そういうことなんか、おかん。それが俺の現実なんか。
受け入れたくない。
ううう。なんや頭 痛 うなってきた。ちょっと、頭に血昇 りすぎか。
死んだらヤバい。せっかく亨 と永遠に生きられる予定やのに、キレて死んだら化けて出る。
「アキちゃん、大丈夫か。ものすごい顔色悪いで。し、しんどいんか」
俺がよっぽど崩 れ落ちて見えたんか、亨 は携帯握 りしめたまま、隣 でオタオタしていた。その綺麗 な顔も、なんや朦朧 と見えるわ。
「若干 吐 きそうや」
「よくそこまで変調 きたせるな、霊振会 通信 ごときで」
空 いてるほうの手で、俺の背をさすってきながら、亨 はちょっと呆 れ顔やった。俺は心なしか、額 に汗 やった。なんか気分悪くて、脂汗 出てきた。
昔から何か、ものすごくショックなことがあると、俺は吐 きそうになる。でも、ほんまに吐 いたことはない。我慢強 いからな、嘔吐感 くらいは真顔 で堪 えるわ。
たぶんストレスやねん。胃の弱いほうとは思わへんのやけど、それでも胃がおかしなるんやから、相当 ヤバいくらいにストレス物質出てるんやろ。
胃が弱いんやのうて気が弱いんやって、おかんには言われてた。子供の頃だけやけどな。
そんなもん治ったというふりを、中学ぐらいからは敢行中 。
けど実は、ぜんぜん治ってない。
亨 にはその話を、したことないけど、したら爆笑 されそうやな。
言わんとこ。格好 悪すぎ。俺はこいつに、格好 悪いとこ見られたくないんや。
なんでって、それは単に、俺の見栄 やけど。見栄 張 ったら悪いんか。
だって嫌 なんや。俺はこいつに、アキちゃん格好 悪いわって言われるのが、死ぬほど嫌 や。
「捨ててくれ」
そのメールを削除 しろと、俺は頼 んだ。
亨 はまた文面 を未練 がましくスクロールさせながら、はいはいと気のない頷 き方をした。
「削除 、と……」
消してる様子 の亨 は、それでもまだ惜 しそうやった。
「消してもな、アキちゃん。また来るんとちゃうか。Vol.138やもん。139が来るんやで、そのうちに」
「そんなん、受信拒否しといてくれ」
俺のその頼 みに、亨 は、えーっ、と不満そうに呻 いた。
何で嫌 やねん。俺の頼 みが聞けへんのか。
「なんで拒否 すんの。面白かったで、けっこう。ほら、道場でな、小夜子 さんが話してた神父の話とかな、載 ってたで」
にこにこ言うてから、亨 は突然 、真顔 になった。
そして、ふと素知 らぬ顔を作って、さあ行こかと言った。
「なんやねん、どうしたんや」
「何でもない。全く興味 がなくなった。どうでもええわ霊振会 通信 。受信拒否しとこか」
操作 しつつ、嘘 くさい声で亨 は言うてた。
変や。何かある。
「なんやねん。急に態度 おかしいで。神父がどしたんや」
「いや、どうもせん。アキちゃんは、神父は好きか」
操作 が終わったらしい携帯を、亨 は俺の手に返してきた。
そうしながら訊 かれた事が、あまりにも普段考えたことがない種類のもんやったから、俺は何となくぽかんとしてた。
「好きか、って……好きでも、嫌いでもない。本物を見たこともないわ」
「そうか。見んといて。映画の『エクソシスト』とかに出てきてたやろ。ああいう、えげつないオッサンやで。悪魔 よ去れ〜、みたいなな。あいつら蛇 嫌いやし、俺ぜったいイジメられるから。アキちゃんも近づかんといて」
横目 にじとっと俺を見て、疑 わしそうに亨 は言った。
なんでその話を、こいつ信用でけへんわみたいな目で見られながら聞かされてるんやろ、俺は。
でも、とにかく、別に神父なんぞ知り合いにおらん。近づかないと約束しても、困ることなんか、特にありそうもない。
「近づかへんよ」
俺は安請 け合いした。亨 はそれも、疑 わしそうに見た。
「そうか。絶対やで。約束破 ったら何してくれる?」
何って。何か罰 ゲームでもあんのか、その約束には。
「破 らへんから、そんなもん決める必要ないやろ」
俺はたじろいで、じとっと見てる亨 の横顔を見返した。
なぜか追いつめられている自分を感じる。なんでやろ。
まだちょっと腹痛いせいか。亨 の目が痛い。疑念 に満ちた視線 が俺に突 き刺 さるかのようや。
「いや、決めとこか。それも何らかの抑止力 にはなるかもしれへん」
何の抑止 や。
「もしこの約束破 ったらな、六甲山 の山頂 とかから、亨 好きやって大声で絶叫 してくれ。なるべく大勢 の皆さんに聞こえるところでや。結界 とか、そういうズルは無しやで。ガチで絶叫 なんやで、アキちゃん」
それは絶対、約束守る必要が出てきた。
怖い。それって、将来もし親戚 の結婚式とかに呼ばれて、それがキリスト教式で、神父がいたりする場合でも適用 されるんか。
あるいは道で偶然 神父にすれ違ったとかいうのもカウントされるんか。
詳細 ルールを決めといてくれ。電車で隣 り合わせたとか、そういうのやと俺も気をつけようがない。
「会うって、どこまでの範囲 が会 うたことになるんや」
俺は契約書 はすみずみまで読むタイプ。うっかりハンコ捺 したりせえへんで。
「ちらっと見るだけでもアウト」
亨 はなぜか鬼気迫 る勢 いでそう即答 してた。
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