24 / 928

3-2 アキヒコ

 実家を追い出された心の傷が()えず、ついついやってもうた女がらみの無節操(むせっそう)(たた)り、タラシの本間(ほんま)(うし)(ゆび)()されたりしたけど、それは単にモテてただけ。  人間、一生に一回くらいはそういうモテモテの時期があるって聞くし、俺の場合はそれが大学の一回生、二回生のころやったんや。  その後は遊んでない。全然遊んでないで。三回に入ってちょっとしてから、半年付き合ってた女がおったんや。  ……死体やったらしいけどな。  その後が(とおる)やろ。こいつも、どう見ても人間ではない。  そして俺自身、もはや、どう考えても少々人間ではない。  せやからな、自分が普通の大学生やなんて、そんな贅沢(ぜいたく)は言わへんよ。そのへんの身分はわきまえてるつもりや。  けどな、それでも、たとえ普通でない大学生でも、少なくとも俺はまだ京都の美大(びだい)在籍(ざいせき)してるから。  学生なんやから。まだ働いてへん。一回だけ、実家の手伝いということで、疫神(えきしん)退治(たいじ)をしたけど、それは自分の不始末(ふしまつ)後片付(あとかたづ)けやから、仕事というわけやない。  俺はな、活動してへん。霊能者(れいのうしゃ)としての活動なんかな、してへんのや。  せやから霊能者(れいのうしゃ)ではない。  霊能者(れいのうしゃ)ということになってまうのか。家業(かぎょう)()いだら。  そういうことなんか、おかん。それが俺の現実なんか。  受け入れたくない。  ううう。なんや(あたま)(いと)うなってきた。ちょっと、頭に血(のぼ)りすぎか。  死んだらヤバい。せっかく(とおる)と永遠に生きられる予定やのに、キレて死んだら化けて出る。 「アキちゃん、大丈夫か。ものすごい顔色悪いで。し、しんどいんか」  俺がよっぽど(くず)れ落ちて見えたんか、(とおる)は携帯(にぎ)りしめたまま、(となり)でオタオタしていた。その綺麗(きれい)な顔も、なんや朦朧(もうろう)と見えるわ。 「若干(じゃっかん)()きそうや」 「よくそこまで変調(へんちょう)きたせるな、霊振会(れいしんかい)通信(つうしん)ごときで」  ()いてるほうの手で、俺の背をさすってきながら、(とおる)はちょっと(あき)れ顔やった。俺は心なしか、(ひたい)(あせ)やった。なんか気分悪くて、脂汗(あぶらあせ)出てきた。  昔から何か、ものすごくショックなことがあると、俺は()きそうになる。でも、ほんまに()いたことはない。我慢強(がまんづよ)いからな、嘔吐感(おうとかん)くらいは真顔(まがお)(こら)えるわ。  たぶんストレスやねん。胃の弱いほうとは思わへんのやけど、それでも胃がおかしなるんやから、相当(そうとう)ヤバいくらいにストレス物質出てるんやろ。  胃が弱いんやのうて気が弱いんやって、おかんには言われてた。子供の頃だけやけどな。  そんなもん治ったというふりを、中学ぐらいからは敢行中(かんこうちゅう)。  けど実は、ぜんぜん治ってない。  (とおる)にはその話を、したことないけど、したら爆笑(ばくしょう)されそうやな。  言わんとこ。格好(かっこう)悪すぎ。俺はこいつに、格好(かっこう)悪いとこ見られたくないんや。  なんでって、それは単に、俺の見栄(みえ)やけど。見栄(みえ)()ったら悪いんか。  だって(いや)なんや。俺はこいつに、アキちゃん格好(かっこう)悪いわって言われるのが、死ぬほど(いや)や。 「捨ててくれ」  そのメールを削除(さくじょ)しろと、俺は(たの)んだ。  (とおる)はまた文面(ぶんめん)未練(みれん)がましくスクロールさせながら、はいはいと気のない(うなず)き方をした。 「削除(さくじょ)、と……」  消してる様子(ようす)(とおる)は、それでもまだ()しそうやった。 「消してもな、アキちゃん。また来るんとちゃうか。Vol.138やもん。139が来るんやで、そのうちに」 「そんなん、受信拒否しといてくれ」  俺のその(たの)みに、(とおる)は、えーっ、と不満そうに(うめ)いた。  何で(いや)やねん。俺の(たの)みが聞けへんのか。 「なんで拒否(きょひ)すんの。面白かったで、けっこう。ほら、道場でな、小夜子(さよこ)さんが話してた神父の話とかな、()ってたで」  にこにこ言うてから、(とおる)突然(とつぜん)真顔(まがお)になった。  そして、ふと素知(そし)らぬ顔を作って、さあ行こかと言った。 「なんやねん、どうしたんや」 「何でもない。全く興味(きょうみ)がなくなった。どうでもええわ霊振会(れいしんかい)通信(つうしん)。受信拒否しとこか」  操作(そうさ)しつつ、(うそ)くさい声で(とおる)は言うてた。  変や。何かある。 「なんやねん。急に態度(たいど)おかしいで。神父がどしたんや」 「いや、どうもせん。アキちゃんは、神父は好きか」  操作(そうさ)が終わったらしい携帯を、(とおる)は俺の手に返してきた。  そうしながら()かれた事が、あまりにも普段考えたことがない種類のもんやったから、俺は何となくぽかんとしてた。 「好きか、って……好きでも、嫌いでもない。本物を見たこともないわ」 「そうか。見んといて。映画の『エクソシスト』とかに出てきてたやろ。ああいう、えげつないオッサンやで。悪魔(サタン)よ去れ〜、みたいなな。あいつら(へび)嫌いやし、俺ぜったいイジメられるから。アキちゃんも近づかんといて」  横目(よこめ)にじとっと俺を見て、(うたが)わしそうに(とおる)は言った。  なんでその話を、こいつ信用でけへんわみたいな目で見られながら聞かされてるんやろ、俺は。  でも、とにかく、別に神父なんぞ知り合いにおらん。近づかないと約束しても、困ることなんか、特にありそうもない。 「近づかへんよ」  俺は安請(やすう)け合いした。(とおる)はそれも、(うたが)わしそうに見た。 「そうか。絶対やで。約束(やぶ)ったら何してくれる?」  何って。何か(ばつ)ゲームでもあんのか、その約束には。 「(やぶ)らへんから、そんなもん決める必要ないやろ」  俺はたじろいで、じとっと見てる(とおる)の横顔を見返した。  なぜか追いつめられている自分を感じる。なんでやろ。  まだちょっと腹痛いせいか。(とおる)の目が痛い。疑念(ぎねん)に満ちた視線(しせん)が俺に()()さるかのようや。 「いや、決めとこか。それも何らかの抑止力(よくしりょく)にはなるかもしれへん」  何の抑止(よくし)や。 「もしこの約束(やぶ)ったらな、六甲山(ろっこうさん)山頂(さんちょう)とかから、(とおる)好きやって大声で絶叫(ぜっきょう)してくれ。なるべく大勢(おおぜい)の皆さんに聞こえるところでや。結界(けっかい)とか、そういうズルは無しやで。ガチで絶叫(ぜっきょう)なんやで、アキちゃん」  それは絶対、約束守る必要が出てきた。  怖い。それって、将来もし親戚(しんせき)の結婚式とかに呼ばれて、それがキリスト教式で、神父がいたりする場合でも適用(てきよう)されるんか。  あるいは道で偶然(ぐうぜん)神父にすれ違ったとかいうのもカウントされるんか。  詳細(しょうさい)ルールを決めといてくれ。電車で(とな)り合わせたとか、そういうのやと俺も気をつけようがない。 「会うって、どこまでの範囲(はんい)()うたことになるんや」  俺は契約書(けいやくしょ)はすみずみまで読むタイプ。うっかりハンコ()したりせえへんで。 「ちらっと見るだけでもアウト」  (とおる)はなぜか鬼気迫(ききせま)(いきお)いでそう即答(そくとう)してた。

ともだちにシェアしよう!