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3-3 アキヒコ
なんでや。なんでそんなに必死やねん、亨 。
その腹を探 ろうとして、俺は小夜子 さんの話を思い出した。
ものすご美形の神父さんが来たと、確かそんな話やった。そんな神父さんもいてはるんやと、その程度 にしか思わへんかったから、思い出してへんかったわ。
俺はな、確かに面食 いかもしれへんけど、それは無意識やねん。美形漁 りをしてるわけやない。たまたま見たのが綺麗 やったときに、ぼけっとなるだけ。話だけやと何とも思わへん。
「お前な、俺が小夜子 さんの言うてた神父によろめくと思ってんのやろ」
亨 にそれを指摘してやると、微 かにギクッとした顔をした。
そうか、お前はそういうふうに思ってんのや。俺が意図的 に浮気 してると、そんなふうに疑 ってたんや。
そんなこと、するわけないやろ。神父や言うねんから、男なんやで。
俺は顔綺麗 な男をわざわざ見にいってよろめくほどにはイカレてない。そこまでするわけあらへんわ。だって今でも女の子のほうが好きやもん。
たぶんそうや。きっとそうやと思いたい。
確かに今朝、水煙 にちょっとクラッとしてた。
でもそれは、なんというか、事故や。事故みたいなもん。
それに水煙 も、もしかしたら宇宙では女なんかもしれへんやんか。
まだはっきり訊 いたことはない。お前は男なんかとは。せやから女やという可能性はあるやん。ゼロではない。
それに勝呂 のこともあると、亨 には言われるやろけど、あれはなんというか、不可抗力 やで。俺が好きやったんやない。あいつが俺を好きやったんや。そうして始まった話や。
可哀想 なやつやった。俺のせいで、酷 い目にあって。ほんまに済まんと思うてる。
でも何もしてへん。ほんまに何もしてへん。
浮気 なんかしてへん。しそうになったけど我慢 した。
亨 だけやんか。俺が抱きたいと思う男なんて。
そんなの誰 も彼 もに思うてたらヤバいで。普通やないやろ。
せやからな、俺は基本的には女のほうが好きなんやって。
そう結論して、俺は最近、胸がときめいたリストの中の女の子を一応チェックした。
そしたらな。
おかんと舞 ちゃんだけやったわ。
……。
ひとりは実の親で、ひとりは人間やない。
ちょっと、それはどうやろ。
俺って、もしかして、冷静に振 り返ってみると、大学三回生に入ってからちょっとして以降、まともな人間の女と全く縁 がないんとちがうか。
ときめいてない。通常 、恋愛対象とおぼしき、人間で、生きてて、血縁 のない普通の女に。
本気で恋して一ヶ月以上保 った一般的な女が過去にいない。
というか、過去にちょっと付き合 うたことある女も、向こうから告白してきて、そんなら付き合うかって、そういう流れで何となく付き合うてただけ。自分から行ったことない。
それに俺はちょっと、震 えてきた。
神父。避 けよう。まともでいたかったら。美形の神父なんて、ちらっと見るだけでもリスクが高すぎる。
そもそも亨 についても、水煙 も勝呂 もや、顔がいいのが敗因 やった。顔さえ良ければ、それによろめくというのが、最近の俺の傾向 なんや。
確証 はないけど、どうも外道 の皆さんというのは、霊力 が高ければ高いほど、美しいことが多い。まさに人並 み外 れた美貌 やねん。
きっとそれも、一種の神威 なんやろ。力の現れや。
皆が皆、美形ということはないやろ。疫神 みたいに、ブッサイクなのもおるしな。ブサイク言うたらあかんわ。神様やから。申し訳ありません。
とにかく、威力 が見た目の美として発露 する種類の連中 もおる。そういうのが要注意なんや。俺にとってはハイリスク。
もともと絵描きとして俺は、綺麗 な景色 とか花とかいった、美しいモンを描くタイプやった。せやから見とれるような綺麗 なもんには、問答無用 で目が釘付 けになるねん。描 きたいなあって、頭ん中で下絵 を描 いてしまう。
その性癖 を直すのは無理や。それはもう俺の人格の一部やねんから。
だったらもう、そういう類 のもんを見ないように気をつけるしかない。
なんて悲しい人生なんや。
でもまあ、ええわ。幸 い俺には亨 が居 るから。綺麗 という点では、こいつの顔は折 り紙 つきや。毎日見てても飽きへんし、これで手を打 とう。
「わかった。約束する。もしその美形神父をちらっとでも見たら、俺の負け。せやけどな、他の神父は別にかまへんのやろ。親戚 の結婚式に来るオッサンの神父とかな、そういうのは別に気にならへんのやろ、お前は。まずいのはその、美形神父だけなんやろ?」
「ぶっちゃけそういう話や……」
流 し目 のまま俺から目を背 けて、亨 はちょっとスネたように、路肩 に止めた車の窓から、車道を流れていく車の群 れを眺 めるふりしてた。
「約束するから、そんな心配せんといてくれよ。情けなくなってくるわ。俺ってそんなに信用ないんか」
信じてくれと亨 に言うには、ちょっと最近悪い子すぎた俺は、どうも言葉に力がなかった。参 ったなと思って、自分の首を揉 んでる俺を、亨 はちらりとまた横目に見てきた。
「無い」
一刀両断 の即答 やったな。
そうか、無いんか。そうか。
この野郎 。みたいに思うけど、あまりにも反論できなさすぎて、俺は痺 れてた。
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