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3-5 アキヒコ
窓の外に、極彩色 のような、真 っ赤 と真 っ青 でプリントされた、波濤 に虎 の吠 えてる絵のドッ派手 なアロハシャツ着た男の胸 と、ベルトにじゃらじゃら銀 の鎖 を下げた、ウエスト低めの、薄白くくたびれたジーンズが見えた。それにも白い塗料 で、波濤 の模様 が描き込んであった。
その派手 くささに、俺は一瞬、ぽかんとした。
それで無反応やったせいか、窓を叩 いた男は、ひょいと腰をかがめて、運転席の俺を覗 き込 んできた。
金髪 やった。染 めてんねん。
毛先だけ金で、地髪 は黒い。そのちょっと伸 びすぎた、もう切りに行かなあかん、みたいな髪が、軽く巻いてて、しかも真っ黒なサングラスかけてる。
耳にはピアス。それも三個もや。そして銜 え煙草 やった。
ものすごガラ悪い。むしろチンピラとしか言い様 がない。
それでもそいつは、綺麗 な手をしてた。ちゃんと手入れされた爪 やった。
そいつがどんな生活してるか、手を見ればわかる。
こいつは少なくとも、見た目ほどには、やさぐれた暮らしはしてない。この格好 は、ファッションで、こいつの趣味 なんや。
つまり趣味 が派手 。かなり派手 。
俺はちらりと、背後の助手席にいる亨 を見返す視線 になった。
アゲハ蝶 の模様 の、赤いアロハ着てる。
もともとかなり地味 やったこいつは、最近なんでか、時々ものすごく派手 な服を買 うてくる。もしかして、それが亨 の本性 なんではと、俺はときどき思って、嫌 な予感がする。
窓を開けろと、ポケットに片手を突っ込んで立っている金髪男 が、指を振 って促 した。俺はそれで、仕方なく窓を開けた。でも半分だけ。
ほんまにこいつが、電話してきた式神 なのか、確証 がなかったし、そうでないなら関わり合いになりたいタイプではなかった。
開いた窓から、さらに覗 き込んできて、金髪男 はサングラスのまま、にっこりと笑う口元 になった。
その口の犬歯が、必要以上に尖 ってた。犬か狼 か、もしくは虎 みたいに。
ぷっと銜 え煙草 を道ばたに吐 いて、男は挨拶 してきた。
「お初 にお目にかかります。先程 お電話さしあげた信太 です。後ろのドアあけてください、先生」
指輪した握 り拳 で、後部のドアをごんごん叩 いて、式神 ・信太 は言うた。
やめろ。俺の車に、傷つけんといてくれ。まだどこにも、ぶつけたことないねん。
たぶん今後もないと思う。せやからその車体に、指輪の傷なんかつけんといてくれ。
やむをえず、俺は扉 のロックを開けた。
男はにやにや乗ってきた。
そして、後ろのシートにどかりと座り、それから、むっ、という口元 になった。
「何やこれ。ケツの下になんか敷 いてもうた……」
ごそごそと自分の尻 の下から引っ張り出してきたサーベルを、信太 は首をかしげて眺 めてた。
水煙 。
迂闊 な俺を許してくれ。まさかお前を尻 に敷 く奴がおるとは。
俺も大概 、お前にはひどいことしてるかもしれへんけど、尻 に敷 いたことはない。お前の尻 に敷 かれてる予感がすることはあっても、その逆 はない。
だってお前は、神様なんやから。確かに放置はしてたけど、最低限の敬意 は払 ってたつもり。
でもやっぱ、神棚 買 うてやらなあかん。放置してたら、こんなことになる。
「いい剣やな。せやけどちょっとお高いわ。俺の趣味 やない」
ぽいっと水煙 を脇 に放 って、男はにっこりとした。
「早速 、出発しましょか。それとも、自己紹介したほうがいいやろか、本間 先生」
「……せめてサングラスとってくれへんか。顔も見えんやつを、信用でけへん」
俺が内心むすっとしてそう言うと、男は、あははと面白そうに声あげて笑った。
「そらそうや。失礼しました。目立つんで、隠 してるんです。他意 はないねん」
あっけらかんと詫 びて、信太 はサングラスをとった。
そして身を乗り出し、運転席の俺のほうに見せてきた顔は、人なつっこいような、なかなかの男前 やった。そしてその目が、爛々 と光る、琥珀 みたいな薄黄色 で、あたかも虎 の目や。
「アキちゃん……虎 やで、こいつ」
亨 がぽかんとして、俺にそう言うた。
その声に、信太 は運転席と助手席の、両方のシートを掴 んだまま、くるりと亨 のほうに首を巡 らした。
なんとはなしに、見つけた獲物 を付けねらう、野生 の虎 みたいに。
「そうや、虎 やで、俺は。しかも虎 キチ、阪神ファンやから、ほんまもんのタイガーや」
「阪神ファン……」
亨 は呆然 みたいな口調で、信太にそう呟 いた。
「そうや。当然や。京阪神 に住んでて、阪神ファンやないやつはモグリやで」
「そうやろか……」
亨 は何となく、もじもじしながら聞き返してた。
お前。なんや、それは。なんでじっと、こいつの顔を見つめてんのや。
それに、ふっと、信太 は笑ったような声を漏 らした。
「そうや。俺と一緒 に、聖地 行くか」
「聖地 って?」
「アホか、そんなん、甲子園球場 に決まっとうやろ。うちの近所や。歩いて行けるで。今夜もナイターしとうわ。目指せ日本一 や。蔦子 さんがな、阪神ファンやねん。それでわざわざ、球場 の近場に家買 うたんや。場外 ホームランが庭に飛び込んでくるような目と鼻の先なんやで。歓声 も聞こえる。びりびり聞こえてくるで」
すらすら語る信太 の話に、亨 はどことなく、うっとりと耳を傾 けていた。
「赤星 、見たことあるか」
はにかんで訊 く亨 に、信太 は牙 を隠 さん口元 で、にやにやしてた。
「あるで。選手なんか、全員見たことあるわ。球場行ったら、生 なんやで」
「生 」
ものすごい熱のある声で、亨 はそう呟 いた。
その顔に、信太 は今度は明 らかに、くすくす笑った。
「可愛 いな、お前。なんて名前や」
「亨 」
「そうか。亨 ちゃん。後で仲良 うしよか。俺は信太 や。めっちゃ強いで、タイガーやからな」
そう言う信太 の言葉に、亨 はため息みたいな声で、めっちゃ強いんやと繰 り返していた。
どう見ても、亨 はぼうっとしてた。そして俺は、それに愕然 としてた。
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