27 / 928

3-5 アキヒコ

 窓の外に、極彩色(ごくさいしき)のような、()()()(さお)でプリントされた、波濤(はとう)(とら)()えてる絵のドッ派手(ぱで)なアロハシャツ着た男の(むね)と、ベルトにじゃらじゃら(ぎん)(くさり)を下げた、ウエスト低めの、薄白くくたびれたジーンズが見えた。それにも白い塗料(とりょう)で、波濤(はとう)模様(もよう)が描き込んであった。  その派手(はで)くささに、俺は一瞬、ぽかんとした。  それで無反応やったせいか、窓を(たた)いた男は、ひょいと腰をかがめて、運転席の俺を(のぞ)()んできた。  金髪(きんぱつ)やった。()めてんねん。  毛先だけ金で、地髪(じがみ)は黒い。そのちょっと()びすぎた、もう切りに行かなあかん、みたいな髪が、軽く巻いてて、しかも真っ黒なサングラスかけてる。  耳にはピアス。それも三個もや。そして(くわ)煙草(たばこ)やった。  ものすごガラ悪い。むしろチンピラとしか言い(よう)がない。  それでもそいつは、綺麗(きれい)な手をしてた。ちゃんと手入れされた(つめ)やった。  そいつがどんな生活してるか、手を見ればわかる。  こいつは少なくとも、見た目ほどには、やさぐれた暮らしはしてない。この格好(かっこう)は、ファッションで、こいつの趣味(しゅみ)なんや。  つまり趣味(しゅみ)派手(はで)。かなり派手(はで)。  俺はちらりと、背後の助手席にいる(とおる)を見返す視線(しせん)になった。  アゲハ(ちょう)模様(もよう)の、赤いアロハ着てる。  もともとかなり地味(じみ)やったこいつは、最近なんでか、時々ものすごく派手(はで)な服を()うてくる。もしかして、それが(とおる)本性(ほんしょう)なんではと、俺はときどき思って、(いや)な予感がする。  窓を開けろと、ポケットに片手を突っ込んで立っている金髪男(きんぱつおとこ)が、指を()って(うなが)した。俺はそれで、仕方なく窓を開けた。でも半分だけ。  ほんまにこいつが、電話してきた式神(しきがみ)なのか、確証(かくしょう)がなかったし、そうでないなら関わり合いになりたいタイプではなかった。  開いた窓から、さらに(のぞ)き込んできて、金髪男(きんぱつおとこ)はサングラスのまま、にっこりと笑う口元(くちもと)になった。  その口の犬歯が、必要以上に(とが)ってた。犬か(おおかみ)か、もしくは(とら)みたいに。  ぷっと(くわ)煙草(たばこ)を道ばたに()いて、男は挨拶(あいさつ)してきた。 「お(はつ)にお目にかかります。先程(さきほど)お電話さしあげた信太(しんた)です。後ろのドアあけてください、先生」  指輪した(にぎ)(こぶし)で、後部のドアをごんごん(たた)いて、式神(しきがみ)信太(しんた)は言うた。  やめろ。俺の車に、傷つけんといてくれ。まだどこにも、ぶつけたことないねん。  たぶん今後もないと思う。せやからその車体に、指輪の傷なんかつけんといてくれ。  やむをえず、俺は(とびら)のロックを開けた。  男はにやにや乗ってきた。  そして、後ろのシートにどかりと座り、それから、むっ、という口元(くちもと)になった。 「何やこれ。ケツの下になんか()いてもうた……」  ごそごそと自分の(しり)の下から引っ張り出してきたサーベルを、信太(しんた)は首をかしげて(なが)めてた。  水煙(すいえん)。  迂闊(うかつ)な俺を許してくれ。まさかお前を(しり)()く奴がおるとは。  俺も大概(たいがい)、お前にはひどいことしてるかもしれへんけど、(しり)()いたことはない。お前の(しり)()かれてる予感がすることはあっても、その(ぎゃく)はない。  だってお前は、神様なんやから。確かに放置はしてたけど、最低限の敬意(けいい)(はら)ってたつもり。  でもやっぱ、神棚(かみだな)()うてやらなあかん。放置してたら、こんなことになる。 「いい剣やな。せやけどちょっとお高いわ。俺の趣味(しゅみ)やない」  ぽいっと水煙(すいえん)(わき)(ほう)って、男はにっこりとした。 「早速(さっそく)、出発しましょか。それとも、自己紹介したほうがいいやろか、本間(ほんま)先生」 「……せめてサングラスとってくれへんか。顔も見えんやつを、信用でけへん」  俺が内心むすっとしてそう言うと、男は、あははと面白そうに声あげて笑った。 「そらそうや。失礼しました。目立つんで、(かく)してるんです。他意(たい)はないねん」  あっけらかんと()びて、信太(しんた)はサングラスをとった。  そして身を乗り出し、運転席の俺のほうに見せてきた顔は、人なつっこいような、なかなかの男前(おとこまえ)やった。そしてその目が、爛々(らんらん)と光る、琥珀(こはく)みたいな薄黄色(うすきいろ)で、あたかも(とら)の目や。 「アキちゃん……(とら)やで、こいつ」  (とおる)がぽかんとして、俺にそう言うた。  その声に、信太(しんた)は運転席と助手席の、両方のシートを(つか)んだまま、くるりと(とおる)のほうに首を(めぐ)らした。  なんとはなしに、見つけた獲物(えもの)を付けねらう、野生(やせい)(とら)みたいに。 「そうや、(とら)やで、俺は。しかも(とら)キチ、阪神ファンやから、ほんまもんのタイガーや」 「阪神ファン……」  (とおる)呆然(ぼうぜん)みたいな口調で、信太にそう(つぶや)いた。 「そうや。当然や。京阪神(けいはんしん)に住んでて、阪神ファンやないやつはモグリやで」 「そうやろか……」  (とおる)は何となく、もじもじしながら聞き返してた。  お前。なんや、それは。なんでじっと、こいつの顔を見つめてんのや。  それに、ふっと、信太(しんた)は笑ったような声を()らした。 「そうや。俺と一緒(いっしょ)に、聖地(せいち)行くか」 「聖地(せいち)って?」 「アホか、そんなん、甲子園球場(こうしえんきゅうじょう)に決まっとうやろ。うちの近所や。歩いて行けるで。今夜もナイターしとうわ。目指せ日本一(にっぽんいち)や。蔦子(つたこ)さんがな、阪神ファンやねん。それでわざわざ、球場(きゅうじょう)の近場に家()うたんや。場外(じょうがい)ホームランが庭に飛び込んでくるような目と鼻の先なんやで。歓声(かんせい)も聞こえる。びりびり聞こえてくるで」  すらすら語る信太(しんた)の話に、(とおる)はどことなく、うっとりと耳を(かたむ)けていた。 「赤星(あかぼし)、見たことあるか」  はにかんで()(とおる)に、信太(しんた)(きば)(かく)さん口元(くちもと)で、にやにやしてた。 「あるで。選手なんか、全員見たことあるわ。球場行ったら、(なま)なんやで」 「(なま)」  ものすごい熱のある声で、(とおる)はそう(つぶや)いた。  その顔に、信太(しんた)は今度は(あき)らかに、くすくす笑った。 「可愛(かわい)いな、お前。なんて名前や」 「(とおる)」 「そうか。(とおる)ちゃん。後で仲良(なかよ)うしよか。俺は信太(しんた)や。めっちゃ強いで、タイガーやからな」  そう言う信太(しんた)の言葉に、(とおる)はため息みたいな声で、めっちゃ強いんやと()り返していた。  どう見ても、(とおる)はぼうっとしてた。そして俺は、それに愕然(がくぜん)としてた。

ともだちにシェアしよう!