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三都幻妖夜話(3)神戸編 4-1 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
4-1 トオル
作者:
椎堂かおる
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31 / 928
4-1 トオル
信太
(
しんた
)
が俺とアキちゃんを連れてきた家は、ほんまに
甲子園
(
こうしえん
)
球場
(
きゅうじょう
)
の目と鼻の先やった。 聞いた話に
嘘
(
うそ
)
はなく、そろそろ試合が始まるらしい
球場
(
きゅうじょう
)
の中から、
応援歌
(
おうえんか
)
を歌う声や
鳴
(
な
)
り
物
(
もの
)
の、にぎやかな音が
湧
(
わ
)
きだしていた。 それはなあ。なんて言うんやろ。みなぎる熱い力のようやった。 暗くなりはじめた
球場
(
きゅうじょう
)
を
照
(
て
)
らす、まばゆいライトの
光線
(
こうせん
)
よりも強く、人々の
思念
(
しねん
)
が
散
(
ち
)
らす熱い
火花
(
ひばな
)
が立ち
上
(
のぼ
)
り、
球場
(
きゅうぎょう
)
の上を
照
(
て
)
らして
泡立
(
あわだ
)
つような
色合
(
いろあ
)
いや。 すごいなあと、俺は思った。 人間の
祈
(
いの
)
りや
熱意
(
ねつい
)
というのは、
外道
(
げどう
)
にとっては何よりの
甘露
(
かんろ
)
のひとつや。
恐
(
おそ
)
れや
憎悪
(
ぞうお
)
を食らうような、たで食う虫も好きずきの、
悪食
(
あくじき
)
な
連中
(
れんちゅう
)
も
居
(
お
)
るけど、俺はそういうのは好きやない。
跪
(
ひさまず
)
いて
崇
(
あが
)
めてくれる、そういう熱っぽい感情が、俺の
大好物
(
だいこうぶつ
)
やねん。 アキちゃんと抱き合う時も、やんわり抱かれるのやのうて、お前が好きやって熱く燃えてる時のほうが、俺は何倍も満たされる。
球場
(
きゅうじょう
)
から
溢
(
あふ
)
れ出そうな熱い
情念
(
じょうねん
)
は、俺の目にはうっとりくるような何かやった。あれがもし、自分が全部食うてええようなもんやったら、どんだけ力がつくやろかって、俺は
羨
(
うらや
)
ましく
眺
(
なが
)
めてた。 世の中の
外道
(
げどう
)
の中には、人間たちに神様と呼ばれて、自前の
神殿
(
しんでん
)
持ってるようなセレブなやつらもおるで。そういうやつらは
悠々自適
(
ゆうゆうじてき
)
や。ほっといても
信者
(
しんじゃ
)
が集まってきて、神様神様ってあがめ
奉
(
たてまつ
)
ってくれる。 それはそれで、時には
応
(
こた
)
えてやらなあかんから、全く
気楽
(
きらく
)
というわけでもないやろけど、いかにも
無難
(
ぶなん
)
な商売や。 しかし見たとこ、この、
蔦
(
つた
)
の
絡
(
から
)
まる
神殿
(
しんでん
)
には神がいない。いるといえばいるのかもしれへんけど、特定の神を
崇
(
あが
)
めてるわけやない。 それでも人は
祈
(
いの
)
ってる。熱く燃えるような
情念
(
じょうねん
)
をこめて。
阪神
(
はんしん
)
勝ってくれ。阪神阪神。三度の
飯
(
めし
)
より野球が好きやって。 そんな
不思議
(
ふしぎ
)
な場所やった。 神はおらんのに、まさに
聖地
(
せいち
)
。
球場
(
きゅうじょう
)
につめかけ、
全身
(
ぜんしん
)
全霊
(
ぜんれい
)
で
祈
(
いの
)
り歌う
奴
(
やつ
)
らもおれば、それが無理でも、テレビやラジオで試合中継に
釘付
(
くぎづ
)
けになって、
七転八倒
(
しちてんばっとう
)
してる
奴
(
やつ
)
らもいてる。 そんな
遠方
(
えんぽう
)
からのご
声援
(
せいえん
)
までが、
流星
(
りゅうせい
)
のように
降
(
ふ
)
り
注
(
そそ
)
ぐ。 ヤバすぎ。ヤバい。これはたまらん。あの中に行って、
降
(
ふ
)
り
注
(
そそ
)
ぐ
流星
(
りゅうせい
)
のような力の雨を
浴
(
あ
)
びたい。誰のもんでもないんやったら、俺が食うてもええんやろ。 それを思うと、ついつい
涎
(
よだれ
)
が出てきそう。 そういやこの
球場
(
きゅうじょう
)
は、高校野球にも使われてて、日本全国の高校
球児
(
きゅうじ
)
たちの
青春
(
せいしゅん
)
の
聖地
(
せいち
)
でもあるんやで。 若い日の三年を野球に
捧
(
ささ
)
げた少年たちが、
選
(
え
)
りすぐられて
蔦
(
つた
)
の
聖地
(
せいち
)
へ。そこで血と汗と涙のにじむ戦いや。 それ勝て、やれ勝てって、
大
(
だい
)
の
大人
(
おとな
)
までもが夢中になって、いたいけな若い
連中
(
れんちゅう
)
に
激闘
(
げきとう
)
させる。その戦いを見て、人は熱く燃えてるわけや。 これは
豆知識
(
まめちしき
)
やけどな。
古来
(
こらい
)
、試合というのは、
神事
(
しんじ
)
やった。神に
捧
(
ささ
)
げるもんやった。 南米の古代文明では、
選
(
え
)
りすぐりの男たちにサッカーみたいな
球技
(
きゅうぎ
)
をやらせて、勝ったほうのチームを
生
(
い
)
け
贄
(
にえ
)
として、地下の神に
捧
(
ささ
)
げたっていうで。 神様っていうのはな、そういうもんが大好きやねん。スポーツ競技に戦争に、血と汗と涙のにじむ
骨肉
(
こつにく
)
の争いごとが。そしてそれの生む、人間たちの
強烈
(
きょうれつ
)
な
思念
(
しねん
)
が、
我
(
わ
)
が
身
(
み
)
にがっつり
精
(
せい
)
のつく、
辛抱
(
しんぼう
)
堪
(
たま
)
らんご
馳走
(
ちそう
)
やねん。 「
球場
(
きゅうじょう
)
行きたい」 車を降りたガレージから、
蔦
(
つた
)
の
聖地
(
せいち
)
をはあはあ見上げて、俺は誰にともなくそう
頼
(
たの
)
んだ。アキちゃんに言うてんのか、それとも
虎
(
とら
)
の
信太
(
しんた
)
に言うたんか、自分でもよう分からへん。 とにかく行きたい。だって目と鼻の先にご
馳走
(
ちそう
)
があるのに、何でお
預
(
あず
)
けやねん。 行こうよう、ナイター見に行こう。ほんのちょっぴり
味見
(
あじみ
)
だけでもええねん。行きたい、俺は行きたいんや。
辛抱
(
しんぼう
)
たまらん。 「あかん。何言うてんのや。用事で来たんやで。遊びに来たんやない」 ピシャーンみたいな
容赦
(
ようしゃ
)
ない
激怒
(
げきど
)
口調
(
くちょう
)
で、アキちゃんは俺に
説教
(
せっきょう
)
してた。
嫌
(
いや
)
や、アキちゃん、めちゃめちゃ怒ってる。
怖
(
こわ
)
いよう。 バタンと
激
(
はげ
)
しい音で運転席のドア閉めて、アキちゃんは
水煙
(
すいえん
)
をとるために後部座席のドアを開けた。 それで気づくかと思ったけど、頭に血が
上
(
のぼ
)
りすぎてて気が回らへんのか、
水煙
(
すいえん
)
が一言も
発
(
はっ
)
しないことに、アキちゃんは気づきもせんかった。
信太
(
しんた
)
はうっとり
球場
(
きゅうじょう
)
を見上げ、アキちゃんの車にもたれてた。 「ええやろ、
聖地
(
せいち
)
。こんな近くに住めるなんて、俺は幸せな
虎
(
とら
)
や」 「い、行ってんのか……毎日行ってんの?」 思わず上ずる声で、俺は
信太
(
しんた
)
に
訊
(
き
)
いた。 うっふっふと
含
(
ふく
)
みのある笑い方をして、
信太
(
しんた
)
は目を細めてた。 「行っとうで、毎日
毎晩
(
まいばん
)
通
(
かよ
)
い
詰
(
づ
)
めや。
蔦子
(
つたこ
)
さんも
虎
(
とら
)
キチやしな、それのお
供
(
とも
)
ということで、
年間契約
(
ねんかんけいやく
)
の
特等個室
(
とくべつこしつ
)
から、心ゆくまでご
観覧
(
かんらん
)
なんや。ほんまにもう
蔦子
(
つたこ
)
さんはいい。最高のご主人様や」 何やデレッとて
悶
(
もだ
)
えるような
信太
(
しんた
)
の
様子
(
ようす
)
に、俺はちょっとガーンてなってた。ショックやってん。そんないい目を見てるやつもおるとは。 ある意味俺も毎日
毎晩
(
まいばん
)
やけど、でも、でもアキちゃんは野球には
興味
(
きょうみ
)
がないんやで。
一緒
(
いっしょ
)
に野球見てくれへん。 いっしょにハマってって
誘
(
さそ
)
いかけても、俺はそんなん知らんからって、
愛想
(
あいそう
)
ないねん。 俺がそんな悲しい思いをしてるというのに、この
虎
(
とら
)
は、ご主人様と
試合
(
しあい
)
見物
(
けんぶつ
)
。しかも、こ、個室でやで。 ひどい。あまりにもひどい。なんや、この、
待遇
(
たいぐう
)
の差は。 「もたもたすんな。さっさと
案内
(
あんない
)
してくれ」 デレデレ話してる
信太
(
しんた
)
に、アキちゃんはキレてますからみたいな声で
怒鳴
(
どな
)
ってた。
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椎堂かおる
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