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4-2 トオル

 何をそんなに怒ってんのやろ、もう、(かな)わんわ。  信じてくれって言うたのに、(いま)だに焼き(もち)焼いてんのかな。  (たし)かに信太(しんた)はええ感じ。男前(おとこまえ)やし、力もあるようや。  せやけど俺は、外道(げどう)は食うたことない。人間専門。共食(ともぐい)いはなし。  ()たして美味(うま)いもんなんやろか。外道(げどう)ばっかり食うやつもおる。  水煙(すいえん)かてそういう種類(しゅるい)やろ。人間食うより桁違(けたちが)いに(せい)がつくって、そんな話は聞いたことあるけど、俺は今まで(ため)したことはない。  どんなもんなんやろ。  俺はじっと興味(きょうみ)持って、信太(しんた)の真っ黄色な目を見た。  ()けたバターみたい。どろどろ熱くて、光ってる。  その目でちらりと俺を見て、信太(しんた)はにっこりとニヤリの中間(ちゅうかん)の笑みやった。 「怒られとうで。あんまり俺のほう見んほうがええんやないか」  この場にいるのが我慢(がまん)ならんと、とっとと玄関(げんかん)らしきほうへ行ってしまったアキちゃんを追う気配(けはい)もなく、信太(しんた)は俺と向き合っていた。 「そんなん言うなら口説(くど)かんといてくれ」 「そうやな。すまん。(くせ)やねん」  どんな(くせ)やと俺は思った。  信太(しんた)はそれには解説(かいせつ)を入れず、ぶらりと車を(はな)れて、ポケットに手を突っ込んだまま、大股(おおまた)の軽い足取りで、ひょいひょいとアキちゃんの後を追いかけていった。  俺は未練(みれん)の顔で、その背と、燃え上がるような白熱(はくねつ)球場(きゅうじょう)とを(なが)め、それから(あきら)めて玄関(げんかん)のほうへ行った。  辿(たど)り着くと、もう、玄関(げんかん)の引き戸が開いていて、アキちゃんはその中に入った三和土(たたき)のほうにいた。  真新(まあたら)しいのに、古い日本の家そのものの、和風の建築(けんちく)やった。  どことなくアキちゃんの実家(じっか)の、嵐山(あらしやま)旧家(きゅうか)を思い出させるような雰囲気や。  黒い(いた)()も、見上げるような玄関(げんかん)()()けも、秋津(あきつ)の家によう似てる。  その、広い玄関(げんかん)でしばらく待つと、(おく)から軽い足取りで、すたすたやってくる誰かがおった。  暗い廊下(ろうか)をやってきて、そいつはにこやかに、アキちゃんに会釈(えしゃく)をした。  真っ赤な(かみ)した、長髪(ちょうはつ)の男やった。(かた)ぐらいまである赤毛の(かみ)を、後ろにひとつで(たば)ねて、やっぱり耳にはピアス。  そんで、そいつはTシャツの上に、阪神タイガースの黒と黄色の法被(はっぴ)を着てた。そして(ひざ)までで(やぶ)いたジーンズに裸足。  とても客の応対(おうたい)に出るような格好(かっこう)とは思われへんかった。  なんというか、まるで、試合のテレビ観戦(かんせん)の途中に、客か、しゃあないなって()け出てきたような。 「なんやねん、寛太(かんた)。その(なり)は。お客様なんやぞ」 「すまん、兄貴(あにき)蔦子(つたこ)(ねえ)さんが、この格好(かっこう)しろって言うんや。もうナイター始まるで」  にこにこしながら、赤毛は信太(しんた)に言い訳をした。 「マジか。それはヤバい。蔦子(つたこ)さんが正気(しょうき)のうちに、話すこと話させとかんと」  足を()って、ぽいぽいとブーツを()いで、信太(しんた)はずかずか上がっていった。  その姿は何の遠慮(えんりょ)もなく家の中に消えてもうて、後にはにこにこした法被(はっぴ)の赤毛だけが残された。  アキちゃんと俺は、その有様(ありさま)を何となくぽかんと見てた。アキちゃんのは、ぽかんというより、愕然(がくぜん)て感じやったけどな。  まともなやつが出迎(でむか)えへんかったのが、プライドに(こた)えたんやろ。 「適当(てきとう)に、上がってください。その剣、置いとく? それとも、持っていく?」  玄関(げんかん)傘立(かさた)てを(あご)(しめ)して、赤毛はアキちゃんに()いた。  置いていけ、傘立(かさた)てに。  俺はそう思ったけど、アキちゃんはムカッて顔して、(あず)かろかて手を出してきた赤毛が水煙(すいえん)(さわ)らんように、(つば)のあたりを(にぎ)ってた手を引っ込めた。  そういや俺、今日は裸足(はだし)で来てもうたけど、ええんかな。  まあええか。どうせ皆、裸足(はだし)やし。アキちゃん以外。  赤毛はスリッパ出さへんし、このままで行こ。  なんやこの家、見かけは嵐山(あらしやま)秋津(あきつ)の家とそっくりやのに、家ん中の空気はぜんぜんちゃうな。相当(そうとう)ユルいわ。めちゃめちゃダラけてる。  それはたぶん、家の主のカラーなんやろ。  おかんは旧家(きゅうか)のお姫様(ひめさま)。  海道(かいどう)蔦子(つたこ)さんも、(もと)はそういう系統(けいとう)の人のはずやのに、おかんとは全然(ちが)うタイプやった。  ()てるところは、美人やていうことぐらい。そして、お前何歳やねんていう事ぐらいやった。  蔦子(つたこ)さんは、縞模様(しまもよう)()の着物着て、板張(いたば)りの居間(いま)(かべ)にある、超巨大スクリーンの前に置かれた、ぶあつい座布団(ざぶとん)の上にきちんと正座(せいざ)して待っていた。スクリーンのほうを向いて。  その巨大な画面には、試合(しあい)中継(ちゅうけい)甲子園(こうしえん)球場(きゅうじょう)(うつ)っていた。  それを食い入るように見てる蔦子(つたこ)さんの着物は、黄色と黒のシマシマで、座ってる座布団(ざぶとん)も、ガオーて言うてる(とら)のシルエットに、阪神タイガースの球団名とロゴが入ってた。 「遅い!」  ピシャーンみたいな、秋津家(あきつけ)独特(どくとく)怒声(どせい)で、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんに言うた。  開口(かいこう)一番(いちばん)、ファーストコンタクトがそれで、アキちゃんは居場所(いばしょ)もなく立ちつくし、すでに暗い目眩(めまい)の顔してた。  蔦子(つたこ)さんの(わき)には、(いた)()に立て(ひざ)したお行儀(ぎょうぎ)のいい格好(かっこう)で、信太(しんた)がすでに座り込んでいて、団扇(うちわ)でパタパタ自分を(あお)いでたけど、その団扇(うちわ)(とら)系やった。  他にも何人か、似たようなドッ派手(ぱで)なやつらが座り込み、はよ試合(しあい)始めてくれって、()(もの)()りでビール飲んでる。  その、いろんな色の髪の毛を見て、俺は完全にポカーンて来てた。  ちびっこから、三十路(みそじ)手前(てまえ)くらいに見えるやつまで、いろいろ()るけど、みんな人でなしやった。しかも全員が男や。  その中に鎮座(ちんざ)まします蔦子(つたこ)さんは、どう見てもハーレムの(ぬし)やった。

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