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4-3 トオル

 ()り向きもせん首筋は若くて、白肌(しろはだ)がまぶしい。  そこに()い上げた夜会巻(やかいま)きの(おく)()()ってて、(あだ)っぽい。  とても、おかんの幼馴染(おさななじ)みには見えへん。だって、おかんが幼かったんて、何十年前やねん。後ろ姿だけやけど、この人、どう見ても四十前やで。  アキちゃんの家系って、みんなものすごい長生きなんとちゃうかって、俺はふと思った。  それとも、おかんと、この人だけが異常なん? 「なんで(だま)っとるんどす。挨拶(あいさつ)ぐらいしおし」  こっちを向きもせんと、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんを(しか)った。  アキちゃんはそれに、何やねんこの女っていう顔はしたけど、それでも血縁(けつえん)を考えたんか、渋々(しぶしぶ)の顔で(ゆか)に正座した。  水煙(すいえん)(わき)に置いて、いかにも(しつけ)の行き届いた子って感じで、ぜんぜん見てへん蔦子(つたこ)さんに頭を下げた。 「はじめまして。暁彦(あきひこ)です。いつも母がお世話になってます」 「あんたもお世話になるえ」  ものすごイケズな声で言い、蔦子(つたこ)さんはちらりと初めて()り向いた。  体をひねって色っぽく、アキちゃんを流し見た蔦子(つたこ)さんは、口元に目立つ泣きぼくろがある、()れ目のオバチャンやった。  類推(るいすい)される年齢から考えたら、驚異的(きょういてき)に若い。  せやけど、おかんに(くら)べると、ちょっとばかし(とう)が立ってた。  さっきは見た目、四十手前と思ったけど、もうちょっといってるかな。そんな感じ。せやけど、その()年波(としなみ)が、ええ感じのする人やった。 「まあまあ……」  シマシマの(そで)で、赤い(くちびる)(かく)して、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんをじろじろ上から下まで(なが)めてきた。 「そっくりやないの、アキちゃんに。トヨちゃんの話、ほんまやったんやわ。そやから何遍(なんべん)写真送れて言うても、送ってこなかったんやね。根性悪(こんじょうわる)やわ、昔から……」  チッみたいな顔をして、蔦子(つたこ)さんは(うら)めしそうに言うた。  アキちゃんはそれに、むっとしたリアクションやった。  ここでもいきなり、おとんの話や。機嫌(きげん)がよかろうはずもない。 「知ってるか。ウチはな、ほんまやったら、アキちゃんのお(よめ)さんになるはずやったんえ。そやのに(いくさ)で死んでしまいはって。他のと()う気はおへんて意地(いじ)はって、いかず後家(ごけ)になってもうたんえ」  アキちゃんはそれに、ノーリアクションやった。  そんなん言われても、俺かてノーリアクションやわ。だってなんて言うの。 「結婚……してはるんですよね?」  しばらくの沈黙(ちんもく)のあと、アキちゃんは()えられんようになったんか、(しぼ)り出すような声でそう()いた。 「してますえ。しょうがないやないの。跡取(あとと)りが()るんやから。アキちゃん死んだて(あきら)めて、若いツバメと結婚したんや」  まるで、アキちゃんが悪いみたいに、蔦子(つたこ)さんはガオーッて()えてた。  それにアキちゃんは、ううっていう汗脂(あぶらあせ)の顔やった。  だってこのオバチャン、何となくやけど、おかんに似てる。おとんにも似てる。それが秋津家(あきつけ)血筋(ちすじ)()むってことなんかもしれへんけど、アキちゃんにはそれがキツかったみたいやで。自分も同じ顔やのにな。 「ツバメって……人間ですか」  そんなこんなでテンパってたんか。アキちゃんはまた、ブッ飛んだことを言うてた。  真面目(まじめ)()いてんのやから()ずかしいわ。なんでも()ずかしい(やつ)のくせに、自分のこの天然(てんねん)ボケは()ずかしないんか、アキちゃん。 「人間どす! ツバメと結婚できるわけおへん。あんたはアホなんか」  蔦子(つたこ)さんはブチブチ来てた。この人、なんとなく、嵐山(あらしやま)のおかんよりも、アキちゃんのおかんみたいやないか。すぐ怒るし、ギャースって言うしやな、けっこう似てるで、キレ芸派なんかな。 「式神(しきがみ)のことかと思うたんです」  アキちゃんは今さら自分が痛くなってきたんか、正座した(ひざ)(つか)んでへこたれていた。  俺もなんとなく、すみません、うちの相方(あいかた)がこんなでと、うなだれて座ってた。俺ら最高に格好(かっこう)悪くないか、今。 「(しき)と結婚するアホがどこにいてますのん。人間の女を(はら)ませられるほどの力のあるのは滅多(めった)におりまへん。神様並みに力があれば別やけど、あいにくそんなの手駒(てごま)にいてへん」  ぷんぷん言うてる蔦子(つたこ)さんの横で、ふっふっふと面白そうに、(とら)信太(しんた)が笑って言った。 「あかんなあ。みんな種無しばっかりやねん」 「気にすることおへん。(しき)と人とは相容(あいい)れんもんどす。そんな半神半人(はんしんはんじん)が、ぼろぼろ生まれてしもたら、えらいことやないの。この世の秩序(ちつじょ)(みだ)れてしまうわ」  (なげ)かわしそうに言う蔦子(つたこ)さんの話に、俺はちょっとギクッとしてた。  やっぱり、できへんのや。子供。女に変転(へんてん)して、アキちゃんとやっても、子供できるわけやないんや。  おかんは絶対、それを(ねら)ってると思うたんやけど。それは俺の勘違(かんちが)いやったんか。  あの人、俺の顔見るたび言うで。(とおる)ちゃん、いつになったら女になるんや。いつになったらなるんやって、まるで俺がいつか性転換(せいてんかん)するのが当然みたいな言い(よう)なんやで。  ならへん。俺は。  とりあえず、やり方は分かったけど、トミ子とフュージョンしたあとに、いつのまにか女の体になってた時から、いっぺんも(ため)してない。  あれは事故で、実はもうでけへんのかもしれんけど、(ため)そうという気はしてない。  だって、アキちゃんが(いや)がってたもん。今のままの俺のほうがいいって、言うてたやんか。どっちでもええんやったら、俺は今のままがええわ。()れてるんやもん。  それに、子供できへんのやったら、男でも女でもおんなじやんか。アホくさ。(なや)んで(そん)した。  そう(どく)づいてから、俺は気づいた。けっこう自分が(なや)んでたっぽいことを。

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