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4-4 トオル
実はちょっと、責任を感じてる。
俺はアキちゃんの人生の軌道 を変えた。
普通の人コースに行けるかもしれへんかった無難 な道から、俺とふたり、人ならぬ身で異常な毎日を永遠に繰 り返すコースへ。
それでアキちゃんが幸せかどうか、俺は自信がない。
今からでも実は、遅くはないんとちゃうか。アキちゃんがもし、普通コースに戻りたいって思ってるんやったら、戻れんこともないんとちゃうか。
体はもちろん、元の普通には戻らへん。
せやけど、アキちゃん家 の人たち、どう見ても普通やないで。
おかんも蔦子 さんも、真人間 とは思えない若さやし、元々そういう血筋なんとちゃうの。
人並み外れて長生きで、鬼道 を極 める人たちなんや。その世界観 の中でやったら、今のアキちゃんかて、まあまあ普通なんやないやろか。
車の中で読んでた、あの異常なメルマガ。霊振会 の皆さんとかさ。普通なら、ありえへんような話をしてた。
予言 であるとか、結界 がどうのこうのとか、どこぞの奥地 のシャーマンと交流会 とかやな、アキちゃん聞いたらアホかて気絶 、そんなような話がずらりやったんやで。
それはまあ、アキちゃんにとっては、予定と違う吐 き気 を催 すような変人コースなんかもしれへんけど、それでも一応、人間界や。人間向けの会なんやもん。
あの中でやったら、アキちゃんかて人間の彼女見つかるかもしれへんで。ちゃんと生きてるやつ。
アキちゃんが絵に描いた神様が、暴 れ出てきて大変やったって話しても、それは大変やったわねって、普通の話として流せるような女が。
そいつと結婚して幸せな家庭を築 くとか、子供生まれて幸せなダディとか。そういうのも、一応まだまだアリなんとちゃうの。選択可能なコースとしてさ。
それを思うと、俺は凹 んだ。
その女を押しのけるのは、水煙 や勝呂瑞希 をやっつけるのとは訳 が違う。
相手はアキちゃんと同じ、ほんまもんの人間で、俺みたいな外道 と違う。
アキちゃんが、そっちがええんやって言うんやったら、行かんといてて追うわけにはいかへん。
なんや、そんな気がするねん。俺は変転 すれば女や大蛇 の姿にはなれるやろ。他のモンにかて、心がけしだいで変転 可能なんかもしれん。
せやけど本物の人間にだけはなられへん。そんなふりして見せることはできても、精気 を吸わな死んでまうし、アキちゃんの子供かて産んでやられへんのやって。
それって、アキちゃんにとって、どのくらいの欠点なんやろ。
俺は怖くて、訊 いてみたことない。アキちゃん、子供欲しいんかって。
欲しいって言われたら、俺はその時、どうすればええんやろ。
水煙 が言うてたみたいに、どこか行っといたらええんかな。アキちゃんが、人間の女を抱く間。
それとも、ずっとずっと永遠に、どっか行ってもうたほうがええのか。
なんということや。なんて鬱 になる話。
そんなん考えたらあかん。まだそうなると、決まったわけやない。
元気出さなあかん。にこにこしとこう。アキちゃんは俺の、笑ってる顔が好きなんやって。
どんよりしてたら嫌われてまうかもしれへん。
そう思って、暗い顔のまま顔を上げると、にやにやしてる虎 の信太 と目が合った。
虎 の団扇 でぱたぱた扇 ぎながら、信太 は分かったような顔で俺を見た。
なんやねん、もう、見んといてくれ。アキちゃんに怒られる。
「あんたのことは、ウチは坊 と呼びます。何や気持ち悪いんどす。アキちゃんと同じ名前で呼ぶんは。坊 でよろしおすな」
よろしくなかったんやろ。アキちゃんは黙 ってた。
蔦子 さんは、それに怒りもせず、にこりともせんかった。
「ウチのことは、蔦子 さんとお呼びやす。あんたのお母さんから、留守中になんぞありましたら、息子をよろしゅうお頼 み申 しますて頼 まれてるんや。そやから、今はウチがあんたの親代 わりどす。そのつもりで、礼儀 をわきまえなはれ」
蔦子 さんの背景にある巨大画面で、試合が始まった。
選手がグラウンドにわらわら現れて、着ぐるみのトラッキーが舞 い踊 り、観覧席 のファンはすでに熱く燃えていた。
虎 がガオーッて吠 えるアイキャッチが、蔦子 さんの背後に現れて消えるまでの間、アキちゃんはたっぷり押し黙 ってた。
そして押し殺したような声で訊 いた。
「何を、教えてくれはるんですか」
「ええ質問どす。あんたは何にも知らんのですやろ。トヨちゃんに散々 甘やかされてきて。ウチはそんなんしまへんえ。ビシビシやらせてもらいます。まずは基本や。式 の扱 いについてどす」
画面のほうに向き直り、テレビ観よかていう後ろ姿で、それでも蔦子 さんは、ぺらぺらと歯切 れ良く話を続けた。
どこかから、栓 を抜いたキリンビールの瓶 を三本ぶらさげて、赤毛の男が戻ってきて、信太 の反対側に座り、蔦子 さんにビールを注 いだ。
信太 はそれを見ながら、自分の胸 ポケットに入ってた煙草 を一本取り出し、それに火をつけて、ふはあと一息吸ってから、差し出された蔦子 さんの指にそれを渡した。
どう見ても、女王様と下僕 どもやった。
それでも、にこにこくつろいで、連中はテレビを観てた。蔦子 さんを守るように、やんわりと取り囲 んで。
「あんたには式 がその蛇 しかおらへんのどすか。水煙 を別にして」
「そうです」
「情 けない」
追い被 せてくる蔦子 さんの口調は、どことなく罵 るようやった。
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