36 / 928
4-6 トオル
阪神が、ボロ負けしてる。
俺も涙出そうやった。
半分つらくて、半分嬉 しい。
アキちゃんが俺のために、ここまでしてくれるやなんて。
でももう、ほんまにやめて。日本一なられへんようになる。
お願いやからもうやめてえ。
「アキちゃん……鬼畜 すぎや」
思わず傍 にあった腕をとって、俺は呻 いた。
ほんまは、ありがとうって言うべきところやったんやろけど。
「何が鬼畜 やねん。誰のためにやったってるんや」
アキちゃん、ムッとしてたわ。
「俺や。俺やろ。でも見て、球場に居 る大勢 のファンの皆さんを。皆、一生懸命 応援 して楽しみに来てんのに、どっちが勝つか、アキちゃんが決めんのか。そんな権利、アキちゃんにあんの?」
俺が縋 り付いて頼 むと、アキちゃんはちょっと悩んだようやった。
「……野球やで?」
たかが野球ですが、みたいな、そんな口ぶりやった。
そ、そうや。野球ですよ。それに必死なんやん、虎 キチは。
見ろ、海道蔦子 の憔悴 ぶりを。
五歳は老 けたわ。髪の毛ぐちゃぐちゃなってはるやん。
蔦子 さんは、もうあかんみたいに折 れた背中で、ごくごくビール飲んで、テレビ消しなはれって、自分の式 に言いつけていた。
体育座りで見てたチビッ子が、すたすた行って主電源を落としてやっていた。
蔦子 さんは、額 に落ちた後 れ毛 を撫 でつけて、アキちゃんのほうに膝 を向けた。
そうして、ふうっと不機嫌 なため息をつく渋面 は、俺にはやっぱり、アキちゃんそっくりに見えた。
「ようく分かりました。あんたの根性悪 も、持ってる力も。要 するに、あんたは我 が儘 なんや。天地 に、自分の願 いを聞き届けさせる力がある。あんたが強請 れば、神風 かて吹 くのやろ」
残ってた煙草 を一息吹 かしてから、それを蔦子 さんはどこともない場所に差し出し、赤毛がそれを灰皿で受けてた。
「ウチはな、占 いを生業 としてます。未来を見る力がありますのんや。それは得意 やけどな、あんたや、トヨちゃんみたいな力は振 るいまへん。そやから、あんたを秋津 の跡取 りと見込 んで、やってもらいたい仕事がありますのんや」
蔦子 さんの、きちんと背筋 をのばして座る姿は、今度はおかんに似てた。
アキちゃんはその姿を、俺を腕に縋 りつかせたまま、じいっと見てた。
「読みましたやろ、霊振会 のメールマガジンとかいうの」
当然見たよなという口調 で言われ、アキちゃんがうっと呻 いてた。
蔦子 さんの仕業 やったんか。あの迷惑メール。アキちゃんをふらふらにさせた霊振会 。
「蔦子 さんやったんですか! あんなもんに俺のアドレス登録したんは!」
アキちゃん思わず怒鳴 る口調やったわ。キレ芸VSキレ芸や。
それでも蔦子 さんは、逆ギレはせえへんかった。そうや、っていう何気 なさやった。
「うちはやり方わからへんから、信太 がしてくれたんどす。茂 ちゃんがな、大崎 先生や、あのお人が、あんたも霊振会 に入れておやりて言うもんやから、ほなそうしましょうと思ってたんやけど、ずっと忘れてたんや。それが今朝、鯰 が騒 ぐもんやから、これはとうとう、あんたを呼びつける時が来たと思うてな」
「それと霊振会 と何の関係があるんや」
「読んでまへんのんか。迂闊 な子ぉやわ、ほんまに。鯰 のことが書いてありましたやろ」
そんなん書いてあったっけ。俺、人面魚 の話しか読んでへんかったわ。アキちゃんが消せって急 かすもんやから。
人魚 というか、半漁人 というか、人面魚 みたいな海モノが、最近、神戸の須磨 海岸に上がったんやって。
それで、何やおかしいなって、そんな話。
すげえ、人魚 やで。俺、見たことないし見てみたい。
あっ。顔綺麗なんかな。
それやったら見にいかれへんわ。アキちゃん、さらわれてもうたら大事 やから。
「読んでません……」
反省した声で、アキちゃん答えてた。
ほらな。読んどいたら良かったやろ。俺の言うこと聞いといたらええねん。
アキちゃんの超常 アレルギー、なんとかせなな。
「まあ……よろし。明日にしましょ。ウチはもう、今日は疲 れたさかい、寝ます」
燃 え尽 きた顔で、蔦子 さんは寝る宣言 。
「そやけどな、坊 。あんたに心があるんやったら、水煙 に頼 んで、試合を巻き戻しといておくれやす。その子は時間を戻せるんや。アキちゃんにはできたそうや」
「時間を戻す?」
俺はアキちゃんと、声をそろえて聞き返してた。
そんな荒技 、聞いたこともない。
怖い。水煙 、どんな秘技 を持ってんねん。
どうしよう、俺、そんな強そうな奴 にめちゃめちゃ喧嘩 売ってもうた。
「決まった範囲 だけのようやけど。球場 の時間を戻すくらいはできるんやおへんか?」
どことなく、泣きつく口調で言う蔦子 さんは、ちょっと可哀想 やった。
オバチャン、ほんまに悲しいんやな。阪神、負けるんかな、今夜。
「無理やろ、蔦子 さん。中継 されてるんやで。テレビとか、ラジオとか、ネットでも。それを全部巻き戻せなんて、いくらなんでも無茶 やろ。命懸 けでやるような事やないわ」
床 にごろんと寝転がっていた虎 も、燃 え尽 きてたんか。諫 める信太 の声には力がなかった。がっくり来てる。
「ああ、そうやった。ほんならあの十二点は諦 めなあかんのか。むごいわあ」
よろよろ立ち上がって、蔦子 さんは居間 から出ていった。
後に残された式 の中には、どろんと消える奴もおったし、彼女の後に付いていく奴もおった。
信太 は赤毛と二人でその場に残って、まだ残ってるビールを片付けようという気配 やった。
「飲みますか、本間 先生も」
「いや。車で来たんやし、もう失礼するわ」
「帰れませんよ。しばらく居てもらわないと」
すげなく断るアキちゃんに、信太 は苦笑 いで教えた。
ともだちにシェアしよう!