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4-6 トオル

 阪神が、ボロ負けしてる。  俺も涙出そうやった。  半分つらくて、半分(うれ)しい。  アキちゃんが俺のために、ここまでしてくれるやなんて。  でももう、ほんまにやめて。日本一なられへんようになる。  お願いやからもうやめてえ。 「アキちゃん……鬼畜(きちく)すぎや」  思わず(そば)にあった腕をとって、俺は(うめ)いた。  ほんまは、ありがとうって言うべきところやったんやろけど。 「何が鬼畜(きちく)やねん。誰のためにやったってるんや」  アキちゃん、ムッとしてたわ。 「俺や。俺やろ。でも見て、球場に()大勢(おおぜい)のファンの皆さんを。皆、一生懸命(いっしょうけんめい)応援(おうえん)して楽しみに来てんのに、どっちが勝つか、アキちゃんが決めんのか。そんな権利、アキちゃんにあんの?」  俺が(すが)り付いて(たの)むと、アキちゃんはちょっと悩んだようやった。 「……野球やで?」  たかが野球ですが、みたいな、そんな口ぶりやった。  そ、そうや。野球ですよ。それに必死なんやん、(とら)キチは。  見ろ、海道蔦子(かいどうつたこ)憔悴(しょうすい)ぶりを。  五歳は()けたわ。髪の毛ぐちゃぐちゃなってはるやん。  蔦子(つたこ)さんは、もうあかんみたいに()れた背中で、ごくごくビール飲んで、テレビ消しなはれって、自分の(しき)に言いつけていた。  体育座りで見てたチビッ子が、すたすた行って主電源を落としてやっていた。  蔦子(つたこ)さんは、(ひたい)に落ちた(おく)()()でつけて、アキちゃんのほうに(ひざ)を向けた。  そうして、ふうっと不機嫌(ふきげん)なため息をつく渋面(じゅうめん)は、俺にはやっぱり、アキちゃんそっくりに見えた。 「ようく分かりました。あんたの根性悪(こんじょうわる)も、持ってる力も。(よう)するに、あんたは()(まま)なんや。天地(あめつち)に、自分の(ねが)いを聞き届けさせる力がある。あんたが強請(ねだ)れば、神風(かみかぜ)かて()くのやろ」  残ってた煙草(たばこ)を一息()かしてから、それを蔦子(つたこ)さんはどこともない場所に差し出し、赤毛がそれを灰皿で受けてた。 「ウチはな、(うらな)いを生業(なりわい)としてます。未来を見る力がありますのんや。それは得意(とくい)やけどな、あんたや、トヨちゃんみたいな力は()るいまへん。そやから、あんたを秋津(あきつ)跡取(あとと)りと見込(みこ)んで、やってもらいたい仕事がありますのんや」  蔦子(つたこ)さんの、きちんと背筋(せすじ)をのばして座る姿は、今度はおかんに似てた。  アキちゃんはその姿を、俺を腕に(すが)りつかせたまま、じいっと見てた。 「読みましたやろ、霊振会(れいしんかい)のメールマガジンとかいうの」  当然見たよなという口調(くちょう)で言われ、アキちゃんがうっと(うめ)いてた。  蔦子(つたこ)さんの仕業(しわざ)やったんか。あの迷惑メール。アキちゃんをふらふらにさせた霊振会(れいしんかい)。 「蔦子(つたこ)さんやったんですか! あんなもんに俺のアドレス登録したんは!」  アキちゃん思わず怒鳴(どな)る口調やったわ。キレ芸VSキレ芸や。  それでも蔦子(つたこ)さんは、逆ギレはせえへんかった。そうや、っていう何気(なにげ)なさやった。 「うちはやり方わからへんから、信太(しんた)がしてくれたんどす。(しげる)ちゃんがな、大崎(おおさき)先生や、あのお人が、あんたも霊振会(れいしんかい)に入れておやりて言うもんやから、ほなそうしましょうと思ってたんやけど、ずっと忘れてたんや。それが今朝、(なまず)(さわ)ぐもんやから、これはとうとう、あんたを呼びつける時が来たと思うてな」 「それと霊振会(れいしんかい)と何の関係があるんや」 「読んでまへんのんか。迂闊(うかつ)な子ぉやわ、ほんまに。(なまず)のことが書いてありましたやろ」  そんなん書いてあったっけ。俺、人面魚(じんめんぎょ)の話しか読んでへんかったわ。アキちゃんが消せって()かすもんやから。  人魚(にんぎょ)というか、半漁人(はんんぎょじん)というか、人面魚(じんめんぎょ)みたいな海モノが、最近、神戸の須磨(すま)海岸に上がったんやって。  それで、何やおかしいなって、そんな話。  すげえ、人魚(にんぎょ)やで。俺、見たことないし見てみたい。  あっ。顔綺麗なんかな。  それやったら見にいかれへんわ。アキちゃん、さらわれてもうたら大事(おおごと)やから。 「読んでません……」  反省した声で、アキちゃん答えてた。  ほらな。読んどいたら良かったやろ。俺の言うこと聞いといたらええねん。  アキちゃんの超常(ちょうじょう)アレルギー、なんとかせなな。 「まあ……よろし。明日にしましょ。ウチはもう、今日は(つか)れたさかい、寝ます」  ()()きた顔で、蔦子(つたこ)さんは寝る宣言(せんげん)。 「そやけどな、(ぼん)。あんたに心があるんやったら、水煙(すいえん)(たの)んで、試合を巻き戻しといておくれやす。その子は時間を戻せるんや。アキちゃんにはできたそうや」 「時間を戻す?」  俺はアキちゃんと、声をそろえて聞き返してた。  そんな荒技(あらわざ)、聞いたこともない。  怖い。水煙(すいえん)、どんな秘技(ひぎ)を持ってんねん。  どうしよう、俺、そんな強そうな(やつ)にめちゃめちゃ喧嘩(けんか)売ってもうた。 「決まった範囲(はんい)だけのようやけど。球場(きゅうじょう)の時間を戻すくらいはできるんやおへんか?」  どことなく、泣きつく口調で言う蔦子(つたこ)さんは、ちょっと可哀想(かわいそう)やった。  オバチャン、ほんまに悲しいんやな。阪神、負けるんかな、今夜。 「無理やろ、蔦子(つたこ)さん。中継(ちゅうけい)されてるんやで。テレビとか、ラジオとか、ネットでも。それを全部巻き戻せなんて、いくらなんでも無茶(むちゃ)やろ。命懸(いのちが)けでやるような事やないわ」  (ゆか)にごろんと寝転がっていた(とら)も、()()きてたんか。(いさ)める信太(しんた)の声には力がなかった。がっくり来てる。 「ああ、そうやった。ほんならあの十二点は(あきら)めなあかんのか。むごいわあ」  よろよろ立ち上がって、蔦子(つたこ)さんは居間(いま)から出ていった。  後に残された(しき)の中には、どろんと消える奴もおったし、彼女の後に付いていく奴もおった。  信太(しんた)は赤毛と二人でその場に残って、まだ残ってるビールを片付けようという気配(けはい)やった。 「飲みますか、本間(ほんま)先生も」 「いや。車で来たんやし、もう失礼するわ」 「帰れませんよ。しばらく居てもらわないと」  すげなく断るアキちゃんに、信太(しんた)苦笑(にがわら)いで教えた。

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