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4-7 トオル

 煙草(たばこ)を取り出し、一本(くわ)えた信太(しんた)口元(くちもと)に、(となり)の赤毛が手を差し出した。  ライター持ってんのかと思うたら、素手(すで)やった。  その、なんにも持ってへん指の先から、ふっと小さな火が現れて、信太(しんた)煙草(たばこ)に火を入れた。  こいつも蔦子(つたこ)さんの式神(しきがみ)なんやろと、俺は赤毛の正体(しょうたい)見定(みさだ)めた。  なんかの鳥っぽい。どことなく、異国(いこく)モンくさい顔立ちの赤毛男を、俺はじっと見つめた。 「寛太(かんた)寝床(ねどこ)の用意はさせたか」 「()かりなく」  新しいグラスにビールを()ぎながら、赤毛は答えた。 「ご案内(あんない)しろ」  (とら)の命令口調にも、赤毛はにこにこ機嫌(きげん)がいいままやった。  返事の代わりに(うなず)いて立ち上がり、裸足(はだし)の足でひたひたと、俺らの方へやって来た。 「客間(きゃくま)のほうへ」  にこにこ愛想(あいそう)のいい顔で、赤毛は俺とアキちゃんに、立つように(うなが)した。  (なん)とはなしに(はな)れがたくて、俺はアキちゃんの腕にぶら下がったままやった。  そやからアキちゃんは()()き、片手に俺を、もう片方に水煙(すいえん)をぶら下げて歩く羽目(はめ)になったんやけど、手を放せとは怒らへんかった。  そんな異様(いよう)といえば異様(いよう)な俺らの様子(ようす)を、赤毛はちっとも不思議(ふしぎ)に思わんようやった。  黒光(くろびか)りする板間(いたま)廊下(ろうか)を、ひたひたと裸足(はだし)で行く赤毛の足は、(うつ)()(ゆか)のほうでは、固いウロコのある鳥の足やった。  この家にいる人間は、蔦子(つたこ)さんとアキちゃんだけや。  あとは全員、人でなし。そんな予感がした。  ひそひそと、(うわさ)するような(ささや)き声が、天井裏(てんじょううら)から聞こえてた。きっと海道家(かいどうけ)()いてる何か下等な(れい)やろう。  アキちゃんの腕に(すが)りつつ、俺はその沢山(たくさん)いる気配(けはい)を感じつつ歩いてた。  客間(きゃくま)薄暗(うすぐら)廊下(ろうか)(おく)にあり、和室かと思ったら、和風の黒い板間(いたま)のまま、でっかいダブルベッドが置いてあり、赤い和紙(わし)を張った行燈(あんどん)みたいな照明(しょうめい)があった。  ライトなんかと思ってたら、赤毛は(そば)に行って、それに火を入れた。  ふっと指先から(うつ)す、赤い和蝋燭(わろうそく)(とも)したほんまもんの火やった。 「電気もあるんやけど、暗いほうが雰囲気(ふんいき)いいでしょ」  雰囲気(ふんいき)って、何のって、()くだけ野暮(やぼ)やという気配(けはい)やった。  寝間着(ねまき)にパジャマ、着るんやったらと言って、赤毛はベッドの上にある真っ白なパジャマを指さした。  そして、風呂(ふろ)やトイレは奥に客間(きゃくま)専用のがあるし、クロゼットには当座(とうざ)着替(きが)えが、それから酒もあるしと俺に教えた。  それにな、やるんやったら、枕元(まくらもと)にある()(こう)を使い。あれは、それ用やからと、あっけらかんとして言った。  まるでそんなもん日常茶飯事(にちじょうさはんじ)、声をひそめる必要もないわっていう、そんな態度(たいど)やった。 「先生、剣はどうします。(あず)かりますか」  あぜんとしてるアキちゃんに、赤毛は(たず)ねた。  アキちゃんはそれに、首を横に()っただけやった。  たぶん、思ったんやろ。こんな得体(えたい)の知れん(やつ)らに、伝家(でんか)宝刀(ほうとう)(あず)けるわけにはいかん。信用でけへんわって。  せやけど赤毛は、親切で言うてたんやろ。(あず)けへんのかって、皮肉(ひにく)()みやった。 「三人でやんの?」  ひそめた声で、赤毛は俺に(たず)ねてきた。  俺も何も言わんと、ただ首を横に振っただけやった。  そんなんせえへんで。やるとしても、俺とアキちゃんだけやでって。 「すごいなあ、お(たく)の先生。何人でも(やしな)えるやろ。さっきは(しび)れたわ。せやけどお前、(そん)したで。信太(しんた)兄貴(あにき)もなかなかすごい。まさに虎並(とらな)み」  にやにやと、俺にそう(ささや)いて教えて、赤毛は出ていく素振(そぶ)りやった。  それではどうぞごゆっくりと、慇懃(いんぎん)に言うて、ちらりと値踏(ねぶ)みする一瞥(いちべつ)をアキちゃんにくれ、赤毛は()った。  床に写り込む鳥の足で、ひたひたと。  そして水入(みずい)らずになってからも、俺とアキちゃんは、しばらくぽかんとしてた。  なんやろ、この家。何や変なん、いっぱいおるわ。 「いつ帰れるんやろ……」  どうも弱気(よわき)になってきて、俺は腕にすがったままやったアキちゃんに()いた。  せやけどアキちゃんかて、そんなことは知るわけもない。何も答えへんかった。  それでも組んでた腕を(ほど)かせて、その手で俺の背を優しく()でてから、アキちゃんはベッドの上に水煙(すいえん)を置きにいった。  他に置くとこないねん。部屋は(せま)くはなかったけど、ベッドがでかいもんやから、ベッドを置いたらそれで何となく()まった感があり、他には赤い行燈(あんどん)があるだけで、椅子(いす)もテーブルも何にもなかった。  一応、和室なんやから、床に置けばええのかもしれへんけど、ロー・ベッドとはいえ、とにかくベッドがあるからには、床に置いたら可哀想(かわいそう)やと、アキちゃんは無意識に思ったんかもしれへん。  せやけど、どっちが可哀想(かわいそう)やったやろ。  見た目が剣やと、アキちゃんは水煙(すいえん)のことを、道具の部類(ぶるい)と思うてまうらしい。枕元(まくらもと)の目覚まし時計が普段(ふだん)気にならんように、水煙(すいえん)のことも気にならへん。  それとも(げき)というのは、本来そういうもんなんかもしれへん。式神(しきがみ)なんて道具やと、そういうふうに思ってんのかも。  どうしたもんかと戸惑(とまど)い顔で()っ立ってる俺のところへ、アキちゃんは戻ってきて、やんわりと、それでも強い腕で抱きしめてきた。  その上背(うわぜい)のある体を、俺はうっとり抱き返してた。  アキちゃんの(かた)に頭をもたれさせると、とろんと心地(ここち)ようなってきて、すごく安心できた。  ああ良かったと、俺はやっと思った。捨てていかれんで良かったわ。  今夜もこうして、アキちゃんに抱いててもらえる。  他の誰かやのうて、俺の一番好きなアキちゃんに。

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