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三都幻妖夜話(3)神戸編 4-7 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
4-7 トオル
作者:
椎堂かおる
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37 / 928
4-7 トオル
煙草
(
たばこ
)
を取り出し、一本
銜
(
くわ
)
えた
信太
(
しんた
)
の
口元
(
くちもと
)
に、
隣
(
となり
)
の赤毛が手を差し出した。 ライター持ってんのかと思うたら、
素手
(
すで
)
やった。 その、なんにも持ってへん指の先から、ふっと小さな火が現れて、
信太
(
しんた
)
の
煙草
(
たばこ
)
に火を入れた。 こいつも
蔦子
(
つたこ
)
さんの
式神
(
しきがみ
)
なんやろと、俺は赤毛の
正体
(
しょうたい
)
を
見定
(
みさだ
)
めた。 なんかの鳥っぽい。どことなく、
異国
(
いこく
)
モンくさい顔立ちの赤毛男を、俺はじっと見つめた。 「
寛太
(
かんた
)
、
寝床
(
ねどこ
)
の用意はさせたか」 「
抜
(
ぬ
)
かりなく」 新しいグラスにビールを
注
(
つ
)
ぎながら、赤毛は答えた。 「ご
案内
(
あんない
)
しろ」
虎
(
とら
)
の命令口調にも、赤毛はにこにこ
機嫌
(
きげん
)
がいいままやった。 返事の代わりに
頷
(
うなず
)
いて立ち上がり、
裸足
(
はだし
)
の足でひたひたと、俺らの方へやって来た。 「
客間
(
きゃくま
)
のほうへ」 にこにこ
愛想
(
あいそう
)
のいい顔で、赤毛は俺とアキちゃんに、立つように
促
(
うなが
)
した。
何
(
なん
)
とはなしに
離
(
はな
)
れがたくて、俺はアキちゃんの腕にぶら下がったままやった。 そやからアキちゃんは
成
(
な
)
り
行
(
ゆ
)
き、片手に俺を、もう片方に
水煙
(
すいえん
)
をぶら下げて歩く
羽目
(
はめ
)
になったんやけど、手を放せとは怒らへんかった。 そんな
異様
(
いよう
)
といえば
異様
(
いよう
)
な俺らの
様子
(
ようす
)
を、赤毛はちっとも
不思議
(
ふしぎ
)
に思わんようやった。
黒光
(
くろびか
)
りする
板間
(
いたま
)
の
廊下
(
ろうか
)
を、ひたひたと
裸足
(
はだし
)
で行く赤毛の足は、
写
(
うつ
)
り
込
(
こ
)
む
床
(
ゆか
)
のほうでは、固いウロコのある鳥の足やった。 この家にいる人間は、
蔦子
(
つたこ
)
さんとアキちゃんだけや。 あとは全員、人でなし。そんな予感がした。 ひそひそと、
噂
(
うわさ
)
するような
囁
(
ささや
)
き声が、
天井裏
(
てんじょううら
)
から聞こえてた。きっと
海道家
(
かいどうけ
)
に
憑
(
つ
)
いてる何か下等な
霊
(
れい
)
やろう。 アキちゃんの腕に
縋
(
すが
)
りつつ、俺はその
沢山
(
たくさん
)
いる
気配
(
けはい
)
を感じつつ歩いてた。
客間
(
きゃくま
)
は
薄暗
(
うすぐら
)
い
廊下
(
ろうか
)
の
奥
(
おく
)
にあり、和室かと思ったら、和風の黒い
板間
(
いたま
)
のまま、でっかいダブルベッドが置いてあり、赤い
和紙
(
わし
)
を張った
行燈
(
あんどん
)
みたいな
照明
(
しょうめい
)
があった。 ライトなんかと思ってたら、赤毛は
傍
(
そば
)
に行って、それに火を入れた。 ふっと指先から
移
(
うつ
)
す、赤い
和蝋燭
(
わろうそく
)
に
灯
(
とも
)
したほんまもんの火やった。 「電気もあるんやけど、暗いほうが
雰囲気
(
ふんいき
)
いいでしょ」
雰囲気
(
ふんいき
)
って、何のって、
訊
(
き
)
くだけ
野暮
(
やぼ
)
やという
気配
(
けはい
)
やった。
寝間着
(
ねまき
)
にパジャマ、着るんやったらと言って、赤毛はベッドの上にある真っ白なパジャマを指さした。 そして、
風呂
(
ふろ
)
やトイレは奥に
客間
(
きゃくま
)
専用のがあるし、クロゼットには
当座
(
とうざ
)
の
着替
(
きが
)
えが、それから酒もあるしと俺に教えた。 それにな、やるんやったら、
枕元
(
まくらもと
)
にある
練
(
ね
)
り
香
(
こう
)
を使い。あれは、それ用やからと、あっけらかんとして言った。 まるでそんなもん
日常茶飯事
(
にちじょうさはんじ
)
、声をひそめる必要もないわっていう、そんな
態度
(
たいど
)
やった。 「先生、剣はどうします。
預
(
あず
)
かりますか」 あぜんとしてるアキちゃんに、赤毛は
訊
(
たず
)
ねた。 アキちゃんはそれに、首を横に
振
(
ふ
)
っただけやった。 たぶん、思ったんやろ。こんな
得体
(
えたい
)
の知れん
奴
(
やつ
)
らに、
伝家
(
でんか
)
の
宝刀
(
ほうとう
)
を
預
(
あず
)
けるわけにはいかん。信用でけへんわって。 せやけど赤毛は、親切で言うてたんやろ。
預
(
あず
)
けへんのかって、
皮肉
(
ひにく
)
な
笑
(
え
)
みやった。 「三人でやんの?」 ひそめた声で、赤毛は俺に
尋
(
たず
)
ねてきた。 俺も何も言わんと、ただ首を横に振っただけやった。 そんなんせえへんで。やるとしても、俺とアキちゃんだけやでって。 「すごいなあ、お
宅
(
たく
)
の先生。何人でも
養
(
やしな
)
えるやろ。さっきは
痺
(
しび
)
れたわ。せやけどお前、
損
(
そん
)
したで。
信太
(
しんた
)
の
兄貴
(
あにき
)
もなかなかすごい。まさに
虎並
(
とらな
)
み」 にやにやと、俺にそう
囁
(
ささや
)
いて教えて、赤毛は出ていく
素振
(
そぶ
)
りやった。 それではどうぞごゆっくりと、
慇懃
(
いんぎん
)
に言うて、ちらりと
値踏
(
ねぶ
)
みする
一瞥
(
いちべつ
)
をアキちゃんにくれ、赤毛は
去
(
さ
)
った。 床に写り込む鳥の足で、ひたひたと。 そして
水入
(
みずい
)
らずになってからも、俺とアキちゃんは、しばらくぽかんとしてた。 なんやろ、この家。何や変なん、いっぱいおるわ。 「いつ帰れるんやろ……」 どうも
弱気
(
よわき
)
になってきて、俺は腕にすがったままやったアキちゃんに
訊
(
き
)
いた。 せやけどアキちゃんかて、そんなことは知るわけもない。何も答えへんかった。 それでも組んでた腕を
解
(
ほど
)
かせて、その手で俺の背を優しく
撫
(
な
)
でてから、アキちゃんはベッドの上に
水煙
(
すいえん
)
を置きにいった。 他に置くとこないねん。部屋は
狭
(
せま
)
くはなかったけど、ベッドがでかいもんやから、ベッドを置いたらそれで何となく
埋
(
う
)
まった感があり、他には赤い
行燈
(
あんどん
)
があるだけで、
椅子
(
いす
)
もテーブルも何にもなかった。 一応、和室なんやから、床に置けばええのかもしれへんけど、ロー・ベッドとはいえ、とにかくベッドがあるからには、床に置いたら
可哀想
(
かわいそう
)
やと、アキちゃんは無意識に思ったんかもしれへん。 せやけど、どっちが
可哀想
(
かわいそう
)
やったやろ。 見た目が剣やと、アキちゃんは
水煙
(
すいえん
)
のことを、道具の
部類
(
ぶるい
)
と思うてまうらしい。
枕元
(
まくらもと
)
の目覚まし時計が
普段
(
ふだん
)
気にならんように、
水煙
(
すいえん
)
のことも気にならへん。 それとも
覡
(
げき
)
というのは、本来そういうもんなんかもしれへん。
式神
(
しきがみ
)
なんて道具やと、そういうふうに思ってんのかも。 どうしたもんかと
戸惑
(
とまど
)
い顔で
突
(
つ
)
っ立ってる俺のところへ、アキちゃんは戻ってきて、やんわりと、それでも強い腕で抱きしめてきた。 その
上背
(
うわぜい
)
のある体を、俺はうっとり抱き返してた。 アキちゃんの
肩
(
かた
)
に頭をもたれさせると、とろんと
心地
(
ここち
)
ようなってきて、すごく安心できた。 ああ良かったと、俺はやっと思った。捨てていかれんで良かったわ。 今夜もこうして、アキちゃんに抱いててもらえる。 他の誰かやのうて、俺の一番好きなアキちゃんに。
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椎堂かおる
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