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4-9 トオル

 ひんやりとした、秋の花を思わせるような香りがしてた。  赤毛の鳥が用意してった例のアレの匂いやろ。いい匂いやけど、これ、何か変なもん入ってたんやないか。  あまりに()すぎで、(くせ)になりそう。  それともドーピング疑惑(ぎわく)()(ぎぬ)で、押し寄せるようなアキちゃんの怒濤(どとう)の愛が、危険なほど気持ちいいだけやったんか。 「気持ちええか、(とおる)」 「気持ちええわ。ものすごくいい……いきそうや、アキちゃん」  俺の(あし)を押し開いて、真面目(まじめ)()いてくるアキちゃんに、俺は切羽詰(せっぱつ)まって答えてた。 「我慢(がまん)せえ。もっといっぱいしてやるから」 「ああ、そんな……無理や……」  もう無理、ちょっと(ゆる)めてほしいぐらいや。  またもや最速記録更新というのでは、ちょっとどうやろ。  もっとゆっくりやったほうが、ええんやないか。  長い一生なんやし、時間なんかいくらでもある。(あせ)ってイクことないやんか。 「(とおる)、好きや……好き」  ぐわあ始まった、アキちゃんの言葉責めが。最近の(くせ)やねん。  燃え燃えになってくると、好きや好きやってずっと言うんや。  やめてほしいねん、俺はそういうのに弱いんやから。我慢(がまん)でけへんようになるやんか。 「やめて、アキちゃん、それは……やめといて」  いや、やっぱ、やめんといて。もっと言うてくれ。もっと激しくやって。  でももう我慢(がまん)でけへんようになる。  つらい。気持ちいい。天国と地獄がいっぺんに来たみたい。(ぼん)と正月とクリスマスもついでに来たみたい。  つらくて、気持ちよくて、めちゃくちゃ幸せ。  ああ、ほんまにもう、これは、(たま)りません。  激しくやられながら、俺は絶頂(ぜっちょう)に達してた。吹き出たやつが、アキちゃんの(あせ)()れた体を、さらに()らした。  ()ずかしい。それはそれで、(たま)らんような()さや。  ()すぎて、なかなか終わらへん。  狂ったように(あえ)ぐ俺を、欄間(らんま)から誰かが見てた。  無数(むすう)の小さい目みたいなのが、じいっとこっちを見てる。  ああ何やねん、見んといてくれ。()ずかしいやんか。  それに俺は、見られると感じるほうやねん。変態(へんたい)か。まさにそれですやん。外道(げどう)なんやから。  くすくすざわめいて(のぞ)き見してる見たがり屋は、どうやらここの家憑(いえつ)きやった。新しい家やのに、どこかからあいつらも一緒に引っ越してきたんやろ。  物見高くガン見していた連中やったけど、途中で半分どっかへ消えた。  あっちもすごいわって、見よう見ようみたいなノリでやな、ざわざわ逃げていったわ。  闇夜にかすかに(あえ)ぐ声が、聞こえたような気もしたな。  それは自分の声の木霊(こだま)やったんか。  それともタイガーに食われてる誰かか。わからへん、それは。  もしかしたら今夜、(とら)に食われて死ぬ目にあってたんは、自分やったんかって、俺はぼんやり思ってた。  アキちゃんに抱かれながら、もうどうしようもないくらい気持ちええのに、そんなことを思いつけた。  俺はなんて、不実(ふじつ)淫乱(いんらん)なんやろって、そう思うと燃えた。  アキちゃんが二回目をやる間、俺はずっと、咆吼(ほうこう)する(とら)の絵が、頭にちらついて離れへんかった。  それは居間(いま)のテレビで観たようなやつとは違う。見上げるようなでかい(とら)やねん。  それが炎をまといつかせて、激しく()えてる。俺が震え上がるような、ものすごい声で。そしてそいつが、(むさぼ)り食いに来る。  ああ、やめて、って、それを(こば)み、その空想を()り払おうとした。  何でそんなこと思うんやろ。それが悲しくなってきて、俺は泣いてた。  気持ちよすぎて涙出てきてただけか。泣くほど気持ちええんやって、アキちゃんは思ったらしかった。  それは、(うそ)やない。本当や。気持ちよかった。  せやけど俺の目には、ベッドに放置されたままやった水煙(すいえん)の、(きら)めくような(さや)が見えてた。  確かに俺は、あいつが言うように、誰でもええのかもしれへん。  アキちゃん好きやって狂ったようやのに、その同じ頭で、(とら)()えてる。  そんなん嫌やって泣いてみせても、結局お前は(みだ)らな(へび)やろって、ものを言わんようになった水煙(すいえん)が、思うてるような気がして、見んといてくれって俺は(あせ)った。  また口きけるようになったら、水煙(すいえん)はそれを、アキちゃんにチクるやろか。  言うやろ、当然。ジュニア、あの(へび)は、お前とやりながら、他の男のことを考えてる。アホな夢から()めろって。  ああどうしよう。  その焦燥感(しょうそうかん)の中で、俺はアキちゃんに追い上げられて、またイってた。  気持ちいい。でも、不安で胸が(さわ)ぐ。  その恐れと、感極(かんきわ)まった愉悦(ゆえつ)とで、俺の体はがくがく震えてきてた。  アキちゃんはその体を抱いて、俺が好きやって言うた。そして奥深くでその言葉と同じ熱い愛を注いだ。  絶頂(ぜっちょう)(こわ)ばるアキちゃんに、強く抱かれて、俺は息もできんようになってた。  嫌や。こんなのは。アキちゃんのことだけ想っていたい。他のなんか()らん。  それでも、あれもいい、これもいいって、よろよろ()かれてまうんは、俺の性癖(せいへき)か。どうしようもない(やつ)なんか。 「アキちゃん……」  終わった後のはあはあ荒い息で抱き合うと、アキちゃんの体は(あせ)()れていた。  俺もすっかり(あせ)だくやった。それでもアキちゃんは、気にせず抱きしめてくれてた。 「アキちゃん、俺が、浮気したらどうする?」  つらいか。アキちゃんは。怒ってくれるか。  それともいつもみたいに、好きにしろって言うんか。やせ我慢(がまん)して、なんでもないわっていう顔を作って。  抱かれて見上げてる俺を、じっと()し目に見ながら、アキちゃんは考えてるようやった。何度か(まばた)きする間、アキちゃんは考え込んでた。  そして、ぽつりと答えを出してきた。 「殺す」  その答えに、俺の頭は真っ白になってた。  殺されるんや、俺。アキちゃんに。許せへんのか。それぐらい、怒ってくれるんか。 「そうして……アキちゃん、ほんまにそうして」  もしも俺にアキちゃんより好きな相手ができてもうたら、殺してくれ。  俺は死にたい。そんな自分が、許されへんから。  水煙(すいえん)に、やらせてもええよ。あいつに捕らわれて、永遠の拷問(ごうもん)みたいに、アキちゃんが他の誰かと幸せになるのを、(ふる)えながら見てる。  それぐらいの罪やと思う。もし俺が、アキちゃんを裏切って、他のに走れば。 「そんなこと、俺にさせるな」  (くちびる)()れそうな近さで、俺の(ほほ)(つつ)んで、アキちゃんはそう命令してきた。俺はそれに、(だま)って(うなず)いた。そして、アキちゃんにキスしてもらった。  ()れたベッドの上で抱き合うと、夏ももう終わりやという気がした。  秋のような匂いがしてたせいか。ふと首筋(くびすじ)の寒いような気分のせいか。  寒いと言うと、アキちゃんは抱いてくれた。熱い腕で。  それに(すが)って、俺は眠った。深い安堵(あんど)と不安の両方がある。幸せで、寝苦しい夜やった。 ――第4話 おわり――

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