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5-1 アキヒコ

 早朝起きてシャワーを浴びて、クロゼットを開けてみると、服がどっさり入ってた。  よもやアロハかとビビってたんやけど、そんなことはなかった。  まるで出町(でまち)のマンションの、自分のクロゼットからとってきたんやないかっていうようなラインナップ。ほんまに誰か不法侵入して、持ってきたんやないか。  それでも服は全部新品やった。  半分は俺の。半分は(とおる)の。余裕でここに住める。そう思えるくらいの量で。  それでも一時滞在(たいざい)用ではあった。  俺はな、衣装(いしょう)持ちやねん。(きょう)着倒(きだお)れってよく言うけど、ちょっと病気やねん。  時々、なんかの発作(ほっさ)みたいに、店ごと買うんかっていうノリで、服やら(くつ)やら何でもかんでも()うてまうねん。  (とおる)にはすでにそれを、アキちゃんのバイ・ナウ(びょう)命名(めいめい)されてて、(はげ)しくバレている。  三条通(さんじょうどお)りの町屋(まちや)に入ったポール・スミスの店前(みせまえ)通過中(つうかちゅう)、わざわざ店ん中から店員さんが出てきて、本間(ほんま)様どうもって、にこにこ挨拶(あいさつ)をした。  その人が(わり)かし美形(びけい)やということで、俺は近場(ちかば)のコーヒー屋で(とおる)に二時間説教(せっきょう)をされ、事の次第(しだい)をゲロさせられた。  違う違う、やましい事はなにもない。  俺が前にここを通りかかったとき、(あざ)やかなまでの大名買(だいみょうが)いをした。それで愛想(あいそう)がええだけやねん。お前と会う前や。  それに、なんで俺が店の、しかも男の店員さんを、顔可愛(かわい)いっていうてナンパせなあかんねん。  ナンパなんかいっぺんもしたことないわって、俺は誰も()らん喫煙席(きつえんせき)のほうで(とおる)に言い訳をしてた。  煙草(たばこ)吸わへんけど、そっちやったら閉鎖(へいさ)された個室やし、()いてて誰もいてへんかった。せやから名誉(めいよ)を守れると、俺はそういう期待をかけてた。  誰も()らんでも、その部屋の空気には、煙草(たばこ)(にお)いがむんむんしてた。服にも(かみ)にも(にお)いがついて、お(かげ)で一日不愉快(ふゆかい)やったわ。  はよ帰って風呂(ふろ)入りたい。そう思って(うわ)(そら)でいて、また(とおる)に怒られて、怒られながら河原町通(かわらまちどおり)まで行って、そこのアルマーニからまた美形(びけい)の男の店員がわざわざ出てきて、俺ににこにこ挨拶(あいさつ)をしたので、路上(ろじょう)で首を()められた。  ()ずかしかったわ。まさしく息もでけへんくらい。  あのな。服売る商売の人らはな、みんな基本的に美形(びけい)やねん。  見た目がええから、それを()かして(はたら)いてはるんや。  話術(わじゅつ)(した)しげやし、愛想(あいそう)かてええわ。それが仕事やねんから。  ましてバイ・ナウ(びょう)発作(ほっさ)で時々札束(さつたば)()いていく俺みたいなちょろい客に、愛想(あいそう)悪いわけないやんか。  店員にウケたい(わけ)やないねん。物欲(ぶつよく)やんか。  物欲(ぶつよく)て言うか、買い物中毒(ちゅうどく)やねん俺は。  ちょっとええなと思うもんに遭遇(そうぐう)すると、その場でそれを手に入れずにいられへん。そんな悲しい(さが)やねん。  そもそもお前についてもそうやろ。  そんな俺やなかったら、たまたま行ったバーの店員やったお前を、お持ち帰りなんかするわけあらへん。  それに文句言うんは、面食(めんく)いやって俺をなじるのと同じや。  そもそもそこから始まった話やないか。俺がもし面食(めんく)いでもバイ・ナウ(びょう)でもなかったら、俺とお前は一緒におらへんのやないか。  ずらっと(なら)んだ新品の服をクロゼットの中に見て、俺はなんとなく青ざめた顔で突っ立っていた。  いったいいつまで、ここに()らされるんやろ。  昨夜は、ついつい頭にきてて、ほんまに誰憚(だれはばか)らず(とおる)をめちゃめちゃ(あえ)がせた。  それが今さらめちゃめちゃ()ずかしい。  どんな顔して出ていこか。それに、何着て行こうか。今日はいったい、何させられるんや。  話聞くだけやから、別に普段着(ふだんぎ)でええんやろけど、なんでかスーツまで(つる)してある。スーツ着るような用事があるんか、蔦子(つたこ)さん。  (はげ)しく普段着(ふだんぎ)で行こうと思って、何の変哲(へんてつ)もないパンツとTシャツをクロゼットから出し、俺はそれに着替えようとした。  なんやこれTシャツにまでびしっとアイロンがかけてある。微妙(びみょう)や。  せやけど、いくら微妙(びみょう)でも、いつまでもバスタオル()いて(はだか)で突っ立ってるわけにもいかへん。 「(とおる)、お前もとっとと服着ろ」  ベッドに浴後(よくご)()(ぱだか)のまま、また布団(ふとん)(もぐ)りこんで、(とおる)鼻歌(はなうた)歌いつつ、スマホでネットを見てた。  こいつはよく(はだか)でごろごろしてるけど、()ずかしないんか。つくづく異常(いじょう)や。  (へび)やていうことを(のぞ)いても、(とおる)は変やと思う。こいつが100%人間でも、結局まともではない。  (くわ)しい論証(ろんしょう)はしたくないんやけど、(たと)えば前にデジカメで、やってるところの写真を()りたいとか言い出して、俺には血も(こお)るような写真を自動シャッターで()られた。  しかもそれを、わざわざプリンターで印刷して、にこにこ(なが)めたりしてた。  俺はその写真を()てるために、わざわざ最高機密(さいこうきみつ)対応のシュレッダーを購入(こうにゅう)した。  百万にひとつの(あやま)ちで、そんなもんが世に出たら、俺の(いき)()は止まる。間違いなく止まると思う。首吊(くびつ)って死ぬかもしれへんからな。  そんなん、親不孝(おやふこう)やろ。せやからシュレッダーが()るねん。亨と暮らすには。  衝動(しょうどう)買いやない。どこに衝動(しょうどう)でシュレッダー()うてくる(やつ)がおるねん。  せやのに(とおる)にはそれを、アキちゃんがまた変なもん()うてきたわみたいな白い目で見られ、写真捨ててる俺には、なんてひどい鬼やみたいな目をされた。  鬼はお前や。家に自分らの()()の写真を(かざ)ろうなどと、俺を(はずかし)めるにもほどがある。

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