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5-2 アキヒコ
「服選ぶの面倒 くさい。アキちゃん適当 に出しといて」
うつぶせでスマホの画面を見ながら、亨 は甘ったるい声を出した。
俺はそれにムカッとしたけど、大人しく言うことをきいといた。
とにかくもうアロハは無しやから。
そう思って選んだけど、亨のほうに吊 されてた服は全部、なんとはなしに派手 めやった。
確かにこいつはそういうの似合 うかもしれん。それでも俺は嫌なんや。
目立つと皆見るやろ。見られたないねん。地味な格好 しとけ亨 。
そんな地味 さを追求 した服を、素 っ裸 の真っ白な背中に投げつけて、俺はベッドの亨 がおらんほうに腰掛 け、靴下 はいてた。
「あったで、アキちゃん。霊振会 通信Vol.138。こっちはWeb版やからフルカラー写真付きやで」
なんでWeb版があんねん。というかなんでサイトがあるんや。
それでうっかり霊振会 通信に載 ってもうたら全世界に晒 しモンなんか。
たまらん話やで、今までも大概 、狂犬病 騒 ぎで世の中に晒 されまくったっていうのに。
ほんまにもう気をつけなあかん。隙 を見せへんようにって、亨 が寄越 してきたスマホの画面を見て、俺は涙出そうになった。
新規入会者のコーナーに、俺の顔写真を添付 していただけていた。
ようこそ本間暁彦 君。期待の新人。
いきなりドジ踏 んで、狂犬病 を蔓延 させてもうた、超ドン臭 い子。皆でご指導 ご鞭撻 してあげてくださいという、そんな感じの紹介文 つきで。
誰やこの文章を書いてんのは。それにこの写真はどこから持ってきたんや。どう見ても背景は大学の、俺がいつも絵描いてる作業室 やった。
俺はわなわな震 えながらそれを見た。
作業室 で俺の写真を撮 ることができる奴 は限 られてる。
亨 が前に俺が描いた絵の写真を撮 ったことがある。
せやけど、こいつが俺の写真を霊振会 に渡せるわけはない。
こいつかて、昨日初めて知ったんやと思う。こんなアホみたいな会があるということを。俺に嘘 ついてトボけてるとは思えへん。
ということは、残る可能性はたった一人だけやった。
秋尾 さんや。
おかんと懇意 で、俺の絵を買 うた大崎 先生の、秘書 で式神 の狐 の化身 。
いつも糸目 に丸眼鏡 の中年男の格好 で来て、俺が依頼 された絵を描いている途中経過 や仕上がりを写真に撮 っては、主 である大崎 先生なる爺 さんに報告 しに行っていた。
その時、絵を撮 るついでに、俺の写真もいつの間にか撮 ってたんや。そうとしか思えへん。
その時着てた服を一生懸命 思い出すと、確かにこの写真に写ってる服やったような気がした。
ひどいわ、秋尾 さん。黙 って人の写真使うなんて。
そんなん、せめて一言 言うてくれたらええのに。言うてくれてたら、絶対あかんて断れたのに。
せやから一言もなかったんやな。そうなんやろな。確信犯的 な無断使用なんやな。
その事実にくらくら来ながら画面をスクロールさせると、その秋尾 さんの主 である、大崎茂 氏の写真も載 ってた。
なんとこの人、霊振会 の会長やったわ。会長挨拶 って書いてあるもん。
「初めて見たな、大崎 先生。実在の人物やったんや。見た目、痩 せて白髪 になった海原遊山 みたいやけどな」
亨 が俺のほうに匍匐前進 でごそごそやってきて、見ている画面を一緒に覗 き込 んできた。
海原遊山 ていうのは、漫画 『美味 しんぼ』に出てくる美食家 で陶芸家 のオッサンや。
亨 はその漫画 に突然激しくハマって、全巻一気買いしてきて、黙々 と読んでいた。
食い物の話やねん。せやからこいつには涎 出そうな感じやったんやろ。
写真にいる大崎茂 はもちろん美食家 やない。某企業 の会長で、眼光鋭 い痩身 の、今時珍 しい、長髪 の老人やった。
綺麗 に真っ白く色抜けた髪 を、肩ぐらいまで伸 ばしてる。それが似てると言えば似てる。和装 やし。海原遊山 に。
なんで俺がそれを知ってるかというと、もちろん俺も読まされたからや。
そして亨 がハマって時々つぶやく、漫画 ん中に出てくる海原遊山 の暴言 の数々 を、日常のネタとして理解しとかなあかんかったんや。
俺は漫画 なんか読まへんかったのに、亨 のせいで、書斎 が漫画 だらけやで。
何を読もうがお前の勝手 やけどな、少女漫画 を買うのはやめろ。
ある日俺の書斎 の本棚 に、『ガラスの仮面 』が平積 みされていて、『おすすめ』って、めちゃめちゃ凝 った手書きのPOPまで貼 ってあったんで、コケそうになったわ。
お前は本屋の店員か。読ませたいんやったら堂々 と口で言え。堂々 と断ってやるから。
そもそも亨 が漫画 なんかハマるようになったんは、俺の大学に入り浸 ってたからやねん。
漫画 学科があるんや。そこの学生と立ち話して、漫画熱 をうつされたんや。
ほんまにこいつは俺の大学に来て、何をやってんのや。
大崎 先生の会長挨拶 には、名前は出さないなりに、俺を褒 めてんのやろと匂 う談話 が含 まれてた。
自分には無念 なことに跡継 ぎがいない。
子供は大勢 もうけたけども、力を受け継 ぐのが出てこんかった。
二十一世紀に至 り、後継者不足 は深刻 な問題である。
そんな中でも将来有望な若者が新規会員として現れたことを、小生 は極 めて喜 ばしく思っている。
小生 の個人的な知己 もいるが、稀代 の術者 である。
諸先生方 におかれては、小生 同様、彼らを我が子とも弟とも思い、教え導 いていただきたいと、話は結ばれていた。
俺はいつのまに、爺 さんの我が子になったんや。
嬉 しない。全然まったく嬉 しない、と思いつつ、ちょっぴり嬉 しいムズムズ感があり、俺は必死の咳払 いしてた。
危険や。海原遊山 と『美味 しんぼ』ごっこさせられる。
そんなんなったら亨 の思うつぼや。いっぱいネタにされる。
「服着ろ、亨 。いつまでもケツ出すな」
「何を言うんやアキちゃん、俺のケツが好きすぎるくせに」
ぶつぶつ猛烈 なことを言いつつ、亨 はのろのろ服を着にいった。
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