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5-4 アキヒコ

 特にあの大阪の事件以来はそうや。そこにあの絵があることを意識しつつ、手も()れんようにしてやってきた。  たまたま描いた絵が、たまたま大阪の地下街に(かざ)られて、それが勝呂(すぐろ)運命(うんめい)を変えてもうたんや。死に続く、悲惨(ひさん)な方向へ。  それによってあの(おおかみ)の絵は、俺の中で独特(どくとく)の意味を持ちはじめた。(のろ)われた絵やと。  せやから、出して(なが)めてみるのも(いや)で、ずっと封印(ふういん)してあるんや。 「あの絵が(かざ)られてたんは何日間くらいやったんや」  (とおる)は俺の顔をじっと見下ろして、静かにそれを(たず)ねた。 「二週間」 「ほな、その十四日間の間に、運命(うんめい)の日があって、たまたまそれを(とら)えてもうたせいで、あいつは死んだんや。それが(えん)てもんの(なぞ)めいたとこや。あいつがそんな、しょうもないことしたお(かげ)で、俺は死にかけたし、アキちゃんは外道(げどう)()ちた。そういうことなんやで」  非難(ひなん)がましい(とおる)の口調に、俺はなんでか胸が痛んだ。  (とおる)勝呂(すぐろ)(うら)んでるのは知ってたし、それも当然かと思うけど、あんまり(うら)まんといてやってくれというのが俺の本音(ほんね)やった。  あいつは悪くはなかった。俺が悪いんやって、いまだに思う。 「俺があの絵を描かんかったらよかったんや」  思わず(かば)う口調な俺を、(とおる)皮肉(ひにく)()みで見た。 「いいや。(その)センセがアキちゃんに作品コンペの絵を描けて言わんかったらよかったんや。あのオッサンが悪縁(あくえん)(もと)なんやで。疫病神(やくびょうがみ)や。いっぺんお(はら)いしてやらなあかんのとちゃうか」  (とおる)冗談(じょうだん)言うてるらしかった。  それに俺が小さく笑うと、(とおる)(やさ)しいような微笑(びしょう)になった。 「そんなふうなな、(えん)連鎖反応(れんさはんのう)みたいなんが、始まってるような気がする。この神父(しんぷ)とも。昨日、小夜子(さよこ)さんから話を聞いて、それでその日のうちにこのメルマガやろ。二度あることは三度あるて言うからな。次はもっとデカくなって、どんどん近づいてくる。そんな予感がするんや」 「蛇神様(へびがみさま)のお()げか、それは」  俺が茶化(ちゃか)すと、(とおる)は身をよじって、うっふっふと笑った。  どことなく、淫靡(いんび)なような仕草(しぐさ)やった。  のたうつ白い(へび)。そんな空想が()いて、俺はぞくっとした。  (とおる)はのしかかる重さで、俺の体の上にいた。なんや、(へび)にとっつかまってもうて、あとは食われるばかりっていう、そんな気分になってくる。  実はもうとっくに、食われてもうてるんやけど。 「俺には予言(よげん)の力はないんやで。そんなんあったら、もっとマシに生きてきたやろ」  どことなく悲しげに、(とおる)は話してた。  こいつは俺と会うまで、ずっと不幸やったらしい。本人が、そう言うてた。  それは、今は幸せやという意味なんやって、俺は勝手に解釈(かいしゃく)してたけど、でも、ほんまにそうか。お前は今でも時々、悲しそうな顔してる時あるで。 「こういうふうになるって、最初から分かってたら、クリスマス・イブの夜に、お前はあの場所にいたんか」  秋津(あきつ)式神(しきがみ)として、こき使われる羽目(はめ)になるって分かってたら、俺を()けたか。そして今も、確か藤堂(とうどう)さんとかいう、前の男といまだに()ったんか。そういう意味で、俺は()いてた。  (とおる)はそれに、ちょっと()れたように笑った。 「可愛いな、アキちゃんて時々。アキちゃんはどうなん。こうなるって分かってたら、あの夜あの店にちゃんと来てたんか」  ()かれてみて、俺は苦笑した。  逃げたかも。  でも、それ言うたら、殺される。  そう思って、俺が笑いながら(だま)ってると、(とおる)微笑(びしょう)(くず)して、突然(とつぜん)むっとスネた顔になった。 「なんやねん、もう。意地悪(いじわる)い顔して。絶対(ぜったい)来てたって言うところやんか」  笑いを(こら)えて、俺は(うなず)いてた。(うそ)やけど、絶対(ぜったい)来てたってことで。  もしも行ってへんかったら、俺はどうなってたんやろって思うけど、行っててよかった。  知ってたら、絶対(ぜったい)ビビって逃げたと思うけど、知らんかったから行けたんや。  ただの偶然(ぐうぜん)か、(えん)作用(さよう)必然(ひつぜん)か、それはどっちかわからんけども、そこから始まる出来事(できごと)が、全然(ぜんぜん)わかってなかったからこそ、ここにいる。不思議(ふしぎ)なもんで、それが運命(うんめい)ってやつか。  もしも俺があの夜、バーに行かずに帰るとか、ホテルの部屋で飲んだくれてたら、俺は(とおる)に出会わへんかった。  そして、どうなってたんやろ。  たぶん、彼女と別れて、殺人容疑者(さつじんようぎしゃ)やって連れてかれるところまでは同じやろ。でもあれは結局(けっきょく)、自殺ということでオチがつき、俺は無罪放免(むざいほうめん)。  そして何ということもない大学生活を引き続き送り、もしかしたらタラシの本間(ほんま)に戻ってたかもしれへん。  そして春になり、桜が咲いて、四回生(よんかいせい)になり、新入生がやってくる。  そこまで思って、俺は運命(うんめい)不思議(ふしぎ)さに()たれた。  俺が(とおる)と会おうが会うまいが、それに関係なく、勝呂(すぐろ)は俺の前に現れてたんやろ。  後輩(こうはい)として入学してきて、これまた疫病神(やくびょうがみ)苑教授(そのきょうじゅ)(はか)らいで、俺は初夏から、あいつと一緒に作品を(つく)ることになってたやろ。  そして、どうなってたんやろ。  結局、あいつは死んだんか。  それとも、全然(ぜんぜん)別のコースへ。  俺はあいつが疫神(えきしん)()かれたことに、もっと早くに気がついたかもしれへん。  何の警戒(けいかい)もせず無防備(むぼうび)に、どうしたんや勝呂(すぐろ)具合(ぐあい)悪いんかって、あいつを心配してやってたかもしれへん。  弟みたいな、あいつが可愛(かわい)かった。それが本音(ほんね)やった。

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