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5-6 アキヒコ
「アキちゃんて……微妙 や」
ぐったり俺の横に倒 れて、亨 は首に抱きついてきた。
「時々、俺の想像を絶 した路線 で来る」
「お前の想像どおりの路線 になったら俺はお終 いやと思うわ」
断言 する俺に、亨 は、そうかもしれへんと独 り言 みたいに言うてた。
まだスネてるふうな亨 の唇 に、俺はやんわりとキスをした。
俺はお前が好きなんや。それが偶然 でも必然 でもどっちでもええけど、とにかく今ここに居 るのがお前で、俺は全然 、後悔 してない。
感謝 してる、運命 の悪戯 に。
ほかの道を行っても、俺は幸せやったかもしれへんわ。
どんな道を歩いてても、幸せになろうとするのが人の性 やろ。
せやけど、今歩いてるこの道が、いちばん幸せなコースなんやって、俺は思いたい。
そうやって信じて、お前を見つめて生きていきたいねん。
なんでそう思うんやろ。その理屈 が不思議 やって、俺はいつも思うけど、論理 や科学では解明 できへん怪奇現象 が、世の中にはごまんとあるんやろ。これはそのひとつ。
俺は水地亨 が好きである。この信用できない不実 な蛇 と永遠に生きていくつもり。それで幸せという。
そんな不思議 なことがあるんやって、怪奇現象 メルマガの次号 に載 せてもらわなあかんな。
いや嘘 。絶対載 せんといてほしい。つい口が滑 ってもうただけ。
本気やないねん。誰もそんなんタレ込 まんといてくれ。ほんまにお願いやから。
怖い考えになってもうた。俺がそう思って、目を閉じてると、ガラッと客間 の引き戸が突然開いた。
うわあって、びっくりしてもうて、俺は亨 を抱いたまま飛び起きてた。
「なんやねんもう、びっくりするやないか!」
怒りながら抱きついて、亨 はガミガミ俺に怒鳴 った。
「人がせっかく、うっとり来て抱きついとんのに、ムードもなんもないなアキちゃんは。ほんまどないなっとんねん」
お前もそうやろっていう文句 を、亨 はむちゃくちゃガラ悪い大阪弁でべらべら言うてた。その頭ぐちゃぐちゃの亨を、俺はなんとか自分から引き剥 がそうとした。
戸口 に立ってる奴 に、でれでれ抱き合 うてるところを、なんとなく見られたくなくて。
「おはようございまーす」
今日は今日で、真っ青な海模様 のアロハシャツ着た虎 が、にこにこ戸口 に立っていた。
「おくつろぎのところ、すんませんけど、朝飯 なんで、先生。蔦子 さん、待ってるんで、はよ行かんと、何言われるかわかりませんよ」
すでにもう銜 え煙草 の虎 を、亨 はぽかんと見てた。
「派手 やなあ、今日も」
「男の夏はアロハやで」
物凄 い真面目 に断言 してくる虎 を、亨 はぼけっとして見つめた。
そして、自分が着てる地味 さ重視 の服を掴 んで、じっと見下ろしてから、また虎 を見た。
「そう言われると、俺はなんでこんな大人しい服を着てるのかという対抗意識 が芽生 えてくるんやけど、どうやろ、アキちゃん」
「その格好 でいとけ」
白いワッフル地のヘンリーネックに、カーキのカーゴパンツを亨 は着てた。最大限目立たない。少なくともここのクロゼットにある服の中では。
「無害そうやなあ、おふたりさん。亨 ちゃん、蛇革 のパンツとかはいといたらいいのに、蛇 やねんから。パイソンやでえ」
虎 はあたかも、それがステキであるかのように言うてた。
そんなんあったんか。今すぐ捨 てなあかん。
さあ行きましょうって背中を見せた虎 のアロハに、黄色いハイビスカスが咲 き乱 れてた。
派手 やなお前。補色 コントラストが目にしみるようや。
しかも髪 の毛 金髪 やしな、パンツ白やし。まぶしいんや、お前は。
亨 も何となくまぶしそうな顔して、戸口 から消える虎 を見送っていた。
俺はそれに歯ぎしりしたい気分になった。
お前ほんまに、殺すしな。亨 が俺以外のやつと何かあったら、本気でやってまうかもしれん自分を感じる。
醒 めるんちゃうかって、思ったけど、昨夜《ゆうべ》お前を抱きながらシミュレーションしたら、7:3 くらいの割合 で、『殺す』に傾 いていた。
それに俺は一瞬ほっとしたけど、ほっとしてる場合やない。それはそれで地獄絵図 やで。
行こか、って、俺の手を引く亨 につれられて、俺は客間 を出た。
そして、気がついた。
結局ぜんぜん、霊振会 通信 なるものを読んでない。
それについて蔦子 おばちゃまになんて言われるか、想像しただけで怖い、ということに。
事前 に読んどきましたってイイ子面 するプロジェクトは失敗に終わった。美形 神父 のせいで。もしくは、亨 のせいで。
あるいは、意志が弱すぎる、俺自身のせいで。
板間 に長い洋風のダイニングテーブルが置いてある食堂で、海道蔦子 は待っていた。朝からすでにキレてますみたいな、ひどく待たされた顔で。
ぶるぶる震 え、スポーツ新聞を読みながら。
そのヘッドラインには、『虎 、まさか!?の大敗北』と、黄色いシマシマの大文字が踊 っていた。
――第5話 おわり――
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