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6-1 トオル

 蔦子(つたこ)さんは今朝はもう、黄色と黒のシマシマやなかった。  すっきり涼しげな薄緑の()の着物着て、朝飯の食卓についていた。  でかでかと置かれたダイニングテーブルは、いかにも洋風な大物で、イタリアあたりの骨董(こっとう)ではないかという印象やった。  ここん()和洋折衷(わようせっちゅう)趣味(しゅみ)は、蔦子(つたこ)さんの好みなんかもしれへん。とにかく嵐山(あらしやま)の家とは違う。  客間(きゃくま)の風呂も、普通に洋風のやったし、ダイニングになんか銀のシャンデリアが下がってる。それが意味不明なんやけど、何かしっくり来てて格好(かっこう)ついてる。  それに朝飯(あさめし)もパンと卵料理とサラダやった。 「お早いお出ましやこと。卵がすっかり冷めてしもたわ」  スポーツ新聞をじろじろ見ながら、蔦子(つたこ)さんはアキちゃんに(いや)みを言うた。  俺はどうもアキちゃんのオマケで、(いや)みを言うにも(あたい)しないらしかった。 「朝から(しき)といちゃついてる場合やおへんえ。いろいろやってもらいたい事があるんどす。ちゃっちゃと食べて、出かけますえ」  食卓には何人かの(しき)(めし)を食うてた。  昨日見たちびっ子もおったし、赤毛も(はし)の席で、すでに黙々(もくもく)と何か食うてた。  この家では食いたいときに(めし)を食うてええらしい。蔦子(つたこ)さんがアキちゃんを待ってたんは、蔦子(つたこ)さんなりに、アキちゃんを立ててたということみたいやった。  それとも単に(いや)みを言いたくて待ってただけか。  はよ食え言う(わり)に、蔦子(つたこ)さんはわなわな手に持ったスポーツ新聞をアキちゃんに見せて、すごい怖い顔やった。 「これ見なはれ。二十四対(れい)どすえ。悪い夢どす。あんたはウチがテレビ消した後も、まだやってたんか。なんてしつこい子ですやろ。もう分かったて言いましたやろ。ほんまにトヨちゃんそっくりで、イケズやわ」  あんたもおかんに(うら)みがあんのか。ほんまに親友なんかって(なぞ)めいてくるような、痛恨(つうこん)の表情で、蔦子(つたこ)さんはぼやいた。 「大敗北(だいはいぼく)や。あと一試合でも負けたら敗退(はいたい)どす。ああもうほんまに、ウチはどうしたらええんや」  どうもでけへんやろって、俺は思ったけど、(だま)っといた。蔦子(つたこ)さん、アキちゃん(ふう)で怖いし、下手(へた)なこと口走(くちばし)ったら何言われるかわからへんのやもん。  アキちゃんに、(たの)むしかないわ。阪神勝つように、神風(かみかぜ)()かせてくれって。  せやけどそれはズルやろ。でも、いっぺんズルして、相手を勝たせてんのやから、もういっぺんズルして阪神勝たせとかんと、それこそ不公平(ふこうへい)やろ。  アキちゃんが勝ち負けに介入(かいにゅう)してええはずがない。双方(そうほう)一回ずつ勝たせて、ズルをチャラにせなあかん。  俺が(たの)んだら、アキちゃん、なんかしてくれるかな。  それとも、蔦子(つたこ)さんが喜ぶようなことは、したくないんかな。  俺はぼんやりそれを思い、新聞に(おど)る『(とら)、まさか!?の大敗北(だいはいぼく)』の文字を見てた。  それから目をやった別の(とら)のほうは、今朝も絶好調(ぜっこうちょう)みたいな顔やった。がっくりきてたんは昨夜のあの連続ホームランを(おが)んだ時だけで、今はもう、にこにこしてベーコンエッグ食うてた。  (はし)(つか)んだ目玉焼きを、がつがつ(かじ)ってる。  その口元に目立つ(きば)があって、なんやちょっと、ぞわっとした。  俺が血を吸うための細い(きば)とは違って、いかにも猛獣(もうじゅう)の歯やった。あれは肉を食いちぎるための歯やで。()まれたらきっと痛い。  でも、気にせんとこと思って、俺は(めし)を食おうと目を(すむ)けかけ、ふと、信太(しんた)の隣にいる赤毛の首に、()まれたみたいな(あと)がいっぱいあるのに気がついた。  シャツの(えり)(かく)れてはいたけど、(きば)のある歯で甘噛(あまが)みされたような赤い(あと)やった。それともそれは単に、(はげ)しく吸われた(あと)なんか。  血でも吸うてんのかなって、俺はちょっと動揺しつつ思った。  血を吸うやつは(めずら)しくはない。それが相手を殺さずに、効率よく食う方法やからや。血液は良質な精気(せいき)供給源(きょうきゅうげん)やし、好む(やつ)は多い。  けど外道(げどう)やったら特に、吸われた傷はすぐ治るはずや。そんなにいつまでも、(あと)が残ってたりせえへん。  せやからそれは、道場で見た、アキちゃんの手首の傷みたいなもんやないかと俺には思えた。残してある傷や。(しるし)みたいなモン。  ここは俺の縄張(なわば)りやって、タイガーがつけてった(しるし)。それを消さんと受け入れて、残しといた傷なんやないか。  赤毛は素知(そし)らぬ顔で、サラダ食ってた。赤みのある、とろっとしたドレッシングがかかってて、ぼやんり食うてる赤毛の口の(はし)に、それが残った。  それでも気づかず(うわ)(そら)でいる赤毛の口を、タイガーがいきなりべろっと()めた。  アキちゃんそれに、びくっとしてたわ。俺も(おどろ)いた。(おどろ)いた(やつ)は、それで全部やった。  食卓(しょくたく)には他に、五、六人はおったけど、その(しき)のうちの、誰も何とも思ってないようやった。  蔦子(つたこ)さんも無反応。アキちゃんに話しかけてて、見もしてへん。  そんな中で、信太(しんた)は赤毛の(あご)をつかんで自分のほうに向かせ、ずいぶん念入(ねんい)りにキスしてやっていた。  赤毛はうっとりきてるようにも、ぼけっとしてるだけにも見えた。  聞いとりますのんかと蔦子(つたこ)さんに怒られて、アキちゃんは(あわ)てて話に戻ってたけど、(あご)がくんてなってたわ。

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