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三都幻妖夜話(3)神戸編 6-1 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
6-1 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
46 / 928
6-1 トオル
蔦子
(
つたこ
)
さんは今朝はもう、黄色と黒のシマシマやなかった。 すっきり涼しげな薄緑の
絽
(
ろ
)
の着物着て、朝飯の食卓についていた。 でかでかと置かれたダイニングテーブルは、いかにも洋風な大物で、イタリアあたりの
骨董
(
こっとう
)
ではないかという印象やった。 ここん
家
(
ち
)
の
和洋折衷
(
わようせっちゅう
)
の
趣味
(
しゅみ
)
は、
蔦子
(
つたこ
)
さんの好みなんかもしれへん。とにかく
嵐山
(
あらしやま
)
の家とは違う。
客間
(
きゃくま
)
の風呂も、普通に洋風のやったし、ダイニングになんか銀のシャンデリアが下がってる。それが意味不明なんやけど、何かしっくり来てて
格好
(
かっこう
)
ついてる。 それに
朝飯
(
あさめし
)
もパンと卵料理とサラダやった。 「お早いお出ましやこと。卵がすっかり冷めてしもたわ」 スポーツ新聞をじろじろ見ながら、
蔦子
(
つたこ
)
さんはアキちゃんに
嫌
(
いや
)
みを言うた。 俺はどうもアキちゃんのオマケで、
嫌
(
いや
)
みを言うにも
値
(
あたい
)
しないらしかった。 「朝から
式
(
しき
)
といちゃついてる場合やおへんえ。いろいろやってもらいたい事があるんどす。ちゃっちゃと食べて、出かけますえ」 食卓には何人かの
式
(
しき
)
が
飯
(
めし
)
を食うてた。 昨日見たちびっ子もおったし、赤毛も
端
(
はし
)
の席で、すでに
黙々
(
もくもく
)
と何か食うてた。 この家では食いたいときに
飯
(
めし
)
を食うてええらしい。
蔦子
(
つたこ
)
さんがアキちゃんを待ってたんは、
蔦子
(
つたこ
)
さんなりに、アキちゃんを立ててたということみたいやった。 それとも単に
嫌
(
いや
)
みを言いたくて待ってただけか。 はよ食え言う
割
(
わり
)
に、
蔦子
(
つたこ
)
さんはわなわな手に持ったスポーツ新聞をアキちゃんに見せて、すごい怖い顔やった。 「これ見なはれ。二十四対
零
(
れい
)
どすえ。悪い夢どす。あんたはウチがテレビ消した後も、まだやってたんか。なんてしつこい子ですやろ。もう分かったて言いましたやろ。ほんまにトヨちゃんそっくりで、イケズやわ」 あんたもおかんに
恨
(
うら
)
みがあんのか。ほんまに親友なんかって
謎
(
なぞ
)
めいてくるような、
痛恨
(
つうこん
)
の表情で、
蔦子
(
つたこ
)
さんはぼやいた。 「
大敗北
(
だいはいぼく
)
や。あと一試合でも負けたら
敗退
(
はいたい
)
どす。ああもうほんまに、ウチはどうしたらええんや」 どうもでけへんやろって、俺は思ったけど、
黙
(
だま
)
っといた。
蔦子
(
つたこ
)
さん、アキちゃん
風
(
ふう
)
で怖いし、
下手
(
へた
)
なこと
口走
(
くちばし
)
ったら何言われるかわからへんのやもん。 アキちゃんに、
頼
(
たの
)
むしかないわ。阪神勝つように、
神風
(
かみかぜ
)
吹
(
ふ
)
かせてくれって。 せやけどそれはズルやろ。でも、いっぺんズルして、相手を勝たせてんのやから、もういっぺんズルして阪神勝たせとかんと、それこそ
不公平
(
ふこうへい
)
やろ。 アキちゃんが勝ち負けに
介入
(
かいにゅう
)
してええはずがない。
双方
(
そうほう
)
一回ずつ勝たせて、ズルをチャラにせなあかん。 俺が
頼
(
たの
)
んだら、アキちゃん、なんかしてくれるかな。 それとも、
蔦子
(
つたこ
)
さんが喜ぶようなことは、したくないんかな。 俺はぼんやりそれを思い、新聞に
踊
(
おど
)
る『
虎
(
とら
)
、まさか!?の
大敗北
(
だいはいぼく
)
』の文字を見てた。 それから目をやった別の
虎
(
とら
)
のほうは、今朝も
絶好調
(
ぜっこうちょう
)
みたいな顔やった。がっくりきてたんは昨夜のあの連続ホームランを
拝
(
おが
)
んだ時だけで、今はもう、にこにこしてベーコンエッグ食うてた。
箸
(
はし
)
で
掴
(
つか
)
んだ目玉焼きを、がつがつ
囓
(
かじ
)
ってる。 その口元に目立つ
牙
(
きば
)
があって、なんやちょっと、ぞわっとした。 俺が血を吸うための細い
牙
(
きば
)
とは違って、いかにも
猛獣
(
もうじゅう
)
の歯やった。あれは肉を食いちぎるための歯やで。
噛
(
か
)
まれたらきっと痛い。 でも、気にせんとこと思って、俺は
飯
(
めし
)
を食おうと目を
背
(
すむ
)
けかけ、ふと、
信太
(
しんた
)
の隣にいる赤毛の首に、
噛
(
か
)
まれたみたいな
痕
(
あと
)
がいっぱいあるのに気がついた。 シャツの
襟
(
えり
)
に
隠
(
かく
)
れてはいたけど、
牙
(
きば
)
のある歯で
甘噛
(
あまが
)
みされたような赤い
痕
(
あと
)
やった。それともそれは単に、
激
(
はげ
)
しく吸われた
痕
(
あと
)
なんか。 血でも吸うてんのかなって、俺はちょっと動揺しつつ思った。 血を吸うやつは
珍
(
めずら
)
しくはない。それが相手を殺さずに、効率よく食う方法やからや。血液は良質な
精気
(
せいき
)
の
供給源
(
きょうきゅうげん
)
やし、好む
奴
(
やつ
)
は多い。 けど
外道
(
げどう
)
やったら特に、吸われた傷はすぐ治るはずや。そんなにいつまでも、
痕
(
あと
)
が残ってたりせえへん。 せやからそれは、道場で見た、アキちゃんの手首の傷みたいなもんやないかと俺には思えた。残してある傷や。
印
(
しるし
)
みたいなモン。 ここは俺の
縄張
(
なわば
)
りやって、タイガーがつけてった
印
(
しるし
)
。それを消さんと受け入れて、残しといた傷なんやないか。 赤毛は
素知
(
そし
)
らぬ顔で、サラダ食ってた。赤みのある、とろっとしたドレッシングがかかってて、ぼやんり食うてる赤毛の口の
端
(
はし
)
に、それが残った。 それでも気づかず
上
(
うわ
)
の
空
(
そら
)
でいる赤毛の口を、タイガーがいきなりべろっと
舐
(
な
)
めた。 アキちゃんそれに、びくっとしてたわ。俺も
驚
(
おどろ
)
いた。
驚
(
おどろ
)
いた
奴
(
やつ
)
は、それで全部やった。
食卓
(
しょくたく
)
には他に、五、六人はおったけど、その
式
(
しき
)
のうちの、誰も何とも思ってないようやった。
蔦子
(
つたこ
)
さんも無反応。アキちゃんに話しかけてて、見もしてへん。 そんな中で、
信太
(
しんた
)
は赤毛の
顎
(
あご
)
をつかんで自分のほうに向かせ、ずいぶん
念入
(
ねんい
)
りにキスしてやっていた。 赤毛はうっとりきてるようにも、ぼけっとしてるだけにも見えた。 聞いとりますのんかと
蔦子
(
つたこ
)
さんに怒られて、アキちゃんは
慌
(
あわ
)
てて話に戻ってたけど、
顎
(
あご
)
がくんてなってたわ。
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椎堂かおる
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