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三都幻妖夜話(3)神戸編 6-2 トオル | 椎堂かおるの小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
三都幻妖夜話(3)神戸編
6-2 トオル
作者:
椎堂かおる
ビューワー設定
47 / 928
6-2 トオル
蔦子
(
つたこ
)
さんは、日本シリーズでの阪神タイガースの今後について、そして
昨夜
(
ゆうべ
)
の試合が
虎
(
とら
)
キチにとって、どんだけ大事なもんやったかを、
切々
(
せつせつ
)
と語って聞かせてた。 それがどんだけアキちゃんにとって、何の価値もないもんか、全然分かってへん。 それでも聞くしかないアキちゃんの
隣
(
となり
)
で、俺は何となく
呆然
(
ぼうぜん
)
として、キスしてる
虎
(
とら
)
と赤毛を見てた。 お前らちょっと、キス
長
(
なが
)
ないか。皆が見てる前で、ようそんなことやるわ。 俺でもそんなんしてもろたことない。アキちゃん
照
(
て
)
れてまうから、
人前
(
ひとまえ
)
では、そんなんありえへんから。 何やそれが、
無性
(
むしょう
)
に
羨
(
うらや
)
ましいような気がして、俺はずっと、ぽかんと見てた。 赤毛は
噛
(
か
)
まれた
痕
(
あと
)
のある
首筋
(
くびすじ
)
を
信太
(
しんた
)
に
撫
(
な
)
でられながらキスされて、ぼけっとしてるようやのに、突然ぽろっと
一粒
(
ひとつぶ
)
泣いた。
感極
(
かんきわ
)
まったような
涙
(
なみだ
)
やった。
信太
(
しんた
)
はキスをやめて、その
涙
(
なみだ
)
を赤毛の長い
睫毛
(
まつげ
)
から吸い取った。 変なもんやで。
涙
(
なみだ
)
舐
(
な
)
めてる。それを何とも思うてへんらしい、ここの
奴
(
やつ
)
らも異常やし、そこまでやられて、まだ
箸
(
はし
)
持ってる赤毛の鳥も、なんやおかしいと思うわ。 「腹いっぱいになったか、
寛太
(
かんた
)
」
信太
(
しんた
)
は優しいような声で
訊
(
たず
)
ねてた。 「なったわ。
兄貴
(
あにき
)
。俺は今日は
蔦子
(
つたこ
)
さんのお
供
(
とも
)
で
六甲
(
ろっこう
)
へ行ってくる。その後、
長田
(
ながた
)
のほうへ見回りへ」
平然
(
へいぜん
)
と答えてる赤毛の口ぶりで、俺は
信太
(
しんた
)
が
口移
(
くちうつ
)
しでなんか食わせてたんやと気がついた。 「そうか。無理すんなよ」
労
(
いたわ
)
り
感
(
かん
)
のある
口調
(
くちょう
)
で言うて、
信太
(
しんた
)
は赤毛のほっぺた
撫
(
な
)
で
撫
(
な
)
でしてやってた。それでも赤毛は
素知
(
そし
)
らぬ顔でサラダの続き食うてたわ。 なんなんや。あれは。俺はアキちゃんに、あんなんしてもろたことない。 すぐに怒るし、つれないしやで、まったくもって俺が
可哀想
(
かわいそう
)
や。 アキちゃんもちょっとは
虎
(
とら
)
を見習えって、思わずジトっと見ると、アキちゃんは心なしかあんぐりとして、まだ
蔦子
(
つたこ
)
さんの
恨
(
うら
)
み
節
(
ぶし
)
を聞いてた。 「目指せ日本一なんえ。リーグ優勝だけやと
煮
(
に
)
えきらへんやないの。どうせやったら日本一になってもろて、皆でビールかけしたいんやウチは」 テーブルを
叩
(
たた
)
きながら、
蔦子
(
つたこ
)
さんはアキちゃんに
力説
(
りきせつ
)
してた。 「え……そんなんしたいんやったら、したらええやないですか。別に日本一ならへんでも、
瓶
(
びん
)
ビールくらい買えるでしょう」 「アホか! アホなんか、あんたは。日本一なってビール
浴
(
あ
)
びるから気持ちええんやないの。負けてビール
浴
(
あ
)
びたら腹立つだけどす!」 「そういうもんやろか……」
蔦子
(
つたこ
)
おばちゃまの話に首かしげてるアキちゃんは、チームスポーツの経験がない。そう言うてた。 このボンボンは見かけによらず運動神経はええねん。野球でもサッカーでも、やらせたが最後ひとり勝ちしてもうて、何が面白いんかわからへんらしい。 お前ら
下手
(
へた
)
やなって、つい口が
滑
(
すべ
)
ってもうて、そしてチームメイトのハートをロスト。せやから、一緒に野球しよか、サッカーしよかって、
誘
(
さそ
)
ってくれる友達が
居
(
お
)
らんようになる。 というか、俺はアキちゃんに友達が
居
(
お
)
るという気がせえへん。 嫌われてるわけやない。大学で
嗅
(
か
)
ぎ
回
(
まわ
)
ってみると、アキちゃんのこと嫌いや言うてる
奴
(
やつ
)
はそんなにおらへん。
一方的
(
いっぽうてき
)
に
恨
(
うら
)
んでる
奴
(
やつ
)
もおるけど、それはどうも女がらみや。 好きやった女を
本間
(
ほんま
)
に食われた。しかも一口食ってポイ
捨
(
す
)
てみたいな食い方やった。許せへんていう、そういう
物陰
(
ものかげ
)
からの
恨
(
うら
)
み視線で、アキちゃんはそういう
奴
(
やつ
)
が
居
(
お
)
ることすら気づいてへん。 そんな悲しい一部の人々を
除
(
のぞ
)
けば、アキちゃんの
評判
(
ひょうばん
)
は悪くない。絵が
上手
(
うま
)
いかららしい。
本間
(
ほんま
)
の絵はいいって、皆言うてるし、機会があるなら仲良くしてみたいけど、それをやるには怖すぎるんやって。 まあ、確かにな。アキちゃんは時々怖い。それに本人に、あんまり友達作ろうという気がないんやないか。
愛想
(
あいそう
)
悪いってほどやないけど、なんとなく
上
(
うわ
)
っ
面
(
つら
)
での付き合い方しかしてへん。ボロが出えへんように、当たり
障
(
さわ
)
りのない
生返事
(
なまへんじ
)
して、それでさっさと会話を終わらせ、早いとこ作業室こもって絵描いてたいって、そんなかんじの引きこもりなんやで。 おかんに聞くところによると、子供のころからアキちゃんはそうらしい。 小学校の頃から、学校終わると全速力で走って帰ってくるんやって。そして家に
籠
(
こ
)
もってる。 一緒に遊ぼうって呼びに来る友達もおらへん。自分から呼びに行くなんて、もちろんせえへん。いつも一人で絵描いて遊んでるか、それか
家憑
(
いえつ
)
きの
式
(
しき
)
と遊んでる。 成長とともに
式
(
しき
)
が見えんようになってきて、仕方ないから、ずっと絵描いてる。とにかくひたすら絵描いてる子やって、おかんは言うてた。 他人を
避
(
さ
)
けてるんや。たぶんバレたくなかったんやろ。自分がまともでないことを。 普通の子でいたかったけど、それは無理やって、アキちゃんは
餓鬼
(
がき
)
の
頃
(
ころ
)
から
内心
(
ないしん
)
分かってたんやろ。 それで、しょうがなくて、人と
関
(
かか
)
わらんようにした。 そんな
奴
(
やつ
)
にチームスポーツの意味が分かるわけ無い。
甲子園
(
こうしえん
)
球場で、
虎
(
とら
)
ファン全員で
一丸
(
いちがん
)
となって
大応援
(
だいおうえん
)
やみたいな、そんなのが楽しいはずないんや。
応援
(
おうえん
)
したら勝ってまうしな。あんまりやったらあかんて、おかんに言われたんかな。俺はアキちゃんが何かの
応援
(
おうえん
)
をしてるところを見たことないわ。 「あんたに何を言うても
無駄
(
むだ
)
やということが、ようわかりましたえ!!」
蔦子
(
つたこ
)
おばちゃまは朝からキレまくってた。 そして、もう泣きそうみたいな
気配
(
けはい
)
をさせて、しくしく冷え切った目玉焼きを食べ始めた。いかにも
不味
(
まず
)
そうやった。 アキちゃんはそれを、ぽかーんとして見てた。そして、見ててもしゃあないと思ったらしく、気まずそうに自分も朝食に手をつけた。
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椎堂かおる
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