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6-3 トオル

 なんや、お通夜(つや)みたいな朝やった。  どんより(めし)食う蔦子(つたこ)さんのせいか、他の奴らも(にぎ)やかに(さわ)ぐってことはない。  しんみり押し(だま)ってた。たった一人のちびっ子を(のぞ)いて。 「お母ちゃん」  ちびっ子は唐突(とうとつ)に口きいた。  それにアキちゃんがものすごギョッとしてたわ。  お母ちゃんて。こいつ式神(しきがみ)やなかったんや。  人間の子やったんか。ていうか、まさか、蔦子(つたこ)さんの子ってことなんか。 「なんどす、竜太郎(りゅうたろう)。ちゃっちゃと食べなはれ」  くよくよトーストを(かじ)りつつ、蔦子(つたこ)さんはちびっ子に言うた。  俺は初めてまともにその子をじっと観察(かんさつ)した。  チビやて思うてたけど、よう見れば、中学入ったぐらいやないか。もしくは小学生の終わりぐらいか。  髪の毛の色薄いんやけど、それはどうも天然みたいやった。ふわふわの細い毛してて、色も白いし、目も日当たりのいい食堂の窓から()す陽の光のせいで、(あわ)い茶色に見えた。  顔はあんまし蔦子(つたこ)さんに似てへんかった。きっと、おとんに似たんやろ。  どことなく笑ったような目をしてて、異国(いこく)モンくさい。  そういえば赤毛の顔にちょい似てる。中国系というか、もっと向こうのほうの顔やろか。どことなくエキゾチックやねん。  まさか赤毛がおとんということは無いやろから、蔦子(つたこ)さんの言うてた若いツバメがこんな顔なんやろな。そういや、そのツバメ、どこ行ったんやろ。おらんけど。 「僕、水族館(すいぞくかん)行きたいねん。絵描かなあかんねん、夏休みの宿題で」 「中学生にもなって、そんな面倒(めんどう)くさいことせなあきまへんのんか。ほな、啓太(けいた)、あんたが連れていっておやり」  食い終わってコーヒー飲んでた、他よりちょっと歳のいった見た目の(しき)に、蔦子(つたこ)さんは命令してた。  薄青い楊柳(ようりゅう)のシャツ着たそいつは、三十手前(てまえ)くらいに見えた。  フレームのない眼鏡かけてて、いかにも真面目そうやのに、(かみ)が銀色やねん。まさか白髪(しらが)ってことはないやろから、色抜いてんのか、それともこういう毛の色のやつなんか。眉毛(まゆげ)とか睫毛(まつげ)まで白いし、目まで銀色(ぎんいろ)なんやで。  大人しめの和顔(わがお)したそいつは、いかにも忠実(ちゅうじつ)そうに(だま)って(うなず)いてた。  なかなか端正(たんせい)な顔してる。蔦子(つたこ)さん、絶対、(しき)を顔で選んでると思う。  もしくは顔が命やって叱咤激励(しったげきれい)して、見た目のよさに精力(せいりょく)(かたむ)けさせてるか、そのどっちかや。イケメンまみれの朝ご飯なんやで。 「お母ちゃん、僕、啓太(けいた)でもええけど、アキ(にい)と行きたい」 「誰どす、それは」  ものすご(けわ)しい顔で、蔦子(つたこ)さんは()き、ちびっこは空席(くうせき)一席(いっせき)をおいて(となり)に座ってるアキちゃんを指さした。 「なんでそんなもんと行きたいんどすか」  そんなもんに降格(こうかく)されてた。 「だって、絵描く学校の人なんやろ。代わりに描いてもらおかと思て」 「あきまへん。大人には大人の用事があるんえ。それに、宿題は自分でやらな意味ありまへん」  にべもなく禁止の蔦子(つたこ)さんに、ちびっ子は、はあっ、て、当てつけがましいため息をついた。僕、(さび)しいねん、みたいなな。 「絵、下手なんやもん。描かれへん。学校なんか、なんで行かなあかんのや。つまらんわ、はよ()めたい。灘中(なだちゅう)や言うて、どんな(すご)いやつ来んのか思うてたら、アホばっかりなんやで、お母ちゃん。勉強できても、それだけなんやで。おもろい(やつ)なんか一人もおらへんわ。家に()りたい。それか、僕も働きたい」  べらべらと、餓鬼(がき)は言いたい放題(ほうだい)文句(もんく)を言うてた。  蔦子(つたこ)さんは黙々(もくもく)とパンを食らいつつ、困ったなという顔で、それを聞いていた。 「あきまへん。学校はちゃんと出ときなはれ。今はそういう時代や。どこの学校出はったんて、まず最初に()かれますえ」 「(うそ)や。そんなん()かれへんわ。(しげる)ちゃんがそう言うてた。学歴(がくれき)なんか関係あらへん、大事なんは実力や、学歴(がくれき)だけのアホはリストラされて路頭(ろとう)に迷う時代なんやって」 「(しげる)ちゃんの話なんか聞くことおへん」  大崎(おおさき)先生、海道家(かいどうけ)にもちょっかいかけてんのんか。  しかも(わり)かし(なつ)いてるふうなちびっ子の様子(ようす)に、俺もアキちゃんも、ますますポカーンやったわ。 「お母ちゃん、僕は実力あるんやから、学歴なんか関係あらへんと思うんや。夏休み終わっても、学校行かんでうちに()りたい」 「まあまあ、竜太郎(りゅうたろう)、そんな()(まま)言うもんやない。本間(ほんま)先生かて大学まで行ってるんやから、お前も学校行け」  子供が苦手らしい蔦子(つたこ)さんに助け船出して、(とら)がにこにこ話してた。まるでお前がおとんかみたいな口調やで。  竜太郎(りゅうたろう)なるちびっ子は、それに盛大(せいだい)に顔をしかめた。不満やって、それが誰の目にも明らかな、そんな顔やった。  それから餓鬼(がき)はくるりとアキちゃんを見て、きっぱりとこう言うた。 「アキ(にい)は、アホやから大学行ってんのやろ」  ものすごい話に、アキちゃんコーヒー吹いてたわ。  すごい。アキちゃんを真正面(ましょうめん)からアホ呼ばわりできる中学生や。  血筋の力か。俺にはほとんど超能力としか思われへん。 「え……? なんの話や?」  アキちゃん、ちょっと呆然(ぼうぜん)としてきてる声やったわ。  それでもこれがアキちゃんと海道家(かいどうけ)餓鬼(がき)とのファーストコンタクトやった。 「(しげる)ちゃんから聞いてん。外国ではな、(かしこ)い子は()(きゅう)できんねん。日本ではそれはあかんねん。せやから、ほんまもんのエリートは外国行くんやで。日本で大学行ってるやつはアホばっかりやねん」  小僧(こぞう)暴言(ぼうげん)に、アキちゃんはほぼ完全に停止していた。

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