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6-4 トオル

「最悪でも、東大(とうだい)くらいは行かなあかん。お母ちゃんが、外国行ったらいややって言うねん。でもな、(しげる)ちゃんとこの子らは、みんな外国に()るんやで。無能やったからな、せめてパンピーとして生きていけるように、学歴つけさせてるんやって。可哀想(かわいそう)やなあ。なんの力ものうて、どないして生きていくんやろ」  真面目(まじめ)に言うてるらしい餓鬼(がき)薄茶色(うすちゃいろ)い目とあんぐり見つめ合って、アキちゃんはしばし口ごもってた。でも、どう見ても、餓鬼(がき)は返事を待っていた。 「普通に働いてやろ……」 「そんなん、アホらしてやってれらへんわ」  中一(ちゅういち)はそう言うてたわ。  皆さん、お腹立ちのことと思うけど、ちょっと割り引いて見てやってくれへんか。海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)はまだ十三歳やねん。  それにな、朝っぱらから(とら)が赤毛に長チューするような家で育っててやな、常識(じょうしき)感覚(かんかく)がまともやないねん。  それに、こいつがそういう結論に(いた)る理由は他にもあった。  もはや返答不能(へんとうふのう)になってるアキちゃんと、自分の席との間のテーブルの上に、海道(かいどう)竜太郎(りゅたろう)は着てたワークパンツのポケットから、タロットカードをざらっと出してきた。 「見てて、アキ(にい)」  にこにこ急に愛想(あいそう)ようなって、餓鬼(がき)手慣(てな)れた器用(きよう)さで使い込んだカードを切り、ぱたぱたと食卓(しょくたく)に並べて、ものすごい早さでそれを開いていった。 「カードはな、まあ、ひとつの目安(めやす)やねん。(ふだ)の絵も見るけどな、大事なんは感じることやねん」 「何を?」  すでに頭真っ白なってきてるんか、アキちゃんは子供相手に真面目(まじめ)に会話してた。  それが餓鬼(がき)には、これまたええ感じやったようや。にっこりしてたわ。 「未来をや。寛太(かんた)為替(かわせ)レート見て。今朝がピークやで。(えん)売ってドル買うて。差益(さえき)は今が最大やから、売り(のが)したら(そん)するわ」  ぺらぺら話す学童(がくどう)の命令を聞いて、赤毛は(だま)って(うなず)き、スマホ出してきて何や操作(そうさ)してた。  カードを集めながら、餓鬼(がき)はうきうきと待ってるような顔してた。 「売れました」  スマホをズボンのケツに仕舞(しま)いながら、赤毛はなおもサラダ食うてた。  お前は草ばっかり食うてるけど、草しか食われへんのんか。 「(いく)(もう)かった?」 「五百七十八万とんでとんで四円」  めちゃめちゃ飛んでた。 「な?」  なにが、な? やねんと思うけど、餓鬼(がき)はむちゃくちゃ得意げに、アキちゃんに笑いかけてた。 「普通に働くなんてアホやで」 「そうやろか……」  そうかもしれんと言わざるをえない。この餓鬼(がき)に関して言えばや。  海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)はおかんから未来予知の能力を受け()いでいた。  まだ十三歳のくせに、為替相場(かわせそうば)(かぶ)のデイトレードでアホほど(かせ)いでる。ある意味アキちゃんより甲斐性(かいしょう)のある学童(がくどう)や。  乗り換えようかな、お前がもうちょっと大人やったら。  ほんまに良かったで、お前がまだまだ餓鬼(がき)んちょで。  俺は餓鬼(がき)には興味ないねん。俺のストライクゾーンに未成年はおらへんのや。  アキちゃんかて、ほんま言うたらギリギリやった。あとちょっとでも若かったらアウトやったわ。  せやけど、お前は要らんは向こうもそうやったらしく、餓鬼(がき)はどう見てもアキちゃん(ねら)いやった。  まあ、子供なんやから、深い意味はないんやろけど、とにかく自分に興味を向けさせたい、一日付き合わせたい、一緒に出かけたいって、そういうムードやったな。 「なあ、昨夜(ゆうべ)のアレ、どうやってやってたん。ホームラン」  すごいなあみたいな(あこが)れ口調で、餓鬼はアキちゃんに()()り、(となり)空席(くうせき)のほうに移ってきた。  それは()いてるテーブルでタロット占いをやるためやという事やったんやけど、俺にはそれが口実(こうじつ)に思えてならない。  被害妄想(ひがいもうそう)やろか。十三歳の海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)君に対して、危機感を(おぼ)えるというのは。 「どうもしてへん。ホームラン打てばええのにって思うだけや」 「アキ兄は未来を変えたんや。運命(うんめい)関与(かんよ)してもうたんやで」  それがいかにも(すご)いっていう鼻息の(あら)さで、餓鬼(がき)は話しつつ、また慣れた指でカードをめくってた。アキちゃんはそれを、不思議(ふしぎ)そうに横目(よこめ)に見てた。 「それで、えらい目に()うた(やつ)もおるかもしれへんで。だって野球で()けしてる悪い大人もおるらしいやん。借金(しゃっきん)して(かぶ)()うたりしてる人もいてはるけどな、暴落(ぼうらく)したら首()るんやって。怖いなあ。アキ兄のせいで、誰か首()って死んでもうたかも」  にこにこ無邪気(むじゃき)な目で、餓鬼(がき)は言うたらあかん話をしてた。  アキちゃんにはそれは、シャレにならん話なんやで。 「それが運命(うんめい)を変えるってことなんやん? すごい力やで。僕は未来を読めるけど、変えるのは無理や。見えるだけ。どんなひどい未来が見えても、来るモンは来る」  開き終わったカードを(なが)めて、餓鬼(がき)(さと)ったような口調やった。  テーブルの上には、絵の描かれたカードがたくさん配置(はいち)されていた。 「アキ(にい)(うらな)い結果。近未来に再会、恋人の裏切(うらぎ)り、それから、ちょっと先の未来に、これがある」  開いたカードを一枚とって、海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)はそれをアキちゃんの目の前に突きつけた。  死に神のカードやった。骸骨(がいこつ)がでっかい(かま)持って立っている。 「なんやこれは。どういう意味やねん」  顔をしかめて、アキちゃんは(たず)ねた。 「どうって、骸骨(がいこつ)やんか。骸骨(がいこつ)がたくさん(おど)ってんのが見える。なんやろうな。先のほうの未来の解釈(かいしゃく)は難しいねん。アキ(にい)のせいで沢山(たくさん)人が死ぬってこと?」  竜太郎(りゅうたろう)他愛(たあい)もないことを()くかのように、黙然(もくねん)と見守っていた自分のおかんに助言(じょげん)を求めた。

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