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6-5 トオル

 蔦子(つたこ)さんは真顔(まがお)でその質問を受けたが、しばらく答える気配(けはい)はなかった。 「なんでもよろし。勝手に人の未来を()るもんやおへん。さっさと水族館でもどこでも行ってきなはれ。あんたはほんまに困った子ぉやわ」  ため息ついてる蔦子(つたこ)さんは、なんや随分(ずいぶん)気弱(きよわ)そうやった。  育児ノイローゼか、おばちゃま。まるで悩んでるみたいに見えるで。  実はまったく、そのものズバリで、蔦子(つたこ)さんは悩んでた。うちの子の手に負えなさに困ってて、どうしてええかわからへん。誰に相談したらええんやろって弱気になって、嵐山(あらしやま)のアキちゃんのおかんに相談してた。そして、おかん二人の愚痴(ぐち)大会や。  うちの息子、悪い子ぉやねん。どないしたらええんやろ。  うちもそうやねん。ほんまにもう困ってしもて。  ああどうしよう。どうしようって、そんなおばちゃま達やねん。 「お父ちゃん帰ってきはったら(しか)ってもらいますえ」  それが決め台詞みたいなノリで、蔦子(つたこ)さんは竜太郎(りゅうたろう)(しか)った。せやけどそんなん全く何の効果もなかった。 「当分(とうぶん)帰ってけえへんわ。お父ちゃん、今、アフリカの奥地やで。途上国(とじょうこく)開発支援(かいはつしえん)風水(ふうすい)見る言うて、行ったわええけど、土地の精霊(せいれい)にえらい目に()わされてる。(りゅう)、どないしたらええやろって、昨日、手紙来てたで」  集めたカードを切りながら、中一は余裕しゃくしゃくやった。蔦子(つたこ)さんはそれに、ぎょっとしてた。 「手紙なんか、いつの間に来たんや。なんで教えてくれへんかったの」 「僕宛(ぼくあて)やったもん。返事ももう飛ばしといたわ。北北西に活路(かつろ)ありやって」 「そんなん、うちが占います!」  若干キレぎみで、蔦子(つたこ)さんは息子に怒鳴(どな)ってた。  なんやねん、おばちゃま。アキちゃんのおとんに未練(みれん)ありありかと思うてたら、実は若いツバメとラブラブなんか。ほっぺた赤いで。ええトシして。 「ええからええから。僕のほうが精度(せいど)高いから。お母ちゃんは休んどいて。僕が面倒(めんどう)見たるから」  にこにこ(うなず)いて、生意気(なまいき)パワー全開で言い、竜太郎(りゅうたろう)はカードを元のポケットに仕舞(しま)った。  どうも常に持ち歩いてるらしい。もしかしたら、こいつにとっては、このカードが必須(ひっす)アイテムで、これが無かったら未来予知できへんのかもしれん。  嵐山(あらしやま)のおかんが、(おど)らへんかったら能力を発揮(はっき)できへんみたいにさ。  霊能者(れいのうしゃ)の皆さんにも、それぞれ個々人の(くせ)や習慣があるらしい。儀式(ぎしき)というか、持っている力を発揮(はっき)しやすい方法論みたいなもんが。  せやけど、俺が知る限り、アキちゃんにはそれがない。儀式(ぎしき)めいたもんは何も。ただ願ったり祈ったりするだけで、能力が発揮(はっき)されてる。  それって実は、なにげに(すご)いことなんとちがうんか。  それとも、何か自分独自の儀式(ぎしき)を見つけられれば、もっとエグいことできる奴なんやろか。  トレーニングしだいで、まだまだ()ける。アキちゃんはそんな感じの逸材(いつざい)やった。  見たとこ、海道(かいどう)竜太郎(りゅうたろう)の能力は、すでに(はげ)しく開花(かいか)していて、十三歳にして完成されてる感のある能力者やった。  それはこいつが、乳飲(ちの)()のころからこんな環境で育ち、自分の能力を何の疑問もなく伸ばしてきたからやろう。  それに対してアキちゃんはといえば、長年のぼんくら時代を()て、本腰(ほんごし)入れてからまだ一年()ってない。トシは食ってるけども、竜太郎(りゅうたろう)のほうが先輩やねん。 「アキ(にい)、ヘタレなんやろ。知りたいことあったら僕が教えたるから、なんでも()いてええよ」  にこにこして、竜太郎(りゅうたろう)はアキちゃんに言うた。  アキちゃんはそれを、ものすご大人しく聞いていた。  瞬間的にキレすぎて言葉もないのか。いつ爆発するのか。  俺はそれにビビりながら(となり)でガタガタ震えそうになってたんやけど、実はそうではなかったんや。 「手紙……」  アキちゃんは真剣としか思えへん声で、竜太郎(りゅうたろう)に答えた。 「手紙、どうやって出すんか、知らんのやけど。教えてくれ」  アキちゃん、竜太郎(りゅうたろう)は中一なんやで。  ()ずかしないんか。そんな真面目(まじめ)にご指導ご鞭撻(べんたつ)()うたりして。面子(めんつ)はないんか、年長者としての。  それに。それによくも、俺というものがあると知りながら、この餓鬼(がき)は。ちょっとおかしいんやないか。  おかしい(やつ)らと生活してるから、お前までおかしいんや。絶対おかしい。人との距離の取り方が。  それとも、それは、秋津(あきつ)家の皆さんの悪い血のせいなんか。顔はぜんぜん似てへんこいつにも、結局その血は流れてるということか。  竜太郎(りゅうたろう)はいかにも(すき)アリみたいな瞬間をとらえて、アキちゃんと腕を組んだ。  お前、中一なんやろ。それはちょっと、微妙(びみょう)やないか。なんでそんなベタベタしたいねん。全身からどろっと甘く、僕、(さび)しいねんみたいな空気出すのやめろ。 「教えたるわ! その代わり宿題の絵描くの手伝ってほしい。アキ(にい)も一緒に須磨(すま)の水族館行こ。今日やのうてもええんや」  あからさまに水族館デートをねだるちびっ子の口調は、どう聞いても()()びやねんけど、それは俺が(よこしま)(へび)やからそう聞こえただけなんか?  誰が行くか。水族館なんか。アキちゃん(ひま)やないんや。  それに水族館デートなんか、俺でもまだしてもろたことないわ。

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